1章-2
僕はお気に入りのピンク色のエプロンを首にかけると腰の後ろで蝶々結びを作り上げた。蝶々結びは左右均等に綺麗に結ばれ、僕の心も引き締まる。
さぁ、何を作ろうか。師匠がお腹を空かせて待っているので、あまり長い時間をかけるわけにはいけない。気合いを入れて冷蔵庫を開け放った。
冷蔵庫には昨日の晩ご飯の残りの焼き肉が少し。タマネギと一緒に炒めて丼にした。ご飯に焼き肉のタレが染みこみ、その味を想像しただけでよだれがあふれ出すほどだ。まさに黄金の味だ。
栄養バランスを考えてレタスとキュウリでサラダも作る。野菜はどれも裏の畑で取れた物で自家栽培の無農薬野菜だ。見た目が歪な物も少なからずあったが、味だけは絶品だ。
さらに戸棚の奥に眠っていた湿気たばかうけで料理漫画の主人公もびっくりな創作料理を作り上げた
「師匠、ご飯ができましたよ」
全ての料理を二人分並び終えたところで隣の今でくつろぐ師匠に呼びかけた。よほどお腹が空いていたのだろう。立ち上がって台所へと向かった師匠は、鴨居をくぐる時にモヒカンをぶつけてしまった。
硬質な音が響き渡る。
「もう、またぶつけたんですか」
鴨居を見上げると沢山の傷がついていた。
対して、師匠のモヒカンには後れ毛一つ無い。
「これだけはいつになっても直らないな」
少し照れ臭そうに頭を掻きながら師匠が笑う。
不便そうに頭を揺らす師匠が少し可愛そうでもあり、羨ましくもあった。
自分の頭には左右を剃り上げた頭の頂点から、しなびたネギのような長い黒髪がだらしなく垂れ下がるばかりである。
大木の太く逞しい幹のように雄々しくそそり立つモヒカンは、荒廃した大地においては力の象徴だった。
ファッション誌はモヒカン姿のモデルで埋め尽くされる。カリスマモヒカンの切り抜きを握りしめ美容師に熱弁する中学生なんてのは、美容院で日常的に見ることが出来る微笑ましい光景だった。
師匠ほど立派なモヒカンになると町中では目立ち、妬みや恨みを買うことも多い。治安の悪いこのご時世である。モヒカン狩りといって、道行く男女にバリカン片手に襲いかかるなんて事件もあるそうだ。まぁ師匠の場合は返り討ちにしてしまうのだけれど。
「とーきはーまさにせーいーきーまつー♪」
僕の心を知ってか知らずか師匠が歌い出す。
仕事中は真面目一筋な師匠であったが、普段は割とお茶目な一面もあるのだった。
ちなみに今は2013年。世紀末な荒廃した世界ではあるが、どちらかと言うと世紀は始まったばかりだった。
「冷めないうちに食べてしまいましょう」
歌に夢中になりエアマイク片手に拳を握りしめた師匠を現実に引き戻す。
「頂きます」
二人、声と手を合わせて言った。