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「わからない」

2004年8月1日。近くの山で遭難者が出るも生存者はおろか死体すら見つからず、結局は何も進展が無く怪事件として恐れられた事件。

「赤田山失踪事件」

この事件の真相を暴いてやろうとやっきになっていたグループがいた。

それは当時大学生でオカルトサークル員だった私達6人だ。私達はリーダーの関山にそそのかされて早速赤田山へと向かった。

赤田山では事件からまだ数週間ということもあってか登山を楽しんでいる人は決して多くは無かったが、素直に登山を楽しみに来たのではない私達にとってそれは好都合と言えるものだった。

だが好都合なのはいいが、警察ですら掴んでいない手がかりを私達が持っているはずもない。

故に、計画も建てることが出来ない。

しかたなく私達はいつもより人が少ない赤田山をとりあえず登ってみることにした。

しばらく赤田山を一列になって登っていると、先頭から声が聞こえた。どうやら関山が獣道を提案したらしいのだ。

私は獣道を行くことにたいしてあまり乗り気ではなかった。そもそもこのオカルトサークルに入ったのもしつこい勧誘ゆえだ。山登りならまだしも獣道など論外に近い。だがこの時私は一年坊で、このサークルの中では一番の後輩にあたっていた。年功序列なこのサークル体制では私の意見は殆どと言っていいほど通ることは無い。私は他の4人に断ってくれ、と心の中で願った。だが思いもむなしく先輩方4人はそれを快諾した。前述の通り、私達はここに登山をしに来たのではない。怪現象を暴きに来たのだ。先輩方は獣道でも行かなければ遭遇しえないと思ったのだろう。

だが、それが命取りだった。


獣道を突き進むことにしてからどれくらい歩いただろう。正確には覚えていないがとにかくたくさん歩いたことは記憶している。

日は沈みかけ、夕暮れの少し哀愁漂うような雰囲気の中、汗が垂れ落ちて目に染みる。多めに持ってきたスポーツドリンクも半分以上飲み干し、少し足もおぼつかない。

前にいる山下もはぁはぁと肩で息をしながら吐息を漏らし、なにやらぶつぶつと無駄な嫌味を言っている。獣道を行く前にあったであろうやる気は何処かに消え失せてしまったようだ。

とは言ったがまぁ一日中クーラーのついた部屋の中でオカルトっぽい話をするだけのサークルに所属しているオタクと言われる存在の集まりだ。もしかしたら私達が感じていたほど歩いてはなかったのかもしれない。

だが例えそうだったとしても私はこの苦行に嫌気が溜まりきっていた。さらにこのサークルの体制やリーダーの独裁的ともとれる指示にもほとほと愛想が尽き、大学に戻ったらさっさと辞めてしまおうなどと考えていた。

そんなことを考えつつさらに歩いていると何故か山下が急に止まったので、私は先頭に何かあったのかとリーダーの関山に目をやった。先頭にいた関山は疲れが出たのかキョロキョロとあたりを見渡し、山で迷わないようにとバッグに入れていた帰路の地図をいつの間にか開いていた。どうやらやっと帰れるらしい。

私は今日一番の幸せを感じ、思わず崩れるように膝に手をついた。だが喜んでいるのを関山に気づかれればねちねちと説教をされて帰るのが遅れそうなので私はわざとらしく帰る事にたいして嫌な表情をした。他のメンバーも本心なのか、はたまた私と同意見なのかは知らないが落ち込んだ表情をこれでもかと浮かべていた。

思った通り関山は帰るつもりだったらしい。私達の方へと振り返り、まるで本当に何か成し遂げられると考えていたのか大層な演説を始めた。内容はお察しのとおりくだらないものだ。俺達には次があるだとかこれで終わりじゃないだとか、そんなことはいいから早く帰らせてほしい。

まぁやはり関山も疲れていたのだろう。演説はすぐに終息へと向かい、ちょっとした帰路確認の後私達はすっかり闇に包まれた獣道を引き返すことにした。

関山はバッグから懐中電灯を取り出し、またもや先頭で指揮を取っている。地図を持っているのは関山なのでそれに関しては特に文句は無いが、この時私は懐中電灯を持ってくれば、と後悔した。いかんせん真っ暗で何も見えない。他の4人もそうだ。誰もこんな遅くなるとは思わなかったのだろう。私は危なっかしい道を進みながら今後こういう機会に出くわしたくはないが、出くわした時は懐中電灯やその他もろもろを持参することを決意した。


