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 人生はクソゲーだ。


 ネットやラノベ、果てはいっぱしの文芸誌にもそう述べられていることがある。本当にそう思う。俺はトイレに入って落着き、息を整えて、学校から送られてきた手紙に目を通すことこれで6巡目だ。



 どれだけ読み込んでも内容は変わらず。眼光紙背に徹っしても自主退学という事実以外は読み取れない。訂正しよう、読み取れたのは自主退学という事実とどのようにしてその結果に至ったのかという過程だ。簡単に確認していく。



 まず俺は保護者同伴で登校したらしい、そしてその保護者と一緒に頭を下げて学校をやめてきたらしい。日付は三日前の事。うん、おかしい。三日前俺は暇を持て余し、ゲーセンで朝から晩までひたすら格ゲーをしていたはずだ。



 そうなってくると学校に行った俺はドッペルゲンガーか。はたまた新手のスタンド使いか。とりあえず俺は本当の保護者であるところの如月家に電話をする。ちなみに俺は今なおトイレの中だ、トイレの中は個室で落ち着く上に現実から隔絶されている気がして安心する。



「もしもし、如月です。」



 電話をかけて数コール目にいつも如月家で聞いていた優しいおばさんの声がスマホ越しに聞こえる。なんだか安心した俺は深呼吸をして息を整えると、よしと一言呟いて会話を始める。



「おばさん、俺です。白人です。」



 俺の声を聞いたおばさんはお客さんモードの改まった声色から家でのおっとりした声色に変わる。よかった、いつも通りだ。



「あら、しろちゃん。久しぶりー、ちゃんとご飯は食べてる?新しい学校にはもう慣れた?」



 俺だとわかって開口一言目で心配をしてくれるおばさんマジ天使。おばさんの優しさに癒されながら俺は近況報告もそこそこに本題に入っていく。



「ええ、おかげさまで元気にやってます。ところでそのことなんですけど、俺なんで退学したんですか。」



「あらあらどうしたのかしら、どこかに頭でもぶつけて記憶喪失とか……?」




 如月のおばさんはあらーと心配そうに声をあげて再度俺の身を案じてくれる。とにかく事情を知ってそうで安心した。グッジョブ俺!



「頭は打ってないんですけど、その、俺その日は他の場所にいまして、学校にはいってないんですよ。」




 停学中にゲーセンに行っていたなんていったらまた話が別の方向にそれかねない。おばさんはどこか抜けてるとこあるからできるだけ話をそらさないようにしなければいけない。



「あら、そうなの?しろちゃんの親戚っていう女の人から電話があってね。今の学校やめて、他の高校に行くことになったって聞いたのだけど……たいへんねえ。」



 どうしましょ、と俺の話を疑いもせず聞いてくれるおばさんの天然具合に感謝しながら、頭の中で現在の状況を整理する。ようするに俺はその、親戚の女というやつのせいでこんな事になっているのか。いよいよ意味が分からない。



「しろちゃんあとね、しろちゃんパパからも連絡がきてたわよ。一時ぐらいに、次の高校に行くために迎えを寄越すって。久しぶりに声聞いたけど、元気そうで何よりだったわ~義経君。」



 おばさんは受話器の向こう側でニコニコしながらさらりと言ってのける。久しぶりに、昔なじみの友達から連絡がきたことの喜びを息子同然の俺に伝えたかったのだろう。



ん?



