「同居人」
「同居人」
「800円になりま〜す」
バイトのやけにめんどくさそうに支払いを催促する言い方は、こちらの気分も害されてしまい不愉快になる。
まぁ、それもその筈、いくら二十四時間営業のコンビニとはいえ、真冬、深夜。わざわざお菓子の袋詰めを買いに来ただけのやつの相手など、進んでしたいものではないだろうからだ。
しかし、今日は私の友と同居して1年の記念日。
女々しいのは認めるが、それくらいの気は利かせないと怒鳴られそうだ。
……まぁ、記念日にお菓子の詰め合わせを渡してもう少しセンスのあるものはないのか、と言われれば多分何も言い返す言葉がないのだが。
「ありやしたー」
追い討ちを喰らうかのようにバイトからの拙い感謝を受け、私は白い息を吐きながら帰り路へとついた。
どうやってもドアから軋む音が出てしまう安い家賃の家に戻ると、友はソファーの上ではみ出しながら寝ていたが、私がレジ袋をキッチンにしまい込むガサガサという音で目を覚まし、友はこちらに近づいてきた。私は見つからないように急いでお菓子の詰め合わせを隠した。
「何か買ってきたのか?光?」
「あぁ、ただの買い出しだよ。起こしたか?すまないね」
「いや、いいんだいいんだ、どうもテレビはつまんねぇし、やることもねぇし。お前がいない時に暇で寝てるだけだからお前が帰ってきたら起きるつもりだったよ」
「そうか、ならいいんだけどな」
そう言うと友は巨体を揺らしながらソファーへと戻っていき、そばに置いてあるフルーツバスケットから大きな鉤爪でリンゴを鷲掴みにして、ムシャムシャと齧り始めた。
そう、私の友は人間ではない。
昨今の親は名付けるのが下手だとテレビでやっていた気がするが、私の親ほど名付けるのが下手な親はいないと思う。
私は実の親に捨てられた。
育て親の話によれば、家の前に私が捨てられていて、名前の書き置きが残っていたのだそうだ。
それが「光」だ。
今となってはもはや名付けの意味すらわからないが、捨てた子供に「光」という名を付けるのはいささか調子に乗りすぎなのではないか、と疑問に思ったことを記憶している。
が、それに関しては何も思うことは無い。
なぜなら親の顔も覚えていないから、恨もうとしても恨む対象が無いのだ。私はそんなに賢くないし、自分の「境遇」に対しては不満はない。あるのは「私」への失望だけだ。
友と会ったのはちょうど一年前。
当時の私は世の中に絶望していた。
と、いうのも私は超絶ぼっちだったのだ。
友達と呼べる者は一人もいなかったし、それこそ友人というものなんて空想上のイマジナリーフレンドでしか味わったことがなかった。
それ故に、頼る人がいなかったのだ。
やっとの思いで入った会社をつまらないミスでクビになり、行くあても無かった私はもう自殺でもしようかと自暴自棄になりかけていた。いや、実際もうなっていたかもしれない。
考えることといえば友達が出来たらどうしよう、だとか、こんな暗い部屋で預金を食いつぶす生活をしている私の名前がやはり「野間 光」はないだろうとか、そんなことばかりだった。
そういえばその頃、幾度と無くバイトの面接を繰り返したが「覇気がない」だの「自身がなさそう」だの、挙句の果てには「光という名前に釣り合ってない、改名しろ」だの惨々な言われようをされたこともあった。
と、そんな事も相まって、私は暗い生活を暗い部屋で送り、どんどんネガティブになっていき、しまいにはないはずのものが見える幻覚症状まで出てきていた。
そんなある日、私に転機が訪れた。
いつものように昼に起きると、妙に違和感が走ったのだ。
そう、今でも覚えている違和感だ。
ベランダの窓が開いていて、そこから風が吹き抜け、キッチンの方から何かを漁る音が聞こえたのだ。
私は泥棒でも入り込んだのだろう、こうなったらいっそ殺してくれ……。などということを考えながらとりあえずその音の出処を目指して体を起こしてよたよたと近づいた。
するとそこで私が見たのは、体長は2mほどで蟻より少し短い触覚が生え、皮膚は人間のようでありながらも顔のつくりは爬虫類のようで尻には尻尾のようなものがあり、その尻尾にさらになにかが付いているような……そんな風体をした怪物が丸まりながら物を物色していた突飛な光景だった。
私は仰天を通り越して夢だと考え、充分寝たというのに、確認のため二度寝を試みた。
気疲れしたのかは知らないがそれはあっさりと成功し、私は夕方過ぎにまた起きた。
だが夢は終わっていなかった。
私の顔を睨めつけるように興味津々!を地で行くような表情をしたさっきの化け物が覗き込んでいたのだ。
しかし、私は特に動じなかった。
それというのも前述のとおり、この時の私は幻覚症状があり、現実と妄想の区別が付いていない、付けられない状態だったのだ。
それ故私はどうせまた幻覚の類だと思い、さらに、どうせなら話しかけてみようという、今考えれば実に馬鹿馬鹿しい行動をした。
会話の内容は確かこんな感じだったはずだ。
「何か用かい?」
「……!?あんた……俺を見て驚かねぇのか?」
「幻覚だろ?見飽きたよ。なんでここに来たんだ?さっさと消えてくれないか?」
「……ひひ!面白い人間だなお前、気に入ったぞ。暫くここに住まわせてもらってもいいか?」
