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問題編(1)

<登場人物>


 田島莉麻子たじま りまこ  ……学生、探偵小説愛好会員

 平野健ひらの けん     ……評論家、探偵小説愛好会員

 山田風郎太やまだ ふうろうた……学生、探偵小説愛好会員

 坂口安語さかぐち あんご  ……小説家、探偵小説愛好会員


 榎戸川蘭子えどがわ らんこ ……学生、山田の同級生





「日本の探偵作家の間では、探偵小説芸術論という一風潮があって、ドストエフスキイは探偵小説だというような説があるけど、こういうのを暴論と僕は言いたいね」

 囲炉裏の手前で座った安語先生は、ふうと一息吐きながらそのような話を始めた。

 障子の向こう、そして縁側から外に目を向けると、昨日降った雨に茂みの緑が雫に濡れ、しっとりとした空気が朝を包んでいる。先生は私の入れた温かなお茶を一杯飲み、近くにあった紙を一枚手に取った。そういえば、今度雑誌に数枚ほどのエッセイを書かないといけないとおっしゃっていた。そのための準備だろう。しかし、安語先生には奇妙なところがあって、自分のやらなければいけない作業がどうしても切羽詰っているくせに、なぜかまったく意味のない高説を垂れ流すのである。例えば今のように、今からエッセイに集中しなければならないというのに、探偵小説について何やら持論を述べ始めたりする。慣れっこな私には、苦笑いで済む話といえばそうなのだが、それで締切に間に合うのだろうか。安語先生の言葉は明らかに私に向けられたものであろうから、以前読んだ著作を頭に浮かべつつ、先生に対して意見を返す。

「でも先生、そうは言ってもドストエフスキイは、確かに探偵小説的なところがあると思います。例えば『罪と罰』では、主人公のラスコーリニコフが老婆を殺害するじゃないですか。そうした犯罪を起点にして、物語が展開していく。そういう部分は、何かしら探偵小説の範疇に含むとしても決して暴論とは言えないのでは?」

「莉麻子君、君はこの『探偵小説愛好会』に入っていったい何日経ったんだい?」

「えーっと、半年くらいですかね」

「まったく、わかってないなあ」

「えー」

 先生は紙をぱたりと投げ捨てると、すっと立ち上がり私を見た。

「いいかい。探偵小説、推理小説っていうのはね、パズルなんだよ。物語の作り方――そういう創作の根底の部分、その時点ですでに一般小説と探偵小説は随分違っているんだ。例えば一般小説を考えてみると、作者は執筆に先立って、ある程度は物語の筋を考えるはずだね。しかし、書いている途中で作中人物が勝手に動き出し、最終的には作者が最初に考えていたのとはまったく違った物語になることだってあるだろう。文学は自我の発見だから、そうして自分とはまったく別のはみ出る部分にこそ、創造の意味があり、そこに新たな自我を発見するんだ。しかし、推理小説はこうはいかない。いったい誰が犯人で、いかなる理由で、いかなる方法で殺人を犯し、いかなる方法でその殺人を隠すように働いたか――小説の最後になって初めて明かされる事柄が、作者の中では執筆の時点ですでに明確にされていなければならない。文学のように、作者が勝手に己の筋道をはみ出して見せたり、作中人物の動きにわざわざ軌道を変えてみせたりしたのではおさまりがつかない」

「先生はずっとそのことばっかりですよねえ。推理小説はパズルだ。頭脳の勝負だって」

「当たり前だ。そもそもドストエフスキイなんかはほとんど芸術だろう。しかし、推理小説は芸術ではない。むしろ芸術とは無縁である方が上質なのだ。それらは智恵比べであり、ただひたすら楽しむことができればいいのだからね」

 これは長くなりそう。

 私はもう一度外を見た。



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