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「だから、ぜーったいに白君はそんなところに行っちゃだめだからね!」
スノー先生は俺の悪だくみを察してかくぎを刺してくる。さすがスノー先生。
なんでもわかっちゃうんですねぇ。
「そんなことするわけないじゃないですかー、もー、困っちゃうなあ」
俺は頭をかきながらスノー先生に弁解する。
安心したスノー先生がならよし、と嬉しそうに笑った後タイミングよく学校のチャイムが鳴り響く。
おそらく何時間目かの授業終了のチャイムであろう。授業に出なさ過ぎてそのあたりの時間感覚は失われてしまっていた。
そのチャイムを皮切りに、スノー先生は明日の授業の資料作りに職員室に、五月雨はきょう出された課題をやっつけに自身の部屋に戻っていく。
後に残ったのは俺と小夜さん。
「さあ、行きますか。」
「そういうと思いました……」
俺がにやりと笑ってそういうと表面上やれやれといった感じに小夜さんはため息をつくが、一瞬口元がにやりとしたのを俺は見逃さなかった。
小夜さんだって気になってんじゃん。
そうして俺と小夜さんは堂々と正門から学校の外に出てみる。案外すんなり出れて拍子抜けだった。
学校の外は一面草むらで学校以外の構造物は見渡す限り一切なかった。
なんとまあ、見事になにもねえな
それでもとりあえず俺と小夜さんは適当に歩き始めてみる。
歩き始めてすぐに小夜さんが口を開く。
「本当に歩き続けてれば見つかるんでしょうか。」
「まあ、三十分も歩いて見当たらなかったら引き返しましょうよ。」
小夜さんが無駄に歩き回るのはごめんだという風に言うのを俺はそう条件付けることで何とか諫める。
そういって俺たちが歩き続けること約三十分。
来た道を見てみると遠くのほうにすでに小さくなった学校、そろそろ帰れなくなったら面倒だから引き返そうと思った矢先、
芝生ほどの草が生い茂った草原には明らかに不釣り合いなインドとかにありそうな白亜の建物が見えた。
おかしいなぁ、こんなわかりやすい建物なら学校から十分見えるはずなのに。
それでも存在しているということは噂の館なのかもしれない。
いやきっとそうだと決めつけて俺は小夜さんに話しかける。
「……小夜さん、本当にありましたね。」
「あれがまだ、例の館か確定はしていませんが、調べてみたい気はします。どうします?怖いなら私一人で行きますが。」
意外に乗り気な小夜さん。
こんなに目をらんらんと輝かせている小夜さんは初めて見るなあ。
「いやいや、こんな面白そうなものが目の前にあって帰ったらつまんないじゃないっすか。」
「ふふふ、言うじゃないですか。しかしその意見には全面的に賛成させていただきます。」
小夜さんと俺は互いに顔を見合わせて同時ににやりと笑うと、その白亜の館に向かう。楽しくなってまいりました。
館の前までやってきてみてみると、館は思っていたよりも大きい。
門などもないのでそのまま玄関、というにはあまりにも立派で高級そうなディテールの扉の前まで近づくことができた。
なにこのラスボス感。こんな扉漫画の中でしか見たことないんだけど。
俺は緊張で手が少し震えるが、好奇心のほうが勝り、震える手で扉をたたく。
「すいませーん、だれかいませんかー?」
しーん……。沈黙。
俺が続いてもう一度すいませーんと扉をノックしようとした瞬間。
左右両開きの扉がギギギという仰々しい音を立てひとりでに開かれる。
驚きながらも中をのぞいた俺と小夜さんだったが、真っ暗だった建物の天井につるされたシャンデリアに扉のほうから順々に光がともっていく。
完全にラスボス前の演出じゃねえか。
「どうしましょう、入りますか?」
こちらを見ることなく、明るくなった館の中をじっと見ている小夜さんは俺に問う。
「もちろん、行くにきまってるじゃないですか。」
その問いに若干ひきつった笑顔で答えた俺は小夜さんとともに館の中に入る。
俺と小夜さんが館の中に完全に入った瞬間、今度はバタンという音を立てて勢いよく閉まる扉。これで引き返すこと完全にできなくなったみたいだな。
俺たちは覚悟を決めて、ハリウッド映画の番宣でよく見るような真っ赤なカーペットの上を終始無言のまま歩いていく。
たちは入ってきた扉をまっすぐ行った先に存在する扉を目指し歩くこと数分、その扉の前に到着する。
俺は意を決して扉の金色の取っ手に自らの手を重ねる。
そして勢いよく扉を開けたのだった。
