隊長さん陥落作戦
「にゃうぅぅ……」
「ミラ、何やってんだお前」
呆れて私を見上げるレオ。いいから早く助けてほしい。
登った本棚から降りれなくなりました……。
「降りれないなら初めから登るなよ。手の掛かる奴だな」
いや、まぁ、うん。私としてもなんであんな馬鹿なことをしたんだろうと思うよ。けど言い訳をさせてもらうと、本棚の構造が行けないと思うのだ。だって、足かけるところ沢山あったからさ。で、調子に乗って一番上に登ったら飛び降りれる高さじゃないし、登った時の要領で降りようにも猫のまんまで後ろから降りるのはどうにも怖くて。
『レオー。いるー?』
ドアの外から間延びした声が聞こえる。
「空いてる」
レオが少し声を張ればドアが開いてユーリが入ってきた。
「昨日の猫、いる?」
「あぁ、そこでふて寝してる」
レオがベッドの上で丸まっている私を顎で指す。
「昨日仲のいいメイドの子に猫の話をしたら、これ貰った。王都で流行ってるらしいよ」
そう言ってユーリが取り出したのは、フリフリした布。黒の生地に白と薄桃色のレースがあしらわれている。
「なんだ、これ。ハンカチにしてはうざったいが」
「猫に着せるんだって。その子に着せたら隊長の恐怖心も和らぐかと思って」
いや、それはどうなんだろう。人型の期間が短すぎて何年も服なんか着てないし、今更猫姿で着るのもちょっと。
「あぁ、なるほどな」
え、レオ今ので納得したの?
「じゃあ早速着せてみるか」
服を持ってレオがにじり寄ってくる。誰が着るかそんなの!
「うにゃ!」
「あ、逃げんなミラ。お前の城での生活が懸かってんだぞ? 隊長に気に入られなきゃ塀の外に投げ捨てられんだぞ?」
……。
「あ、止まった。なんだかレオの言ってることわかるみたいだね」
「全く、手間掛けさせやがって」
あっさりとレオに捕まった私は、あっという間に服を着せられる。
なんかこれフリフリ多くない? 鬱陶しくて仕方ない。
「おー。可愛い可愛い」
「顔は不満げだけどな。てか猫のくせにやたらと表情豊かなんだよな、コイツ」
だから猫じゃないんだって。
「あ、そういえば名前つけたんだ?」
「副隊長に付けてもらった。ミラって言うんだ。吸血鬼っぽくていいだろってさ」
「あー、副隊長らしいネーミングだね」
首のところについているリボンが気になって仕方ない。そりゃあ私は獣人で、そこら辺の猫とは比べ物にならないくらい賢いが、やっぱりこの体だと猫の本能に抗えない。
動いているものは気になる!
ということで首元でゆらゆらしているリボンを一心不乱に引っ張っていたら、前足にリボンが絡まってしまった。レオはユーリと話してて気付いていないし。いや、これを見られたら確実に怒られる。最悪捨てられる。どうにか自力で解決しないと!
「……っ……!」
とりあえず伸ばしてた爪を引っ込めて……ってあれ!? 布の繊維に引っかかってる!
「何してんだ、ミラ? こんなにぐちゃぐちゃにしやがって……」
ひいいぃぃっ。見つかったー!
「にゃ、にゃーん?」
とりあえず子猫の武器を使って可愛い子ぶるしかない……! ついでに普段なら絶対にしないけど、お腹を見せて全面降伏の意を表明。
「はあぁぁ。本当面倒くさいなお前。リボンが気になったのか?」
「にゃん」
「じゃあ首周りだけは取ってやるよ」
恩に着ます、レオ様。
「凄いね。さっきからレオもミラも当たり前のように会話してるけど」
「なんか妙に人間臭いんだよな、行動といい表情といい」
「バカ可愛いってやつだ」
なんなんだ、皆してバカバカって。言っておくけど、私そこらへんの猫とは違うんです! 賢いし、毛色はアレだが顔立ちは良い方だ(猫の価値観で)。これでも路地裏にいた時は、結構モテてたんだ。……子猫に。
「可愛いか? まぁ、子猫というものは大概可愛いもんだがコイツはなぁ。自分が可愛いと思ってる節があんだよな」
事実だし。良く言われるし。そんなイタイ子を見るような目で私を見ないで!
