それは彼女の救難信号
「君はとっても鋭いね」
たいしてそんな風にでもなさそうに、目の前にいる埠三塚あや乃はそう言った。夕暮れの、階段の踊り場の窓から、夕日が差し込む。見下げる彼女の表情は、わからない。逆光でうまく彼女を隠してくれているから。
「やっぱり、都会の子って違うのかな?」
「都会とか、関係ないと思うぞ。お前は、ありえないくらい異質だ。どこかおかしいよ」
「何処かって、どこだろう? 私はこの上なく、この性格で、ずっとこんな感じで生きてきて、今までみんなにこの性格が受け入れられてきたもんだよ。そういう意味では、私ではなく、君のほうが十分異質だね。誠君」
朗らかに笑う。その笑いがどうも違和感しかない。埠三塚あや乃に出会ってまだ数時間しかたっていないというのに。
転勤族というのは因果なもので、同じ土地にとどまれるのは短くてひと月しかないこともある。長い時だって3か月しか同じところにとどまれた記憶はない。高校生にもなって、親の転勤についていくなんて子供っぽいと思うかもしれないが、世の中そう一人暮らしなんて簡単にできるわけがない。親がいくら金を出すからって、結局は限られた中で生活しなければいけないし、なによりも、転勤ばかり繰り返したおかげで、俺には友人と呼べる人はいない。だから別に大人ぶってひとり暮らししたいとか、ずっと同じ土地にいたいとか子供っぽいわがままを言うことはなかった。
転校生というのは、漫画やドラマみたく、どこに行っても歓迎される。なんてことはない。高校生になってからは周りも自分も大人になったのか、曖昧に友好的に迎えてくれたが、小さいころにはそうでもなかった。仲良しグループが出来上がっている中で、わざわざ人を迎えてくれることは少ない。
閑話休題。
そんな俺の話はどうでもいい。
とにかくも、俺はまた転校してきた。高校3年生の、7月という微妙な時期に。クラスメイトは少し困惑気だった。当たり前だ。受験勉強が本格化する直前に、転校生が来たのだから。ただ一人、
埠三塚あや乃を除いて。
これは、埠三塚あや乃の、救難信号だ。彼女が救いを求めている、助けを求めている。俺は、遠坂誠は――彼女に目をつけられたのだ。