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学園長室から歩いて四十分ほど、俺たちはやっと遠かった廊下を抜けて階段を一階下りる。今いるのは室名札に『Ⅾ』と大きく掲げられた教室の前だ。スノー先生との会話で時間を忘れていたからよかったものの何ちゅう長い廊下だったのか。
スノー先生がおはようございまーすと元気よく挨拶をしながら、勢いよく扉を開ける。いや、どちらかというと放課後に近いですからね。面食らいながら俺と小夜さんもスノー先生に続いて教室に入っていく。
なんか落ちこぼれクラスって勝手に思ってたからヤンキーばっかりで、壁とかに夜露死苦とか書いちゃってるようなの想像していたんだけど、案外普通でクラスのみんなは俺の通ってた学校の奴らと変わらなかった。スノー先生の挨拶にはみんな返事はしない。なんだか辛気臭いクラスだな。
「それでは突然ですがここで転入生を紹介しまーす。神崎白人君と源小夜さんでーす。」
俺は本当に突然の紹介でおどおどと、どうもと頭を下げて挨拶する。それに対する教室の反応は拍手がぽつぽつと響くだけだったが、小夜さんが気だるげによろしくお願いします、とお辞儀をすると気持ち俺よりも拍手の数が多い。げんきんな奴らだ。
そんななかスノー先生が肘でツンツンと俺のわき腹を押して合図をする。ついに来たかと俺はつばを飲み込み、息を吸い込んでみんなの顔を見る。
「どうも、緑山高校から来ました、神崎白人です。この学校にきた目的は、神様になりに来ました。」
この恥ずかしいセリフはスノー先生と一緒に考えたものだ。初めての共同作業、と最初は有頂天だった俺だが言ってしまった今となってはどうして言ってしまったのかと過去の自分をぶん殴ってやりたい気持ちしかない。
この場が白けて凍り付くと予想していた俺だが……
「お、お前神になるだってよ!おもしれえバカがまた来たわ!!」
「まーたこういう類のバカが一匹ご入学~」
「五月雨よ、なんとかいってやれよ。お前の後輩になるやつだぜ」
「そ、そうだね……」
しかし、その予想は外れて教室は爆笑の渦に包まれた。俺はどういう反応をとっていいのかわからず苦笑いで頭をかく。ほぼ全員が今なお尾を引いて笑い転げているのを、俺は意味わからずに眺めた後、横目で二人の様子を確認してみる。
まず小夜さん、全く興味なさげなのは変わらないが、なんとなく怒っている気がする。どうしてなのかはわからないが、とりあえずおっかないので気づかないふりをしてスノー先生のほうに視線を逸らす。
右横のスノー先生は、一瞬今にも泣きだしそうな顔したかと思うと、さっきまでの優しい表情に戻してみんなを諫めて静かにさせようとする。一体どうしたんだろう。
「おい、新参者。お前神になるとか言ってたけど、それはしょうきか?とりあえず言ってんなら訂正しといたほうがいいぜ。」
汚い金髪に、そばかす交じり脂ぎった顔が特徴的なデブが俺を指さして、嘲笑を含んだ醜い表情で笑う。せっかくスノー先生見てたのに俺の視界に入ってくんじゃねえよ。俺はため息交じりに返答する。
「はあ……そうだったとしたら、どうして訂正しなきゃいけないんすかねえ。」
とりあえず年上っぽかったので敬語で接する俺に、フガフガと気持ち悪く鼻息を響かせながら侮った様子で笑う。こういう相手をなめ腐ってる奴は関わりたくないんだけどな。
「あ~ん?だってあたりまえだろ?ここは神性Ⅾの落ちこぼれクラスだぜ?ここから神になるなんて無理に決まってんじゃん。夢見てんじゃねえよガキが。」
金髪デブの言葉を聞いて周りの人間もくすくすと笑う。ああそうか、俺はここでやっと納得する。
こいつら諦めちまったのか。それでみんなで傷のなめあい。出る杭の打ち合い。
ああ、本当に醜い。
「あー……なるほどな」
俺は心底こいつらの事が嫌いになった。
俺がこの世で許せないことの一つは調子に乗った奴に侮られることだ。諦めた側の人間が仲間欲しさにかかわってくるんじゃねえよ。
「おう、分かったか。分かったならさっさと身分相応に生きやがれ。」
金髪デブが言ってやったという風に口端をあげて笑い、そのまま椅子にドカッと座る。俺はすでに我慢の限界で、金髪デブに指さして視界の中央に金髪デブを置いてクラス全体に言い放つ。
「いんや、はっきり言わせてもらうわ、負け犬ども。俺、やっぱ神になるわ」
俺宣言を聞いた負け犬どもは一瞬たじろいで、そのあとざわざわと騒ぎ始める。しかし、その言葉は直接俺に向けられたものじゃなくて、あくまで周りの人間と文句を言い合うだけにとどまっている。
俺はさらに彼らに対しての軽蔑の気持ちを強く持つ。
