日常はかくもあっさりと
そうそれはある朝の日だった。快晴だった。燦燦だった。既に昼前、というか昼なのにも関わらず俺は寝ぼけ眼をこすりながら頭の寝癖を手櫛で直す。
今から二週間前、俺は一人のクラスメイトをぶん殴った。
違うクラスのいけ好かない奴だった。そいつはあろうことか俺の学校唯一の友達に、自分のカンニングの罪を被せて、停学そして留年にまで追い込んだのだった。
狡猾な奴だった。クラス全体を共犯者にさせることで自分だけの罪でなく、みんなの罪という意識を全員に植えつけ、そして一人を必要悪として切り捨てることをクラス全体でやむなしとさせた。その事件について詳しく言及することはここでは避ける。理由は簡単、胸糞が悪くなるからだ。
俺はそいつが許せなかった。初めて人を思いっきりなぐった。ぐにゃりと気持ち悪い肌の感触、いやにこ気味良い顎骨の音、口からあふれ出る血と唾液の飛沫。しかし、爽快感というか、達成感みたいなものはあった。
そいつは思っていたよりも吹っ飛んで行って、唇を二針ほど縫うケガを負った。感想はざまあみろ。しかし、俺に与えられたのは称賛でも、感謝でもなく、侮蔑と、謹慎だったのだ。まあ当然だけどな。
それについて後悔はない、自分の中の正義に従っただけ。わが生涯に一片の悔いなし、すべてが正義だというやつだ。ただ一つだけ言いたいのは、謹慎明けの学校どうしようっていう泣き言ぐらい。
そんなことを考えながらほぼ無意識に俺は玄関の郵便受けに向かっていた。このニート生活、始まってまだまだ五日程だが既に一日の流れは決まっている。朝起きたらまずは郵便受けの確認だ。ドアの内側にカンガルーの袋みたいに付属している郵便受けを開けて中の物を取り出す。
朝の新聞やピザ宅配のチラシ以外で珍しく今朝マンションの郵便受けに入っていたのは二つの封筒。一つはわが母校からの大きな青色の封筒、学校の名前がプリントされてることからもオフィシャルな物だとわかる。
そしてもう一つは差出人不明の茶封筒。どうやって届いたのだろう、宛先すらなく、ただ表に大きく「神崎白人様へ」と書いていた。
俺はまず出所不明の茶封筒から目を通そうと封筒の上の部分を勢いよく破る。中にはきれいに三つ折りにされた白い便箋が入っていて、俺はそれをつまんで取り出すと広げて中身に目を通した。
えーと……なになに。
“よお、初めましてだな、わが息子よ。俺はお前の父親だ。お前を如月家に預け、養育費を送り続けて早16年。
久しぶりに何してるのかと思ってみれば停学?しかもダチをかばって相手をぶっ飛ばすなんて、なかなか見どころあるように育ったじゃねえか。
そこでだ、お前そこの学校やめろ。というかやめさせた。お前にはもっと行くべきところがあると俺は判断した。だからお前にはこちらに来て、ある学校に通ってもらう。迎えは寄越したからそいつにいろいろ聞きながらとりあえずは俺のところに来い。以上
PS・お前の意見は聞かないなんたって俺は神だからな。”
…………うん。
俺はあくびを一つして、その自称親父の手紙をくしゃくしゃに丸めてちり紙入れに投げ込む。ナイスピッチ、一回で入ったからいいことあるかも。そう思いながらまた欠伸を一つ。
最近のイタズラはたちが悪いなぁ、人の家庭状況まで踏み込んでくるなんて人としてどうかしてるぜ、まあいやがらせするような人間だから仕方ないのかもな。俺は先ほどの手紙の内容をまったく気にもとめず、もう一方の封筒、学校からのものを家の照明にかざす。
すかしても外から見えないようにしている限り相当重要な事なのだろう。俺の停学の延長か?それともぶん殴ったあいつへの慰謝料の請求か。慰謝料なら学校からじゃなくて裁判所とかから届きそうなもんだが、いやその前に裁判か、そんな考え得る限りの可能性を頭に思い浮かべながら俺は封筒を開ける。
先に言っておこう。そのどれもが見当外れだった。
神崎白人の自主退学を承認する。
要約すると中身はそんな内容だった、長々と形式的にいろいろ書いてあったが要約するとこんな感じだ。
俺はとりあえず何が起こっているのかわからずトイレに行った。