表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

騎士に拾われました

初、ファンタジー風味です。

いろいろ不慣れですが、よろしくお願いします。

遥か北の国、ハーフェン王国には冷酷無比で残忍、氷の王と噂される皇帝がいた。王は人間嫌いなことで知られ、また剣術にも優れ右に出るものはいなかったため、傍に人を置くことはなかった。周りの人間――国の重鎮や貴族の方もまた、王に近づくことはない。王は彫刻のように完璧な容姿を持ち、類稀な魔術の才も有していた。優れた頭脳で国の領土を広げていき、繁栄に導いた賢帝でもある。しかし国中に流れたある噂が人々を恐怖させていたからだ。

――国王ヴィクター=アシュフォードは、人間ではない。

この国には古くから様々な種族が共存していた。現在も人族が人口の半数を占めるものの、獣族や精霊、エルフなども存在する。だが、長い年月の中でいくつもの種族が滅びた。呪われた種族といわれる吸血鬼、ヴァンピールもその一つだ。国王ヴィクター=アシュフォードはその末裔なのではないかと、国民の間ではもっぱらの噂であった。







お腹空いた。もう、死ぬのかな私。人型になる力さえ残っていない。せめて人間の姿だったら、通行人に気付いてもらえたのに。……お金がないから食べ物なんて買えないけどさ。

死んじゃうなら最後に――バレットさんのとこのアップルパイが食べたかったなぁ。

「うわっ汚え猫。死んでんのか?」

愛しのアップルパイを思い浮かべていると、男の人の声が降ってきた。目を開くのは億劫で、しかしこの人間が去ってしまえばチャンスはもうない。私の体に残っている最後の力を出して、叫んだ。

「……ぅにゃう」

口から漏れ出たのはあまりにも情けない鳴き声。暖かい何かと浮遊感の中、私は死んだ。

「これ、城で飼えんのかな。隊長、猫嫌いつってたけど」

男の呟きは街の雑踏がかき消した。


「おう、お帰りレオ。てか何その猫。死んでるの?」

「死んでたらわざわざ拾ってこねーよ。それよりユーリ、隊長って遠征いつまでだっけ」

何やら声が聞こえる。私は死んだのか。だとしたらここは死後の世界? 行ったことないからわかんないけど、なんというか……男臭い? こんなものなのだろうか。

「明日の昼に戻ってくるらしいけど。大丈夫なの、その猫」

「さぁな。ま、ダメならそこらへんに放り投げるさ」

猫? 放り投げる? 随分酷いことを言ってくれるもんだ。冬の路地裏がどんなに寒いのか知らないのだろうか。このモフモフの毛を以てしても凍え死にそうだというのに。それに路地裏には奴らだっている。黒くて狡賢くて、いけ好かないカラス野郎。エサというエサ全部持って行ってしまう。

「副隊長に相談したら? あの人無類の猫好きだし」

「そうなのか? あの人ドSっぽいから犬とか調教してそうだけどな」

ドS!? 死後の世界にもそんな危ない人がいるんだ。というかさっきから気になっていたんだけど……死んでもお腹って空いたままなのかな。

「きゅるるる」

「ん? なんだコイツ。寝たまま腹鳴らしてんぞ」

あれ、もしかして私――死んでない?

「ぅにゃ? みゃーう」

「お、起きたか。腹減ってるんだろうがその前に風呂だ。汚すぎる」

お、乙女に向って何を言う! 今は確かに薄汚い子猫だけど、人型になったらそれなりに可愛いんだからな! 花も恥じらう乙女なんだからな!

「じゃあなユーリ」

「おー」

ユーリとやらは気のない返事をよこしながら本を開いた。なかなかにイケメンなのだけど、眠そうというか、ボーっとしている人だ。

「ほら猫、風呂だぞ」

私が死後の世界だと思い込んでいた時の会話によると、この何かと雑な人はレオと言うらしい。なんというか、うん……平凡顔? 名前の割にはこれといった特徴のない、安心する感じの顔だ。でもそんなことは口にしない。第一私ただの猫だと思われてるし、レオは命の恩人だし。

「本当お前汚えな。元の色わかんねえって相当だぞ?」

レオさんは口が悪い割に丁寧に洗ってくれる。特に耳の後ろが気持ちいい。……さては猫上級者だな?