「はあ?ここまで言われてまだそんな夢見てるのかよ。やめとけやめとけ、じゃなきゃこいつみたいにずっと恥かいたままここで暮らしてくことになるぜ?」
金髪デブは片方の眉をぴくぴくとひきつらせながら、席の中央あたりに座っていた少年を指さす。少年はびくっと肩を震わせると下を向いてしまう。
「そうだよねぇ?五月雨君よー。ランキングはこのⅮクラスの中でも下から数えた方が早えーのに、入学当初は神になる神になるだの。
まあ、最近やっと身の程を分かったみたいで神になるだの恥ずかしいことは言わなくなっちまったが。なあおい、この後輩君にお前が学んだこと教えてやってくれよ!」
金髪デブの言葉を聞いて周りから下卑た笑いが起こる。笑っていない人間も自分が標的にされないようにしているのか下を向いてやり過ごそうとしているようだった。
五月雨という少年は髪で目が隠れているのに、そのうえ下を向いてるから表情はうかがえないけど、惨めさからかさっきから小刻みではあるがずっと肩を震わせている。
「お前もすぐにこうなるだろうぜ。なあ?俺たちの事負け犬だとか言ってたけどよ。お前もその負け犬の一員なんだぜ。
俺たちは自分の立場を受け入れて現実見て生きてるがお前はどうなのよ?まあ入学したてで調子乗っちまったんだろ。そういうことにしといてやるから、これからは波風立てずに静かーに暮らしていってちょうだいよ。」
金髪デブは席の間をつっかえながら進んで俺の横まで来ると、俺の肩に手を置いてぽんぽんと二度たたく。励ましてるつもりなのかうんうん、とわざとらしくうなづいて見せる。
もう我慢の限界だった。
「豚風情が人間様に触ってんじゃねえよ」
俺はいつの間にか横の金髪を思いっきり殴り飛ばしていた。これが俺の生涯二度目の暴力。一度目の時よりも殴った対象は吹っ飛んでいったように思う。いやー、あの赤い水の効果あったんですね。一度目と違って拳はまったく痛くなかった。
豚はヨーヨーみたいに横にくるくると回りながら飛んで席にぶつかると、その勢いのまま席を巻き込んで教室の後ろの黒板の前ぐらいまで転がっていく。
「えーと、えーと。どうしましょ。とりあえず二人とも?落ち着いて!」
少しの間フリーズしていたスノー先生はやっと状況を飲み込んだらしく、あわあわと喧嘩の仲裁に入る。慌ててるスノー先生もかわいい、とかそんな悠長な事考えてたら寝っ転がってた豚がゆっくりと起き上がる。下を向いていて表情分からないけど、体が全体的に震えてることから怒っていることはわかる。振動で肩や腹の脂肪がプルプル震えているのを見て吹き出しそうになるのをぐっと構える。
「ああ、お前やっちゃったな。目上の者には敬意を払えと教わらなかったのか?ましてや、能力を使わなかったところを見るとお前、無能力者だな。俺はてっきり手を出すなら能力が飛んでくると考えていたのに、いきなり殴りかかってくるとはなんとも野蛮な…」
豚は口端から流れる血を拭って俺を睨みつける。俺は口角を少し上げておどけるように豚に接する。
「あ、人の言葉話せたんすね。さっきからブヒブヒ何言ってるかわかんなかったんでとりあえず家畜には躾かなって思ってたんすけど。いやー、スノー先生も人が悪いなー、Ⅾクラスとか言ってこんな家畜小屋に連れてくるなんてー」
おろおろしてるスノー先生の横で小夜さんがぶはっと噴き出す。初めて小夜さんの笑ってるの見たけど、いやー小夜さんは笑ってる顔のほうが似あってるっすね。
「豚?お前は何を言ってるんだ。俺たちを愚弄しているなら全員で相手になるぞ。なあ、みんな?」
そういうとクラスのほとんどの男女が完全にブちぎれた表情で席を立つ。いやいやいや、俺あんたたちに喧嘩売った覚えないんだけど。いや、さっき負け犬どもって言っちゃったわ。口は禍の元。
「夢も目標もプライドも捨てた奴らに人を名乗る資格無くないっすか?
他人の事バカにして、みんなで現実に折り合いつけて、現状維持に甘んじる。それが家畜以外のなんなんすか?いや、家畜なら人のためになるか。他の人間もダメにしちまうってんならがん細胞っすね。うん、がん細胞。」
そこまで言って気が付いた。俺はどうやら触れちゃあいけないとこに触れちゃったらしい、殺気とかよくわからなかったけど、この教室に漂うぴりぴりした雰囲気、これが殺気なんだね。俺は不敵に笑ったつもりだが、眉間からは冷汗が一筋落ちる。
「よい口上でした白人様。でもこの状況は想定していなかったのでしょうね。しょうがありません、お手伝いしましょう。」
どこからか出してきた日本刀を携えてくすくす笑いながら俺の隣に立った小夜さん。うん、いい笑顔か会ってからそんなに立っていないけど今までで一番のいい笑顔だよ。
なるほど、この人やっぱり危ない人だ。俺は思わぬ援軍で気を持ち直したのだった。