禍福は糾える縄の如し①
幸も不幸も縄のように表裏をなして、めまぐるしく変化するものだということのたとえ。
今朝も、普段通りの1日が始まると思っていた。
玲が最初に違和感を覚えたのは、もう見慣れた校舎を見上げながら校門をくぐった時だった。
「ん?」
高校の敷地内に足を踏み入れた瞬間、ピリッと、空気が肌に突き刺さった感じがした。
「オーッス!おはよう玲!」
だがそんなに違和感はすぐに忘れてしまった。後ろから挨拶をしてきた男、馬場茂は当然のように玲の頭に手を置き、そのまま乱暴に撫で始めたからだ。
「あー!分かったから!毎回会う度に頭を撫でるな!うっとおしい!」
「おっと、悪気はないんだ。ただ撫でやすい位置に頭があるからな、こう引き寄せられるように」
と言いながらまた手を伸ばしてくる茂。玲はその手を叩き落として防戦したが、叩き落としたはずなのに何故か頭に触れる柔らかい感触。さっきの乱暴な撫で方と違い、こう母親が子供の頭を撫でるような感じは・・・・
「・・・・おはよう、明日香」
「うふふ、おはよう、玲君」
そう言って後ろを振り向くと、撫でる手を止めず挨拶を交わす女の子、朧明日香がいた。玲は身長が低い為見上げる形になるので、本人の顔より先に主張の激しい2つの脂肪の塊が目に映る。
「おはようさん、明日香。今日の玲の撫で心地はどうだい?」
「おはよう、今日も最高よ茂君。家に持ち帰ってもいいかしら?」
「ダメだよ!?まったく、2人共早く学校行くよ?今日は朝から全校集会なんだし」
毎朝恒例の様に頭を撫でてくる2人に背を向け歩き出すと、2人もそれに続いて歩き出す。
この2人は玲とはいわゆる幼なじみで、小学校の頃からの腐れ縁だ。高い背丈に健康的な小麦色の肌をし、スポーツ万能だが勉強苦手な爽やかイケメン茂。
母親の様な包容力と雰囲気を持つおっとり系な、成績優秀されど運動音痴(胸の大きさはきっと関係無い)なお嬢様明日香。
そして成績運動共に中の上、男にしては白い肌長めの髪の毛、童顔低身長で世間では男の娘と認識されている玲。
いつもの3人、いつもの変わり映えのない日常に、この時の玲はこれからもずっとこんな何気ない平和な日々が続くのだろうなぁと思った。
ちなみに玲の扱いは、教室に着いても幼なじみ2人と何も変わらなかった。
「ああ〜〜ん!可愛い!今日も可愛いよ玲ちゃん!!クンカクンカ、グヘヘ、堪んねぇ〜ッ!」
「「やめなさい変態」」
「ぎゃん!?クッ、今日もお2人のガードはお堅いですな!」
教室に入った玲を速攻で抱きしめ匂いを嗅ぎ始めた変態、佐藤紀子は幼なじみコンビにより鉄拳を喰らうといういつものコンボを決めていた。
変態を自他共に認める本人だが、クリッとした瞳に小さい口、小柄な体躯と自身も可愛い部類だ。だが女子全般に過剰なスキンシップや先程のような発言を頻繁にかますので、変態の烙印を押されている。最早どっかのおじさんの精神体が転生した存在なのでは?と専らの噂が広まる始末である。
そういうわけでいくら相手が女の子とはいえ拉致られるように抱きしめられ、あまつさえ匂いを嗅がれるのは嫌なので最初こそ捕まらないよう努力していた玲。だが何故か避けられず毎回上記のコンボが発動してしまうので、最近はもうコンボ終了までマグロ状態になるというスルースキルを身につけていた。
さて、コンボが終了し佐藤さんから解放された玲は意識を回復しようやく教室を見渡す。
とりあえず目の前には幼なじみ2人と変態、他には変態予備軍の女子の目線が突き刺さり、残りの人達は毎朝恒例の光景に慣れたのか仲間内で普通に雑談中で、後はボッチがちらほら。そして教室の奥の方に柄の悪い男達、俗に言うヤンキーの集まりがある。
いつもと変わらない風景に溶け込むように、変態をスルーし自分の机へ向かう玲。だが、今日は予期せぬ事態が起きた。
「オイ」
名指しではなかったが、雰囲気的に自分が呼ばれたと思いそちらに顔を向ける玲。その先には、鋭い目つきと短くツンツン立っている髪、日焼けした黒い肌が特徴的なヤンキーのリーダー格、柳沢敬一が教室の端からいつの間にか玲の目の前に来ていた。
教室は騒然とした。クラスのマスコッ、いや人気者の玲とオラついたヤンキーである柳沢は普段絡むことは無い。いくらヤンキーといえど、クラスの人気者どころか学校内可愛い生き物ランキングで女子を抑え堂々1位(本人は知らない)の玲に絡むのは自殺行為に等しいからだ。無論、学校で玲から不良と関わることも無い。ちなみに2位は僅差で女子を抑えた、校長が連れてくる飼い猫のミーアちゃんである。
そういうわけで普段を考えるとありえない組み合わせに、教室は静まり返り2人に注目が集まる。
「え、ちょっ、何?何で皆急に黙るの?」
静まり返った教室で玲の狼狽える声が響く。ヤンキーに声を掛けられたことより周りの反応のが怖い。が元凶の柳沢は周りの反応など意に返さず、淡々と言葉を続けた。
「ちょっとツラ借せ」
「ちょっと柳沢ァァァッ!!!」
玲が反応するより速く、変態こと佐藤さんが柳沢に突っかかった。他の人達も変態ほど反応しないが、いつでも玲を守れるように臨戦態勢だ。
「何だ?」
突っかかってきた変態をギロリと睨む柳沢。
「…あなたって人はッ!何朝から玲ちゃんに欲情してんやがるんですかッアーーー!?」
「「…は?」」
なんか最後の方発音がおかしかったが、玲と柳沢の2人はその発言にドン引きした。周囲の人は佐藤さんから距離を取り、臨戦態勢を取った。
「い、いやちげーから。つーか話しかけただけでその発想に至るお前がヤベーだろ?」
「しゃーらーっぷ!そもそもヤンキーなあなたが私の可愛い玲ちゃんに何の用ですか!?もうそういう目的とみて間違いない!私だったら絶対襲うから間違いない!」
「落ち着け佐藤!今この場で1番危ないのは確実にお前だ!皆コイツを抑えろ!!」
変態の問題発言に茂が対応し、他のクラスメイトも変態を抑えるのに協力していく。
「…とりあえず、教室出ようか?」
「…そうだな。」
さり気なく「私の」とか言われ身の危険を感じた玲は、柳沢とこのままでは話すら出来ないと判断しそそくさと教室から去っていく。
教室から出る際、明日香が玲を心配そうに見てきたが、玲は問題無いと目線で応えておいた。
「あぁっ、玲ちゃん待って!柳沢なんかに身体をゆるさないで!クソォ!!私が玲ちゃんをペロペロするんだァァァァ!!!」
教室から何か雄叫びが聞こえたが、玲は何も聞こえなかった事にした。