「家賃は払うんだろうな?」
「家賃……あぁ、金か。済まないが金は持ってない。だが、お前の友達になってやろう。お前、見るからに友達いなさそうだしな」
「……ほっとけ……と言いたい所だが俺も今友達がいなくて困っているんだ。名前を教えてくれないか?」
「俺の名前?名前か?地球の発音で言うと……「バイアクへー」だ。覚えたか?」
「馬鹿にするな。まぁいいや、俺は光。これからよろしくな、アク。」
「……!! あぁ、よろしくな、光。」
というような具合だったと記憶している。
しかし、今思い返せば寝ぼけ補正がかかっていたとしても本当に馬鹿だと思う。
一般人なら逃げ惑うべき所だろ。
……まぁ、そんなこんなで私はバイアクへーであるアクと友人になり、様々な事を教えて貰ったり、様々な事を喋った。
何日も共に過ごすうちにだんだん幻覚症状も収まってきて、コミュ症も改善されていったのだが、いかんせん一番怖かったのは他の幻覚が消えていく中で、アクだけは消えなかった事だ。まぁ、現実にいるから消えない、といえばそこまでだが、当時の私は幻覚だと思っていたのだ。恐怖するのも無理はない。
しかし、恐怖はしていたがその時の私はアクが消えてしまうのではないか……ということにも同時に恐怖していた。
なぜならこの時点でアクは私の一番の親友だったからだ。
後で聞いた話だと、アクも人間の友人は私が初めてだったらしく、自他ともに認める(そんな事を言っても二人しかいないが)親友となった。
というのがある程度の事のいきさつだった、ということを思い返していると、アクは2つめのリンゴに手をかけようとしていた。
流石にお菓子をプレゼントする前に色々喰われては困る、と思い、私は少し予定よりは早いがお菓子をプレゼントすることにした。
「アク、そのリンゴ、ちょっと待ってくれないか?」
「なんだ?喰うのか?」
「いや、そうじゃないんだけどな…………はい、これ。」
「なんだこの袋?買い出しじゃなかったのか?」
「いいから開けてみろよ」
「………………!!光、お前…………」
「へへ、これ買うのは恥ずかしかったよアク、しっかり喰えよな。」
「…………あぁ、ありがたくいただくとするよ。」
良かった、気に入ってもらえたみたいだ。
そんな事を考えていると、アクが緩んだ顔から一変、少し怪訝な表情を見せた。
私はそれを見逃さなかったのか、見逃せなかったのか、とにかく見てしまったからには心配だと声をかけようと思ったが、
私より先にアクが話しかけてきた。
「悪い光、帰る事になった。」
「……………………え?」
「すまねぇ、俺、今は休養というか仕事がなかったから下調べも兼ねて地球に居たんだが……新しい仕事が今入ってな、帰ってくるのは少なくともお前が死ぬぐらいの時間が経ってからだ。」
「そんな……せっかく友達になれたのに……それじゃあ……また……ひとり……」
そんな私を見かねたのか、アクは鉤爪で優しく私を抱き寄せこう言った。
「…………光、別れる前にお前にあるものを見せたい、いいか?」
「ん……?あぁ、いいぞ」
「じゃあちょっと目を瞑っててくれ」
そう言われ、私は目を閉じた。
「もういいぞ」
そう言われて目を開けると、私は
宇宙にいた。
アクの背中に乗せられ、宇宙空間で星間を飛び回っていたのだ。
「ア、アク!これは!?」
「驚いたか?まぁ、そうかそうだろうな。へへ、聞きたい事は山ほどあるだろうが別れの手向けだと思って楽しんでくれ。」
そうアクが呟くと速度はさらに増し、もはや光は線と化して後ろへと流れていくだけだった。あっけに取られつつもこの状況が楽しくなってきた私に、アクはこう言った。
「なぁ、光。お前前によ、その……自分の名前が気に入らねぇって言ってたよな。」
「……あぁ、光は自分に関係の無い言葉だからな」
「……お前は俺にアクって名前を付けてくれた。本当に嬉しかったよ。今まではバイアクへーとかビヤーキーとしか呼ばれなかったし、いつも人間に呼ばれて行ってもどこか軽蔑されてたしな。」
「……そんでよ、光。こうは思わねぇか?名前ってのはそいつの始まりなんだよ、周りから認められたってことなんだよ。」
「お前は周りに認められてる。光でいいんだよ、いや、光じゃなきゃいけねぇ、光って名前でお前が悩んでいたからこそ俺はこの広大な光を見せたかったんだ、そうでもねぇとこんなことしねぇよ……、どうだ?光って名前で良かったか?」
「あぁ…………良かったよ、アク。ありがとう……ありがとう……」
「へへ、よせよ、泣くなよ」
私は泣いていた。
不甲斐ない自分に腹が立ったのではない
別れを惜しんでいるのでもない
ただ、生涯で初めて感謝のために
私は、泣いた。
「じゃあな、光。元気でな。」
そう声が聞こえた。
私は涙を拭い、アクの姿を目に焼き付けた。
まばたきをして目を開けると、そこにもう宇宙は無かった。
あるのはいつもより少し広く感じる部屋だった。
お菓子の空袋がゴミ箱に詰まっていたのを見てから、私は次の面接の準備を始めた。
思い立ったが吉日。すぐに履歴書に手を伸ばし、必要事項を記入し始めた。
「氏名」「野間 光」
いつもより大きく、名前を書いた。
いかがでしたでしょうか?
面白ければ感想等お願いします。
あれば書くエネルギーになります。