無題
ふと思いついて投稿。
各月1日に書き上げった分更新予定。遅筆。
第1章は鬱展開多々の予定。
星が瞬く暗闇の中。
その空中にて、魔王城を見下ろす影があった。その人物の目は蒼く輝いており、サラサラと肩程までに伸びた黒髪を鬱陶しそうに手櫛で後ろに梳いていた。
その人物、秋月玲が何故こんな場所で魔王城を見下ろしているのかというと、それはようやくあの地獄から脱したという達成感やら優越感、それと罪悪感に浸っているのである。
『オイ、早くここから移動しねぇと見つかっちまうぜ?それとも、他のヤツらが気になるってぇのか?』
「いや、お前に乗れるのは1人が限界だし、他の人たちは…諦める。俺は、自分の事だけで手一杯だ」
その場には玲とは別に連れがおり、その連れの問いに玲は暗い声でそう返事をした。
俺、という割には女の子のように高い声で応えた玲。月で照らされているとはいえ、その顔はこの夜の暗闇も相まっていっそう暗さに拍車をかけていた。
『んじゃ、さっさとズラかるか』
玲の意思を確認した連れは暗い雰囲気を吹き飛ばす勢いでこの場を去ろうとした、その時。魔王城から莫大な魔力が迸るのを感じ取った。
『ヤッベェ!!見つかった!』
そういった瞬間、魔王城から特大の火球が飛んでくる。
その者は玲を乗せたまま素早い動きで火球を躱すが、躱した先には先程の火球が複数打ち上がってくる。
『チックショッ!?オイ!レイ!!』
「分かった!」と言いその者の背中で手を前にかざす玲。
それと同時に無数の火球が2名を襲う。
それを見た魔王城サイドの面々は脱走者を見事に倒した人物へ喝采を送るが、しかしその人物は釈然としない様子で不機嫌そうに自身の頭に生える赤角をトントンと叩いた。
「フン、倒しきれておらんわ。アレは私の想像以上の力を持っていたようだ」
そんなバカな、と上空を仰いで確認する者達。すると、月を背景に五体満足の影が夜空に浮かび上がっていた。
先程の火球は魔王直属の7人の内の1人、つまり最高戦力による攻撃だったのだ。それをあんな子供が無傷で切り抜けたという事実に他の者は驚きを隠せない。
魔王城サイドが戦慄している中、夜空に浮かぶ2名はというと、
「こ、こここ怖わッ!?マジで死ぬと思った…」
『ぶっちゃけ俺も死ぬと思った。うん。お前連れてきて正解だったわ。うん、ホントに』
こちらも戦慄していた。これ以上怖い思いはしたくない2名は急いでこの場を離脱すべく、魔王城に背を向けた。
そうして瞬く間に小さくなっていくその姿を魔王城の面々はただ見つめることしか出来ない中、その場に1人の男が現れた。
その男が現れた瞬間、その場にいた全ての者、無論最高戦力と名高い人物も跪き、頭を垂らして謝罪を口にした。
「申し訳ありません、魔王陛下。逃亡を許してしまいました。かくなる上は、私自ら追って首を御身の前に」
「よい。たかだか1人と1匹に時間を割くほど暇ではなかろう。実験体ならまだ大勢いる。放っておけ」
「ハッ!」と敬礼をした後、部下達に指示を出しながら忌々しげに空を見上げる赤角の人物。そうしてその場にいた者達がそれぞれの持ち場に戻っていくなか、魔王は1人空に飛び立っていった者達の方角を見つめていた。
「どうせ、私の元から逃れる事は出来ないのだから…」
その呟きは誰にも届かず、ただ暗闇の中へと溶けていった。
『なあ、これからどうすんだ?無事脱走出来たのはいいけどよ、どこに何があるのか俺も知らねぇぜ?』
既に魔王城から大分離れた地点にて。会話が出来るくらいに速度を落としたその者は背に乗る玲に問いかけた。玲は少し考え込んだ後、答える。
「…とりあえず今夜はこのまま移動して、どこか雨風が凌げる場所を見つけて休憩かな?その後はー、まあ成り行きで」
『よーするにノープランか』
魔王城の周りは広大な森が生い茂るばかりで、目安になるものといえば夜空に浮かぶ地球より幾分か大きい赤い月と、遥か向こうに見える山脈くらいのものである。
「まぁとりあえずは、あの山を越えるのが目標って事で」
了解、とそれを機に再びスピードが上がる。久しぶりに魔王城を出たからなのか、上機嫌な様子で空を飛ぶ玲の相棒。
この世界について何1つ知識が無い玲だが、魔王城にいた頃を思い返すとまだ未知の世界の方がマシなのだ。地理に詳しくない程度ならまだなんとかなると楽観するのも仕方の無いことであった。
かくして玲とその連れは晴れて自由の身となった喜びを存分に噛み締め、いざ知らぬ世界へとその身を運んでいくのであった。
ーー名前から分かる通り、玲は本来地球の日本に住むただの高校生である。
それが何故未知の世界を行くハメになったのか、それは約3ヶ月ほど時を遡らなければならない。