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言霊使いと桜の樹

作者: 遊咲しずく
掲載日:2014/06/06

唐突に浮かんだ物語です。

言霊使いの少年と桜の樹の話。

 

 雅はその時葛藤していた。

 育ての親でもある師匠と喧嘩し、勢いにまかせて山を飛び出た雅は一銭も持っていなかった。よって目の前にある餡子もちを口にすることは出来ない。柔らかな湯気を上げている、出来立ての餡子もちを頬張れないとはなんたる悲劇。

「あああ・・・・腹減った」

 きゅるきゅると寂しげに鳴く腹を押さえ、涙目になる雅。

 その姿を哀れんだのか、もち屋の主人が優しく雅の肩を叩いた。

「小僧、どれだけ粘ってももちはやらんぞ。いいかげんに諦めろ」

「・・・・」

 今度は金をもってこい、という主人の声を背中に受けながら雅はとぼとぼと歩き出した。なんだよ、一個くらいいいじゃねえか。 

 ぼやきながら夜の闇をさまよいつづけた挙句、雅は村はずれの大きな樹の下に座り込んだ。ここで夜を明かそう。

 すでに露店の灯りは消え、三日月と星々だけが輝いている。

 雅はそれを木葉ごしに眺め、ふとつぶやいた。

「・・・・寒いな」

  

「そうですね」


 一瞬遅れて、雅はバッと辺りを見回した。誰もいない。

 首を傾げると、その声はまた小さく響いた。

「寒いのは嫌です。寒いから」 

「・・・・それ、理由になってないよ?」

 笑い声。どうやら上から聞こえてくるようだ。首をめぐらせてみたが、星の瞬きや月光、木葉のさざめきに溶け込んで、その姿は見えない。

 だが、細くも澄んだ声は優しく降ってくる。

「今日は、夜がすごく綺麗」

「夜?空じゃなくて?」

「そう、夜。こんなに綺麗な夜は久しぶりです」

 声がわずかに弾む。

「雪が降れば、もっと素敵な夜になるんでしょうね」

「雪・・・・もう少し、先の季節かな」

「でも、見てみたい・・・・」

 寂しさが滲むその声に、雅は静かに笑って見せた。

「見たい?雪」

「見たいです。ずっと昔からの夢」 

「じゃあ、見せてあげるよ」

 そう言うや否や、雅はすっと立ち上がった。そして、ざわざわとざわめく樹の下から、美しい絹の夜空を透かし見る。

 静寂に風が吹き渡った。

 しばらくそうしてたたずんでいた雅は、おもむろに目を閉じ、囁いた。


「我、言ノ葉を紡ぐ」 


 ふぅっと細長く息を吐き出す。それに乗って、雅の唇から雲のような透明の糸が流れ出した。くるくると舞い上がるその糸を、雅は器用に指に絡みつかせる。そして、その指先で糸を丸く巻きつけ始めた。

 糸を生み出しながら、両指を優雅に舞わせる。雅は踊るように、奏でるように糸を紡ぐ。

 そうして紡がれた小さな玉は、穢れなく透明に輝き、夜の漆黒を映しこんで黒曜石のごとく艶めいていた。

 満足そうにうなずいた雅は、樹を振り仰いで言った。

「君、この“言霊”に想いを吹きこんでくれよ。雪が見たい、その想いをありったけ」

「・・・・驚きました。あなた、言霊使いなんですね?」

「師匠から逃げ出したしょうもない新米だけどね」

 肩をすくめ、雅は“言霊”を樹に向けて差し出した。手のひらの上で、小さな玉は何かを待つようにただきらめいた。

 やがて、その声は降ってきた。


「・・・・・・雪が、見たい」


 降りそそいだ言ノ葉に、玉の中心はふわりと青い光を灯した。

「あっ・・・・」

 息を呑む気配が伝わってきた。

「雪だね」

 雅は微笑んでつぶやく。

 漆黒の夜空に、真っ白な光が舞い始めた。

「綺麗・・・・」

 その言葉に、雅はそっとうなずく。

 独り、大きな桜の樹の下で。



「ほんと、綺麗な夜だ」  





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