禍福は糾える縄の如し⑥
「ーーーーーーーーー」
化け物はなにかを言うと、その不良に近づいた。
不良は突然の事に少し後ずさったが、なにぶん相手の身長が頭一つ分小さいのでそこまでの迫力を感じられず、段々と強気が戻ってきた。
「おい化物、さっさと俺たちを元の場所に返せ」
メンチを切りながら少し怒気を含ませて言う。日本語は伝わらないだろうが、不機嫌な雰囲気は伝わったはずだ。
不良のメンチを受けた化け物はお互いの手が届く距離で歩を止めると、ジッと不良を見つめた。
観察されているような視線に不良は「…何見てんだよ」と不快感を露にし、おもむろにヤクザキックを放つ。
それを腹に受けた化け物は少し後ろによろめいた。
自身の攻撃が効いたと思った不良は気を良くし、皆に叫んだ。
「へっ!オイ見ろ!やっぱ見た目だけじゃねぇか!お前らもヤっちまいな!」
このまま全員で囲えば簡単に倒せる、と思い叫んだが、だが誰からも歓声は上がらず不思議に思い後ろを振り向く。そこには、驚愕で目を見開いたチームの面々と、厳しい表情でコチラを見ている柳沢がいた。
「オイ、何をそんな驚いてる?さっさとアイツをぶっ殺すぞ!?」
「お前、気づいてないのか…?」
語尾を強めてそう言うが、返答は柳沢の不可解な言葉だった。
「あぁん?何がだよ?」
「それ…」
柳沢が指差した所は、自分の右手部分。視線を動かして確認すると、そこには…
「っ!?な…俺の腕が!?はぁっ!?ちょっどう??!」
肘から先が無くなった自分の腕が映った。
「アアアアアアアアアアアアッッ!!!?!腕がァァァァァァ!!?」
柳沢達の視点では、不良がヤクザキックを放った瞬間化け物の腕が消えたように見えるほど速く振るわれ、カウンターで不良の腕を切り落とすのが見えた。
「俺の、俺のウデェェ…」
痛みで蹲る不良に、切り落とした腕を拾った化け物が近づく。不良は敏感にそれに反応し、恐怖に染まった顔で化け物を見上げ、後ずさる。
「ウワァァ!!来んな!コッチ来んじゃねぇ!おい!誰か助けろよ!」
学校の面々は誰も動けない。たかだか手刀で人間の体を裂くことが出来る化け物など冗談ではない。
「ーーー」
「ヒィッ!?」
そうこうしている内に化け物が不良の切断された腕を掴み、何かを呟く。反対の手にはその片割れが握られており、それを元に戻す様にくっつけた。
「な、何をっ!?…あ!?ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!」
そのくっつけた部分が突然燃えだし、訳が分からずただ叫ぶ事しか出来ない不良。
その叫び声にようやく不良の仲間が動こうとするが、化け物が不良の仲間を一瞥すると、
「クカカ」
と笑った。まるで、次はお前らの番だ、と言うような含みのある笑いに再び二の足を踏む不良達。
化け物の足元に転がりいつの間にか静かになった不良を、化け物は屈んで何かを確認するとこちらに蹴飛ばしてきた。
不良達は誰も動けず、柳沢が前に進み不良の容態を確認する。顔の穴という穴から液体が飛び散り、痛みと恐怖により歪んだ顔の状態で気絶している為思わず顔をしかめる柳沢。だが、最も重症だと思われる腕を見ると、焼け爛れているがしっかりとキズが塞がり、指先がピクピクと動いている。
まるで溶接したかのような状態に驚き、何でわざわざこんな事をと思い化け物を見ると、化け物は指をパチンと鳴らした。
すると、すぐ横の空間が縦に割れそこから誰かが出てきた。ソイツは2メートルはあるであろう巨体で、上半身は裸な為全身を逞しい筋肉で覆われているのが分かる。顔には何かの動物の頭蓋骨の仮面を被っており、頭に2本の灰色の角が生えていた。
その圧倒的な見た目をした男の登場に誰もが尻込みし、男はそれを一瞥すると気絶している不良の襟を片手で掴み、そのまま縦に割れた空間に戻って行った。
突然の出来事に誰も動けず静寂が支配している中、不意に化け物が動く。皆ビクッと身体を強ばらせるが、化け物は壁際まで歩くとそのまま背をもたれて座った。
一体彼はどこに連れていかれたのか、さっきまで延々と歩いていたのに何故突然座ったのか、分からない事だらけだが、ひとつだけ分からされた事がある。
刃向かったら、ああなる。
しかし化け物は座り込んでしまい、この部屋の脱出方法も分からない。あの縦に割れた空間はそのままだが、誰もそこに向かおうとはしない。
「まさかとは思うけど、アレに入れって事かな?」
玲が茂の裾を引っ張りながら不安げに問う。無論茂にも分かる訳がないが、現状において明確な変化なのでその線が濃厚だと感じた。
「…行ってみるか?」
少し間を置いて意を決してそう答えるが、そこで柳沢が会話に入ってきた。
「いや、待て。また何か出てくるぞ」
その声に呼応したかのように、割れた空間から先ほどとは違う男が出てきた。
その男は自分達と同じくらいの身長で、簡素な服を着ており顔には何かの動物の頭蓋骨仮面を被っている。ひとつ違うのは、その男には角が無かった。
ここへきてようやくマトモに“人”と呼べる外見だが、どうも雰囲気が敵対的だと柳沢は今までの喧嘩の経験からそう感じた。
「ーーーーーー」
化け物が何か喋ると、その仮面男はビクッと反応した。そしてなにか考えるように1拍置いたあと、コチラを睨みつけ急に走り出してきた。
「え!?ちょっなぐばっ!?」
1人の男子生徒の前まで肉薄した仮面男は、スピードの乗った拳で男子生徒の腹を打ち抜き、列になって固まっている生徒の集団に殴られた男子生徒が吹き飛ばされた。
人間を殴り飛ばすという漫画の様な光景に呆気を取られ、避けられず吹き飛んできた男子生徒にぶつかる生徒達。
「な、何だよあいつは!?」
突然の攻撃に茂が狼狽える。攻撃を喰らった男子生徒は気絶しているのかピクリとも動かず、ぶつかった生徒達は突然の出来事に訳が分からずただ痛みに呻いている。
「『何だアイツ』は今に始まった事じゃないだろ。今重要なのは…」
柳沢も驚きながらも、冷静を努めて把握していく。
仮面男は吹き飛ばされて気絶して横たわっている男子生徒に向かってジャンプし、着地する勢いに足を振り下ろして頭を踏み潰した。
ゴパアァァァンッ!と破裂した音が響き渡り、近くにいた生徒に肉片と血が飛び散る。
「な、な、う…わぁぁぁぁ!!?」
「キャアアアア!!!」
ここに来てから何回もグロテスクな光景を視界に収めていた学校の面々だが、肉片と血に触れるという、直に死を感じた事で今まで抑えていた不安や恐怖が爆発し、パニックに陥った。
「相手が明確に殺意を持ってるってことだ」
そんな人々が逃げ惑うなか、柳沢は臨戦態勢をとりそう呟いた。