禍福は糾える縄の如し⑤
扉を出た先は、真っ白な幅広い通路だった。先程の黒い部屋が嘘のように壁が白で統一されており、天井はガラス張りなのか陽の光が柔らかく差し込んでくる。横を見れば壁に窓が設置され、外の風景が窺えた。外には森が海と思うほどに広がり、その豊かな緑に少し心を落ち着かせた者がいるほどだ。
まるで養護施設にいる雰囲気に、現実逃避をし始める列の後方の人たち。
だが現実は、人殺しの化け物に先導され何処に連れていかれるのかすら分からないという状況だ。
先頭にいる玲は、さっきの嘲笑を見たおかげでまるで落ち着ける雰囲気ではなく、それは柳沢も同じだった。2人はヒソヒソと話し出す。
「オイ、何だよさっきの不気味な笑みは?やっぱ逃げた方がいんじゃね?」
「俺もそう思うけど、多分逃げきれないでしょ?」
「だよな。なんかアイツ見てるとヤベー心霊スポット行った時の悪寒がよ、可愛く感じるくれー『ヤバイ』って感じがすんだよな」
「俺もそんな感じ。凄い帰りたい」
もちろんそんな願いが叶うはずもなく、霊感特有の悪寒を感じながらこの先の不安が膨らむばかりである。
「ハァ、ハァ、皆さん!大丈夫でしたか!?ハァ」
その時、後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこには担任の篠木先生が両ひざに手を置いて息を荒くしていた。
それにいち早く反応したのは柳沢だった。
「オイ、センセーよ?あーいう時こそセンセー達が率先して動いて欲しいんだが、今まで何処にいたんだ?」
「ちょっ!?ヤナやめなよ!?」
柳沢がメンチを切りながら先生に迫る。玲は止めようとするが「お前は黙っとけ」と柳沢が一蹴した。
「それについては、本当に申し訳なく思う。教師一同を代表して、君達に謝罪とお礼を言いたい。すぐに行動出来なく、非常に申し訳なかった。そして、他の生徒の避難誘導をしてくれて本当にありがとう」
先生は深く頭を下げそう告げた。柳沢はそれを見ると、
「ま、一応チームのリーダーだしな。次からはしっかり頼みますよ」
「ああ、最善を尽くそう」
先生は真剣な顔で、いざという時は生徒の盾となろうと決意する。
柳沢は、まあこんな事態にも関わらず平然と行動できた自分とその他数人がおかしいのであって、先生達には落ち度はないと思っていた。
その後は篠木先生が他の先生に指示を仰ぎ、疎らな列を歩きながら纏め始めた。
ほかの先生達も始めは困惑しながらも、今すべき事は生徒の安全だと思い立ち行動を起こす。
次第に集団が纏まり、この状況を除けばただ列を作り移動しているだけなので、少しずつ生徒達も落ち着きを取り戻してきた。
ただ、落ち着いたら落ち着いたらでやはり今の状況に不安が押し寄せてくる。
あの化け物は一体なんなのか、此処はどこなのか、考えても分からないことだらけだが、ひとつだけ誰もが思った。
決して良いことは起こらないないだろうと。
「何も起こらねぇな」
ひたすら移動を続ける一行に、柳沢はそう一言漏らした。
「そうだね。不謹慎だけど、こう、飽きたね」
化け物は相変わらず通路のど真ん中をひたすら歩いている。それ以外は等間隔に左右に窓があるだけで変わり映えがない。
ちなみに化け物の背丈はでかくなく、むしろ一般女性程の身長で歩む速度は速くない。なので、ペースは誰も問題なかった。
「こう同じ景色が続くと、何だか夢見てるんじゃないかと思っちまうな」
玲の後ろで、明日香を背負っている茂がぼやく。夢だと思いたいのは皆同じなのか、何人か頬をつねったり叩いたりするほどだ。
その時、どこからか「ニャー」と音が響いた。
「猫?どこから?」
皆がキョロキョロと音の出処を探ると、佐藤さんのカーディガンの中から猫の顔が出てきた。その猫には全員見覚えがあった。
「あ、ミーアちゃんもいたんだ?」
「うん。さっきの黒い部屋の時に見つけてね。猫ってパニック起こすと固まっちゃうから、保護してきたの。」
その猫は校長が学校に連れてきていた飼い猫のミーアちゃんだった。化け物の登場と落ちてくる炎、極めつけは飼い主の死と立て続けに事が起こった為、固まってしまった所を目ざとく佐藤さんが発見し無事保護していたようだ。
ミーアちゃんもずっと服の中で抱かれていたおかげか、ようやく安心した様で服の中から出てきたようだ。
愛玩動物の登場により空気が少し和んだが、同時に飼い主である校長のことを思い出してしまった。突然叫び出し、あんな悲惨な姿で死んだ光景が浮かぶが、グロテスクなためすぐ考えを止めた。
それからはスマホを使おうとしてやはり圏外だったり、列の後方の人が使えないスマホを窓にブン投げて割ろうと試みるも、ヒビひとつ入らず脱出は無理だった。
スマホが窓にぶつかる音が思いの外大きく響き、流石に何か反応するだろうと化け物に対し身構えたが、振り向くことすらせず淡々と歩みを進める姿に一同は拍子抜けした。
そのあまりに無反応な姿に、とうとう痺れを切らした人達が化け物に歩み寄る。
「なあなあオイ、一体いつまでこんな事すればいいんだい?そのワニ顔も被り物かなんかなんだろ?」
その集団は、【柳ニ風】とは違うチームの不良で、そのチームは先生なども敬遠しがちな素行の悪い奴らの集まりだ。入学してすぐ学校内最大規模の不良チームを築いた柳沢に対して、歴史ある不良チームからは反発の意思が強く、人数は少ないながらも精鋭の不良が集まるチームだ。ようするに学校内のガンである。
そうしてその中でも喧嘩っ早い先輩の1人が化け物の肩を掴もうとした時、柳沢が動いた。
「オイ、やめとけ。これ以上事態をややこしくすんじゃねぇ」
「あ?何だよビビってんのか?コッチはこんだけ人数いんだし、さっさと囲っちまえばいいだろうがよ?」
確かに、コチラの人数に対し相手はたったの一体だ。常識的に考えれば有利なことこの上ないが、柳沢はそれでも拭えない不安の方が大きかった。あながちビビっているという表現は間違っていなかった。
「それでもダメだ。そもそもお前らみたいに戦えるような奴が少ねぇ」
「へっ、だったら俺たちだけでヤッてやるよ!お前はそこで黙って見てな」
そう言うと不良チームの数人が柳沢を取り囲んでいく。
柳沢はその行動を見て、今は身内で争ってる場合じゃないだろうとため息をついた。
「まあ見てろよ。この学校で誰が1番強ぇのか、これで証明してやるぜ!」
その下らないプライドを振りかざし、身勝手な行動を起こす不良を柳沢が止めようと動こうとしたが、不意に動きを止めた。
柳沢の行動を見たその先輩は、動きを止めた柳沢の視線に気付き、その後を追った。
「お?ようやく反応したなぁ、化け物さんよぉ?」
そこには、歩みを止めこちらを向いている化け物がいた。
不良の圧倒的死亡フラグ臭