禍福は糾える縄の如し②
教室から出た2人は、下駄箱近くにある自販機へと足を向けていた。今から学校に登校してきた生徒達とすれ違う度に好奇の目に晒されるが、皆遠巻きに見守るだけで佐藤さんほど反応する者はいなかった。
柳沢はおもむろに自販機の前まで進むと、ガコンという音が響いた後玲に投げ渡してきた。
玲が危なげなく受け取ると、じんわりと温かさが伝わってくる。微糖のコーヒーだった。
なぜ渡されたのか分からず、首を傾げ柳沢の方を見る。
「オゴリだ、さっきは悪かったな」
「あーそういう事?でもさっきのは完全に佐藤さんが悪いでしょ。ヤナはそんな事しないって」
「いや、お前が女だったらやる事ヤってる」
「!?」
もしかしたら有り得た可能性が合った事実に、玲は「コイツ、ウソだろ!?」と驚愕し、柳沢は柳沢で「何でコイツ男なんだ?」ともう数えるのも億劫なほど何回も思った厳しい現実を再確認していた。
そんなやり取りをしながら人目の無い体育館裏まで移動し、裏口に続く短い階段に腰掛けた。
玲が柳沢を「ヤナ」と呼んでいる通り、実はこの2人仲が良かったりする。
高校入学初日、廊下ですれ違った時にお互いなにか惹かれるものがあり、別に示し合わせた訳でもないのに放課後校舎裏でばったり会い、そのなにかを確認した結果、仲良くなった。
そのなにかとは、俗に言う霊感である。玲は幼い頃から今まで、何かと怪現象や幽霊的な類の経験が豊富だった。
柳沢とすれ違った時、その霊感が反応した。それは柳沢の方も同じだったようで、話してみるとお互い「霊感のせいで」的な苦労話で大いに盛り上がった。それからは地味にプライベートでも2人で遊んだり相談しあったりしている。
だが学校でのヒエラルキーを考えると、ちっちゃくて可愛い(本人に言うとむくれる)玲と、ヤンキーの柳沢では色々問題がある。
さっきの佐藤さん程ではないが、玲を溺愛している存在、【玲君保護し隊ファンクラブ】なる組織の連中が黙っていない。玲がグレたとか言って柳沢を暗殺しかねない。
柳沢は柳沢の方で、創った覚えはないがチーム【柳ニ風】の、いつの間にか勝手にリーダー枠に収まっているので、女子に大人気の玲とツルんでいると知れたら、これまた知らない内に出来ていた舎弟的存在達から失望、暴動が起きかねない。
ーーー結論、柳沢は死ぬ。
その事実に気付いた時、柳沢は絶望した。ファンクラブの方は手の付けようがないとしても、何故身に覚えの無いチームの事まで考えなければならないのだと。交友関係くらい好きにさせてくれ、というのが柳沢の本音である。
柳沢は見た目こそヤンキーで実際に腕っ節も強いが、基本争いごとは好まない性格なのだ。友達がカツアゲされそうな所を助けるために流血沙汰になったことがあり、それに尾ヒレが付きヤンキーやらチームのリーダーやらよく分からない事になっていた。
そんな身に覚えの無いチームだが、自分を慕ってくれていることに違いはなく、本人の元々の性格もあって無碍に出来ないでいる。要は何も言わない自分も悪いのである。
「冗談だ。まあそれでも飲んで落ち着け」
そう言って柳沢は自分の分のコーヒーも買って飲み始めると、玲もジト目を向けながらもプルタブを開けて一口飲んだ。
ホッと一息ついたのを確認して、柳沢は本題を切り出した。
「で、玲。今日学校に来た時なんか違和感無かったか?」
それを聞いた玲は、そういえば校門のところでのピリッとした感覚を思い出す。
「うん、あった。なんか空気が張り詰めるような、心霊スポット行った時の独特な感じがした」
「そう、それだ。俺も似たような感覚があった。ちなみに今はどうだ?」
そう言われて、今日はなんだか空気が重いような気がしないでもない。そう伝えると、やっぱり、という風に自分の感覚が正しいと思う柳沢。
「んー、誰かが凄い悪霊連れてきたとか?でも空気が悪いくらいで、俺たちが騒いでもどうにもならないと思うんだけど」
「まあそうなんだが。・・・・けどよ、スゲー嫌な予感がすンだよな」
「ちょ、やめてよ。ヤナのはシャレになんないんだから」
霊感に強さがあるなら、柳沢の方が強い。こういった「嫌な予感」とか言い始めた時は確実に何か起こるので、今日は厄日確定だった。
「まあ話はそれだけだ。あんまり長居すると誰か来るかわからねぇし、それにもう予鈴が鳴る。教室戻るか」
「不良の癖にマジメだよな」
「言っとくけど周りが勝手に騒いでるだけだからな?俺としては不本意だ」
コーヒーを一気に飲み干し、空になったスチール缶をバキッ、と右手だけで握り潰す柳沢。
「そーゆーのが怖がられるんだって。というかスチール缶握り潰すって何なの?握力ゴリラなの?」
霊感も十分不思議な力だが、この柳沢の馬鹿力も不思議だった。玲も右手で頑張ってみるが、腕がプルプルするだけだ。そもそもまだ中身が入っている。
「ま、俺の唯一の取り柄だからな。んじゃ先教室戻ってるぜ」
そう言って戻る柳沢の背中を見ながら、チビチビとコーヒーを飲んでいく玲。
変態やら霊感やら、ちょっぴりハードな日常を送っているなと自身も思うが、それでも日常の出来事の範疇である。
その日常が崩れるのは、すぐの事だった。