その時、突然右前方あたりから女性のつんざくような悲鳴が響いた。

私達オカルトサークルには女性メンバーはいない。おおかた観光客が滑って転んだのではないかと私は思った。

だが先頭の関山は大声で諸君、きっと怪現象だ、急ぐぞなどという激励の言葉を飛ばし、悲鳴が聞こえた方へと私達など意にも介さず走っていった。

私達は直感で察した。このままここで待っていてもいいが、もし関山が帰ってこなかったら?帰りの地図を持っている関山がいなければ間違いなく迷う。


暗い山の中、携帯は圏外。


考える暇など無かった。愚痴を言う暇も無かった。私達は疲労が溜まっている体に鞭を打ち、関山の照らしているであろう懐中電灯の明かりを無我夢中で追いかけた。追いかけている途中、蜘蛛の巣が体に纏わり付き、枝が頬をかすめる。だが怯んでいる暇もない。


しばらく走っていると、何故か追いかけていた関山の明かりが宙に舞った。と同時に関山の悲鳴が聞こえた。私は派手に転んだのか、それとも坂があるのかと考えたがそんなものは無かった。

少しして関山の悲鳴が聞こえた場所に着いたがそこに関山の姿は無く、ただ主人を失った懐中電灯だけが上の方にある枝にぶら下がっていた。

私は何か言葉に表せないような不快感を覚えた。他のメンバーは各々関山の名前を叫び、どこにいるか探しているが、何故か私は一刻も早くここを立ち去りたい気分だった。地図など無くていいからとにかくここではない場所に、という一種の強迫観念のようなものが頭から離れなかったのだ。

ああ、何故ここで私は皆を説得してすぐに逃げなかったのだろうか。今考えると本当になんてのろまで馬鹿な事をしたのだろうと思う。

だが残念なことに当時の私にはそんな考えは無く、とりあえず早く関山を見つけなければと考えていた。

関山を見つけるため、私は開けた場所に背を向けて鬱蒼とした茂みへと近づいた。

もしかしたら猪か何かに襲われて隠れているかもしれない。という浅はかな考えから来る行動だったが、それはすぐに終わった。


後ろからさらに悲鳴が聞こえたのだ。

しかも、今度は飯田の声だ。

猪のせいかと考えていたこともあり、私は命の危険を感じてすぐさま振り返った。

するとそこには猪以上の惨劇があった。

四肢を触肢か何かに掴まれた飯田が抵抗していながらも空へと登っていくのだ。

その触肢の先端は丸くなっており、まるでサボテンのような印象を受けた。

だが金属のようなその触肢はおよそ常識の範疇では測れぬほどおぞましい物から生えていた。

それは灰色な丸い筒のようだった。柱か何かかと勘違いしそうになったが、それはありえない。何故なら上に目鼻が無い口だけが付いているのだ。触肢がうねっているのだ。

目を凝らして見ると、決して良い歯並びとはいえない口には何かが引っかかっていた。

それは関山の愛用していた眼鏡だった。

私達は全てを投げ出し走った。

それこそ、バッグも捨てたし友情も捨てた。

後ろから助けを求める飯田の叫び声が聞こえたが振り返る者は誰一人としていなかった。

私は聞こえないふりをした。

今までに感じたことの無い恐怖が足から脳へと這い上がってくる。

後ろでは枝が勢いよく折れる音や茂みが切り開かれる音がする。

だがそれがあの怪物によるものなのかは見ていないからわからない。

自分がしっかり逃げることが出来ているのかもわからない。

後ろから聞こえる原田の悲鳴と怒号がより一層恐怖を煽る。

今どこにいるのかがわからない。

一寸先は闇だ。

とにかく逃げなければならない、さもなければ死ぬという事だけはわかる。

後ろから山下の悲鳴が聞こえた。

死にたくない。死にたくない。

それしか考えていなかった。

ひたすらただ、下へ、下へ。

川があったような気がするが、濡れるのもお構い無しで進んだ。

背丈ほどある草が道を阻んでいたような気がするが、体に傷ができるのも構わず進んだ。

山を降りても恐怖は消えず、ひたすら走り続けた。

後ろを振り返った。

だが誰もいなかった。

そこで意識が途絶えた。


気がつくと私は、近くの病院に搬送されていた。

初老の医者が言うには赤田山から3kmほど離れた場所で倒れていたそうだ。

気になって聞いてみたがやはり私以外に搬送された者はいなかったらしい。

私は喪失感と残った恐怖で精神を病み、病院を退院した後に次は精神病院に入れられた。

私はそこでこの文章を書かされている。

私の精神が正常かどうかなんて私にもわからない。

警察にも聞かれるがあれが本当だったのかもわからない。

ただ私がわかることがあるとすれば


二度と赤田山には近づかないという事だけだ。


今も赤田山では怪事件が続いているらしい。

願わくば彼等が獣道を選ばん事を。


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