1章-3
僕と師匠はおいしいご飯を食べ終え、一息ついていた。
「師匠、お茶いりますか」
奥歯に詰まったばかうけを爪楊枝で必死に取ろうとしている師匠に尋ねた。
「……」
師匠が無言で湯飲みを差し出す。余程奥歯が気になるのだろう。僕が花柄の急須から湯気の立ったお茶を注いでいる間も師匠は爪楊枝を話すことはなかった。お茶でふやけて取れてくれるといいのだけれど……。
自分の湯飲みにも熱いお茶を注ぐ。毎日のこの時間が至福のひとときだった。こんな荒廃した世の中でなければ、きっと僕は静岡に行って、お茶農家に弟子入りしていただろう。
しかし、核戦争ですっかり痩せてしまった大地では作物を育てるのは非常に困難なことだった。ほとんどの人たちが自分たちの食料を作るだけで手一杯で、また自分たちで確保しなければ食べてはいけなかった。
したがって、この世の中に専業農家は存在せず、ほとんどの人が兼業農家だった。手を土で汚したことのない物は人々から奪うだけの悪のモヒカン達だけだった。
「やった!」
師匠の叫び声が上がった。奥歯のばかうけが取れたのだ。師匠は嬉しそうに顔をほころばせている。
そうだ! 頼み事をするには機嫌のいい今がチャンスに違いない。
「ねぇ、師匠」
「だめだ! だめだ! だめだ!」
師匠は両手で大きく×を作り否定した。
「まだ何も言ってないじゃないですか」
「言わなくったって分かってる。どうせまたポマードが欲しいだのワックスが欲しいだの言うんだろう」
図星だった。しかし僕もここで引き下がるわけにはいかない。僕だってこの天日干しにされたわかめのような髪をモヒカンにしたいのだ。
「クラスのみんなだってやってるよ。ナカシマ君だって……」
「ナカシマ君ってあの時々野球の誘いに来るナカシマ君か?」
師匠がナカシマ君の名前にわずかに食いついた。
「そうだよ、ピーマンが食べられないナカシマ君だよ」
師匠はわずかに頭を下げ、考えこんだ後首を振った。
「いやいやいや、よそはよそ、うちはうちだ! 牛丼に大量の紅生姜を入れるナカシマ君は関係ない!!」
「師匠のケチ。ちょっとくらいいいじゃないか!」
「整髪料に頼ってるとろくな大人にならないといつも言っているだろう。モヒカンはトゲパッドへの愛で束ねるものだ」
師匠はなぜかいつも僕に整髪料から遠ざけていた。家の中に整髪料は一切ない。
「師匠はいつもいつもそんなわけのわからないことでごまかそうとして! 整髪料もなしに髪の毛が立つわけないって女装癖があるナカシマ君も言っていたよ!!」
「それはクマのぬいぐるみがないと寝られないナカシマ君が知らないだけで……ってナカシマ君は女装癖があるの?!」
師匠はナカシマ君の女装癖に妙に食いついてきた。なぜかそれがものすごく気に入らない僕は勢いよく立ち上がった。
「ナカシマ、ナカシマって、よそはよそなんじゃなかったのかよ!」
そのまま玄関で靴を履くとトゲパッドもつけずに飛び出した。