「そこもまた可愛いんじゃない? バカっぽくて」
「まぁバカだしな。仕方ないか」
結局はそこに落ち着くんだね。ホント、失礼にもほどがある。
「隊長。遠すぎませんか」
午後、レオに連れられて訓練場にやってきた。若いお兄さんからベテランな感じのおっちゃんまで、剣を振るっている。皆ナイスマッチョだね! 汗が光ってかっこいいけど、やっぱりむさくるしい。
「ほら、それなりに可愛いでしょう? 服まで着せたんですよ」
レオが隊長さんに向かって私を振る。酔いそうだからやめてほしい。
「うにゃ、にゃー!」
「う、うわぁっ。怒ってるぞ、そいつ!」
怒ってないよ! 抗議しただけで。
「あぁ、これは怒ってるんじゃなくて文句言ってるだけですよ。……お前も媚びを売っとけ」
レオに耳打ちされ、地面に降ろされる。そうだ、私の生活が懸かってるんだ。
とりあえず、可愛いアピールを……。
「にゃぁーん」
隊長さんの足にすり寄ってみる。
「ひいぃぃっ」
む、うら若き乙女がすり寄ってるのに悲鳴とは失礼な! ツン、とそっぽを向けばレオが舌打ちせんばかりの表情で私を睨む。
「みゃぁ……」
諦めてはいけない。今度は耳を垂れて可愛いアピール。
「な、なぁレオ。俺この猫怒らせたみたいだ。いつ襲ってくるか分からん。助けてくれ……!」
ねぇ、この人もの凄く失礼なんだけど!
なんで私の可愛さが伝わんないかな!
「あ、ヒューイお帰りー。その子ミラって名前なんだ。可愛がってやって!」
背中の毛がぞわっと逆立つ。
「あ、副隊長。やっぱり隊長ダメみたいですよ。服まで着せたのに」
副隊長だあぁぁ! とりあえず安全な場所に行きたい。ここからならレオより隊長さんの方が近い!
「にゃん!」
助けて隊長さーん!
助走をつけて隊長さんの服にしがみ付く。ビクッとされたけど、こっちだって貞操の危機なのだ。構わず厚い胸板までよじ登る。
「レ、レオ! マジ助けてくれ!」
「はぁ、そいつ噛みませんよ?」
「もはやそう言う問題ではないんだよ! 近い! 猫近いから!」
私の頭上で隊長さんが騒ぐ。
「ヒューイ、じゃあ俺が代わりに抱っこするよ」
あああああ悪魔の声が背後から……! 体の震えが止まらない。ガクブルだ。
「……震えてる」
「捕まえた」
ぞわあぁぁっ。ぎゃあーー! 引っ張らないでー!
「にゃん! んにゃー!」
隊長さんには悪いけど、爪を立ててしがみ付く。
「おい猫。サイが怖いのか……?」
隊長さんが困惑気味に尋ねる。
私は全力で肯定した。
「にゃ! にゃん!」
お助けください、隊長さん!
「サイアス。やめろ、怖がってる」
副隊長はにこにこしながらパッと手を離した。というか、副隊長サイアスって言うんだね。
「へぇ。ヒューイ、ちゃんとミラ抱っこしてるじゃん」
楽しそうに副隊長が笑う。
言われてみれば、隊長さんの手は私のお尻を支えていた。
「隊長、大丈夫そうじゃないですか」
レオもちょっと疲れた顔で笑っている。
「サイ、レオ。俺、猫イケるみたいだ」
自分でも信じられないという顔で、隊長さんが茫然と呟いた。
「可愛いもんだろ、猫も」
「そうだな。コイツ間抜けっぽいし」
どこに行ってもその評価は変わらないんだね!
あと何気に、可愛いアピール無視したこと根に持ってるから!
とりあえず隊長さんの逞しい腕を尻尾でてしてし叩いておいた。
何はともあれ、隊長さん陥落成功しました!