「お前大人しいな。水怖がらないし」

だって獣人だし。

「尻尾も洗うぞ」

あ、ダメダメ! 尻尾はダメ!

私はレオの手から逃げ回る。

「こら、暴れるな。尻尾も洗わんとな。すぐ終わるからじっとしてろ」

レオに捕獲され、尻尾を洗われる。

あぁ……私の尻尾、触られたぁ。

「何しょぼくれてんだよ。綺麗にしてやったのに。てかお前、銀色だったんだな」

露わになった私の色を、レオは珍し気に眺める。この国で、銀色は珍しくそして不吉な色とされる。猫も犬も、勿論人も、生まれつき銀髪というのはまずいない。大体が赤毛か茶髪で、そのほかに金髪や黒髪。稀に灰色もいる。銀は今は亡き吸血鬼の色なのだとか。私は、父も母も兄弟たちも赤毛なのに、一人だけ銀髪で生まれた。ちなみに獣人は基本的に人間の姿で一生を過ごす。生まれてくる時も人型だ。だけど銀髪で生まれてしまったために、私は猫となって身を隠しながら生きてきた。さっきは人型になったら可愛いとか勢いで言ってしまったが、実はもう何年も人型にはなっていない。実年齢は15なのだけど、まともに食べてないせいか子猫のまま。いつまでたっても路地裏のヒエラルキーの最底辺。

「珍しいな。高値が付くだろうな」

私を売る気!? 耳と尻尾がピンと立つ。

「ははっ冗談だ。ほら、副隊長とこ行くぞ」

レオは私を小脇に抱えて歩き出す。

「にゃ! にゃぁーう」

「ん、どうした」

伸びてくるレオの指をまぐまぐと甘噛みする。お腹が空きすぎて限界だ。

「あぁ、腹減ってるんだったな。じゃあ一旦部屋に戻るか」

今更なんだけどここどこだろう。やたら金属がぶつかり合う音と、むさくるしい感じがするけど。それにレオもユーリも隊長とか副隊長とか言ってたし。騎士団とか? 私がいた街は王都だから王家直属とか? 確か王都の騎士団の宿舎って王宮の敷地内にあったような……てことはここお城!?

「なんか食いもんあったかな」

私のパニックにレオが気付くはずもなく、一列に並んだドアの一つを開く。

「ほら、そこらへんに座ってろ」

部屋の床に降ろされたので、とりあえず探検気分で物色してみる。

レオの部屋は意外と整理整頓が行き届いていた。とてとて歩いてみると、ベッドの上には明らかに騎士っぽい制服が皺一つない姿でそこにいた。

「みゃーう」

ベッドはそこまで高くなかったので飛び乗って、制服をてしてし叩く。

「どうした。あぁ、午後から警護入ってんだよ。今日は国王陛下の警護なんだが……絶対必要ないだろ」

「うにゃ?」

必要ないことはないと思う。ずっと猫として暮らしてきたから人間の社会は詳しくないが、王様は万全の警備の中ってイメージがあるし。

「ほら、さっさと降りろ。服に毛が付くだろ」

レオに抱えられて床に降ろされる。

目の前には温かいミルク。ほんのり立ち上る甘い香りにお腹が盛大に鳴る。

「ははっそんなに腹減ってたのか。本当人間臭い猫だなお前」

レオの笑い声が上から聞こえてきたけれど、そんなことより今はミルクだ。ミルクが私を待っている。

白く揺らめくミルクに舌をつける。当たり前っちゃ当たり前だけど、私は猫舌だったりする。だから恐る恐る口をつけたのだけど、このミルクは熱くもなく温すぎない絶妙な温度なのだ。レオは猫心(おとめごころ)を掴むのがうますぎる。惚れてしまいそうだ。