目の前には大きな長机、その机の両サイドには背もたれが異常に高い椅子が等間隔に並べられている。
そして扉から入ってきた俺たちと対面する形で机の一番奥に座っていたのは、黒髪を肩のあたりで切りそろえた美人さんだった。
髪は真っ黒なのに肌は透き通るように白いから遠くから見ると人形が顔の前で手を組ませて座っているようにも見える。
あれほんとに人形じゃないよな
「あー、はいはい、いらっしゃーい。私の名はエキドナ。あんた等がわたしを求めてやってきた怖いもの知らずたちってことでいい?」
女性はけだるそうに自己紹介を済ませると、さっさと要件を済ませようとしているかんじだ。
「えーっと、俺たち噂を聞きつけて学校出発したらいつの間にかここにいましたけど……あんた一体……」
「だからエキドナだって言ったじゃん。
めんどうだなー、“解析-スキャン-”。
えーっと、なになに、ふむふむ……ほほー、君、義経の息子か。
それにしては神性が低いけど……なるほど、バグか。まあこれはわたしにはどうにもできないわ。」
エキドナと名乗る少女は俺を見てひとりごちると手をしっしっとあっちいけのジェスチャーをする。
この人唯我独尊すぎるだろ、小夜さんといい勝負だ。
そんなことより気になったことがある。
「な、なんで親父の事知っているんだよ。あと、神性のことも」
すでに俺に興味をなくしたのかそっぽを向いてしまっているエキドナと名乗る女性に俺の個人情報の出どころを聞くが完全に無視されてしまう。
なんだこの黒髪美人、フリーダムすぎ。
「あの方今“解析”といいましたか、あれは確か相手の情報を見ることができる黒魔法。以前黒魔法使いと戦闘したときに見たことがありますがあそこまで正確な情報は知りえるわけ……」
小夜さんがそういい終わる前にエキドナさんは不服そうに唇をとんがらせて反論する。
「あのねー、わたしをそこらの黒魔法使いと同じにするんじゃないの。
わたしは“黒魔女”。黒魔法においてこのわたしと双肩を並べるものなどこの世に、いや、どの次元にもそんざいしないよ。
……ふーん、お嬢ちゃんの方は中々の逸材ね。まあ別に興味はないんだけどー」
エキドナさんはちらりと小夜さんを見たのちまたそっぽを向く。
うん、全く取り合ってもらえない。
「“黒魔女”!?最強の十角じゃないですか!!???どうしてそんな方がこんなところに。」
逆に小夜さんは今までに見たことがないような狼狽したご様子。
それに比べて最強の十角もわからないし、“黒魔女”もわからない俺はどういうリアクションを取るべきなのか分からない。
うん、まったくわからないからとりあえず驚いとくか。
せーの
「な、なんだってー」
俺があまりにも棒読みで驚いたのが悪かったのか、場の空気は止まる。
二人ともポカーンって感じだ。
あちゃー、やっちゃったか。
「そういう空気読めないところ義経に似てるねぇ、ほんと見た目とか静にそっくりなのに。変なとこあのバカに似ちゃって大変だねえ。」
エキドナさんはジト目で俺を見て、そのうえ同情の言葉もかけてくる。
いや、親父に似てるとか言われてもこの前初めて会ったところだからわからないっす。
「エキドナ様、義経様の師匠も務めたあなたなら、この空気も読めないごみ虫の現状を変えられるのではないでしょうか。」
「え、俺空気軽くしようとしただけでこんないわれちゃうの!?ていうかこの人親父の師匠なの!!!????」
俺は逆に気きかせて冗談言ったのに、こんな仕打ち。涙が出ちゃう、でも泣かない。男の子だもん。
それはそうとしてこんな見た目20歳ぐらいのお姉さんがあのおっさんの師匠とか絶対うそでしょ!!??
「ええ、私はあのバカの師匠よ。先に言っておくけど歳のことについて触れたらぶっ殺す。」
とってもさわやかな、背景に花畑が広がっていそうな笑顔で言われたが、その奥に底すらない殺意を感じたので絶対に言わない、ええ言いませんとも。
「うーん……でもなぁ。またそれで失敗したらやだし……。よし、義経の倅よ、君の現状を話しなさい。それが面白かったり、同情に値したり、とにかく私を満足させれば考えてやろう。」
エキドナさんはひとしきり考えた後、にやりと笑うと、こちらを試すようにじーっと見つめる。
俺はエキドナさんに、今まであったこと、すべてを伝える。最近の信仰者に命を狙われていることも含めてだ。
話し終わってエキドナさんを見ると腹を抱えて今にも椅子から転げ落ちそうになっていた。うん、満足いただけたようで何より。