「そうなんですか。……あれ、今なんて言いました?親父?親父からの電話って言いました?しかも一時にって、あと五分もないんですけど。え、ていうかもう一時じゃね?」




 その瞬間、玄関からピンポーンという呼び鈴の音が鳴り響く。俺は電話片手に、トイレから急いで出て呼び鈴を鳴らした相手を確認するべくドアに向かった。その間も待てないのだろうか、呼び鈴はけたたましく鳴り続ける。



 ピンポーンという音が重なりすぎてピの音が何度も木霊する。ピピピピピピンポーン。バグったゲーム機を連想させた。度重なる呼び出しに苛立ちながら、そんな事をする非常識な人間を確認するべく俺はドアスコープを覗く。



 そこにいたのは女性だった。出るところは出て、引き締まるところは引き締まっている、グラマラスな女性がライダーススーツ姿で立っていた。ただ立っているだけではなく右足をあげて今まさに目の前の物をけり破ろうとしていた。



その目の前のものとは。



そう我が家の扉である。



ドカン、という爆発音にも似た音とカキンという留め具が外れる破壊音が響く。その瞬間ドアは破壊され、気づいたら俺はそのドアの下敷きになっていた。



 抗えぬ力で、俺にタックルを仕掛けざるを得なかったドアのせいで、気づけば玄関のつきあたりに位置するトイレに逆戻りになっていた俺だったが、幸いにも体は無傷。昔からなぜか体だけは丈夫で大きな病気もケガもしたことがない。しかしドアは無残にも一転がものすごくへこんでしまっている、南無三。



 俺は上に乗っているドアを少しどかして、ドアを破壊した犯人を恨めしくねめつけた。しかしその女性が玄関の薄暗さと外から射す光のせいで神秘的な感じに仕上がっていたせいで、俺の怒りはいつの間にか霧散していた。



「お迎えにあがりました、神崎白人様」



 舞ったほこりが光に反射して空気中を光りながら漂うこの空間に無機質で感情のこもっていない声が響く。俺はあまりの光景に見とれてしまう。その女性は凛としていて、機械的な印象を受け取った。


 しかし彼女の真っ黒な目の奥にはなにか、人間的な意思の片鱗が潜んでいることを俺は見逃さなかった。それが俺を彼女に釘付けにした。



 見とれて半分放心状態だった俺ははたと現実に戻り、声を荒げる



 「な、ななな、なんだあんたは!」



 俺はいきなり現れたライダースーツ女を指さしながら、焦りすぎて上ずった声を上げる。しかし女は首をかすかに横に傾げ、全く悪びれることなく言い放つ



「私は小夜ですが?」



「いや、そういうことじゃなくて!つか俺が聞いたことに答えてくれただけなのか。じゃない!俺はどうしてドアを蹴破ったのかを聞きたいんだよ!」



 俺の至極まっとうな突っ込みを意に介すことなく怪訝そうな表情で話し始める。



「? 理解に苦しみますね。私は何度も呼び鈴を鳴らしたのに出てこないのでめんど……心配して強行手段に出ただけなのですが。ほら、よくあるじゃないですか、孤独死とか。」



 理不尽ここに極まれりというやつだろう。俺はたまらず叫んでしまう。



「いま、完全に面倒って言いかけたよな!?この人故意的にしてるよ!おまわりさーん、ここに不法侵入、器物破損の現行犯がいまーす!」



「さて、些末な事項はおいておきまして。」



 俺がぎゃあぎゃあ騒いでいるのを無視して小夜と名乗った女は左手に持っていた携帯電話を俺に投げ渡す。



きれいな弧を描いて俺のところに投げられた携帯を、俺は危なげなく右手で掴むと携帯が通話状態なのに気づき、小夜さんを見る。



小夜さんは無表情のまま顎をクイッと動かす。そのまま出ろってことか。


俺はそのまま携帯に耳をつける。



 「よう、手紙は読んだか、バカ息子。浮雲ちゃんには連絡入れてたんだが、もう連絡はいってるかい?」



 携帯から男の少ししゃがれた低い声が聞こえる。声から察するに若者という事は無く、そこまで老年という事もないだろう、どこか馴れ馴れしく、声の印象だけ言えばちょい悪オヤジって感じだ。しかし、この意味不明な状況のただ中にいる俺は、半場八つ当たりに近い形だが、おっさんに苛立ち、少し声に怒気がこもる。



「あんたか、この頭のおかしい女寄越した奴は。何でもいいけどよ、ドアの修理費は請求させてもらうぜ。」


「アハハハハハ!いやいやわりぃわりぃ。小夜はめんどくさがりやでよ。まあ修理の方はこちらで負担させてもらうぜ。そんで、話はつたわってるかい?」



 受話器の向こうのおっさんは豪快に笑いながら、形ばかりの謝罪の言葉を述べる。とりあえずドアの修理はなんとかなりそうだ。言質はとった。


 それにしても話ってのは何だろう。浮雲さんは如月のおばさんの名前だし、如月のおばさんの知り合いか。



 そうそう、俺如月のおばさんと電話の途中だった!