「よし、もう文句はないな? 副隊長のとこに行くぞ」

再びレオに小脇に抱えられる。お腹が満たされたので私としてはひと眠りしたいのだけど。

レオが歩くたびに揺れるのがなかなか心地よくて、瞼が重くなる。というかどうせ猫なんだし、起きてようが寝ていようが関係なくない? じゃあもう寝るっきゃないよね。自分にはとことん甘いと自負する私は、早々に夢の世界に旅立った。


「へぇ、銀色の子猫か。なかなか面白いのを拾ってきたね。というか随分人間慣れしてるね? 爆睡じゃないか」

「はぁ、なんというか……人間臭いって言うか、バカっぽいというか」

「あぁ、確かに間抜け面ではあるねぇ」

さっきからすごい言われ様だけど、これ私のことだよね。レオの声するし。

「にゃ! うにゃぅ……」

これ以上の暴言を吐かせてなるものかと抗議の声を上げる。……まぁ、鳴き声しか出ないんだけど。

「へぇ、目は赤なのか。これじゃあまるで陛下だねぇ」

私を至近距離で覗き込んでいるのは、きっと副隊長なのだろうけど……この人未成年じゃない?

背もそれほど高くないし、レオやユーリに比べると体格も小さい。それに何より、もの凄く童顔だよこの人。17、8にしか見えない。

「あ、副隊長もそう思いますか? この姿じゃコイツもやり難かったでしょうね。死にかけてたし」

「だねぇ。おもしろ……可哀想だから俺からヒューイに頼んでおくよ」

今、絶対面白そうって言おうとしてた。ユーリがドSって言ってたしなぁ。あんまりこの人には近づきたくないなぁ。

「ありがとうございます。てか、隊長ってなんで猫ダメなんすか? 犬とか馬は平気なのに」

「あぁ、なんか目が怖いんだって。見透かされてる気がするってさ。ま、この子なら大丈夫じゃないかな。何も考えてなさそうな顔してるし」

この人酷くないか。さっきから言いたい放題じゃないか。だいたい子猫というのは可愛らしければそれでいいのだ。そんな子猫のうちから鋭い視線をマスターしてどうする。……まぁ正確には子猫じゃないけど。

「ところでさ、レオ。この子の名前は決めてるの?」

「あー。そういえば付けてないですね。この際副隊長が決めちゃってください」

待ってレオ! 今までのこの人の発言聞いてた? 絶対変な名前にしちゃうから!

「そうだな……この子吸血鬼っぽいし、ミラってどう? カーミラからとったんだけど」

由来はともかくまともな名前でよかったぁ。

「にゃ!」

「気に入った? それなら良かった。ところでレオ、今日一日ミラを貸してくれないかな。最近仕事が溜まってて猫カフェ行けてないんだよね」

「あぁ、別にいいで――」

「にゃああぁぁーーっ」

いやあぁぁあー! この人危険、絶対遊ばれる! 尻尾とか触られる! お願い、断ってレオ。

レオのシャツに爪を立ててしがみ付く。

「おいこら、爪を立てるな」

「へぇ、結構勘がいいんだねミラは」

妖しげに笑う副隊長。何をする気だったんだ!

そしてレオ、なぜ剝がそうとする! いい奴だと思ってたのにーーっ。

べりっと剝がされ、両脇を抱えられる形になる。それでも離れてなるものかと必死に手足をばたつかせていると、

「いいよ、レオ。ミラと遊ぶのはまた今度にするよ。じゃあヒューイには伝えておくから、陛下の警護頼んだよー」

ひらひらと手を振って副隊長は去って行った。

「ま、お前の判断は間違ってないと思うぞ」

遠い目をしたレオを見て、いつか来る「今度」が怖くてちびりそうになった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