 俺は急いで周りを見渡して、携帯を探す。幸運にも携帯は無傷で、しかも手を伸ばせばすぐのところに落ちていた。俺はそれを急いで拾い上げて画面を見てみる、割れてない、よかった操作は出来そうだ。画面には緑の受話器が外されたマークがピコピコ光っていて、どうやら通話はまだ続いているようだ。



「おばさんすいません!デカい音したけどだいじょうぶでしたか?」



「もー、耳がキーンってなったよー。それにもしもーしって何度も言ってるのに他の人との会話で聞いてくれないし、拗ねちゃうぞー。」




これが俺と同い年の娘がいる女の話し方だろうか。多分今年41だぞ。

 それはこの際置いとくとして、俺はおばさんに聞きたいことを簡潔に聞く。



「おばさん、驚かないで聞いてほしいんですけど、なんかいまウチに小夜っていう頭のおかしい女がドアけ破って入ってきたんですけど。」



「頭がおかしいことはありません。少し倫理観がずれてるだけです。」



「うるさい!トンデモ女!!」




俺は不服そうにジト目でこちらを見つめる小夜さんに一喝する。小夜はふん、と鼻を鳴らしてそっぽむく。


話がこじれるから黙ってくれ、マジで。




「あらあら、大変ねぇ。ドアがないと泥棒さん来ちゃう。」



「今はそういう事じゃないんですよ!?俺が聞きたいのはですね、その小夜さんって女の人の事どこかで聞いたりしたことあるかを聞きたいんです!」


 おばさんの天然発言を受け流す余裕も無く俺は慌てて叫んでしまう。しかしそんな俺に憤慨する様子もなくおばさんはうーんと電話の先で唸る。



「さよ……そういえば!義経君が言ってたしろちゃんの親戚のお姉さん!」


本当ですか、と念押した俺におばさんは、だって忘れないようにメモ取ったものと誇らしげに話すおばさん。多分誰もいないのに胸張ってるんだろうな。



そしてやれやれ、今回の騒動の黒幕がこいつってことか。


 ありえる、ものすごくありえる。このトンデモ具合、言っても響かないマイペースさ、この女ならやりかねない。


 俺の疑惑が確信に変わった頃、俺は一つの単語に引っかかる。さっきスルーしたはずだったが、今度は見逃せなかった。


 今おばさん、義経っていったよな。




 「お、おばさん。義経ってもしかして前に聞いた……。」



 「そうそう!しろちゃんパパのお名前よ?あ、いけなーい、鍋に火かけたままだったわ!じゃあねー、しろちゃーん」



 そういうとおばさんは一方的に通話を切ってしまう。ほんと自由だなあのひと


 はぁ……確認することが多い。


 というか俺が最初に捨てた手紙。あれがすべてを記す死海文書だったようだ。やっと疑問が解けそうだな碇。



 俺は半場諦めながらもう一つの携帯に耳をつける。やはりというか、電話の向こうにはまだ人がいる気配。ため息混じりに俺は電話先の男に話しかける。



「おっさん、あんたの名前をおしえてくれ……」




俺は左手で携帯を持ち、右手で顔を覆う。


夢なら覚めてくれ。


「俺の名前は義経、神崎義経。お前の父親にして、今回小夜を使ってお前を退学させた張本人だ。わりぃな、わが息子よ。」



 予想は的中。うん、マジで悪いよ、クソ親父。

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