潰える希望
とある配信サイトの企画で『絶望』をテーマに書きました
テーマを決めて書くのは初めてだったので少し緊張しましたが
とりあえず納得のできる作品ができました
見えるのは深紅の壁、垂れ落ちていく紅
聞こえたのは何かが肉を貫き、骨を砕き、壁に突き刺さる音
触れたのは冷たくなり始めた肉塊
火薬の匂いを嗅ぎ、口の中で酸味を味わう
そして後頭部に突き立てられた熱をこめていた金属の棒状のもの
それはまるで拳銃のような――
世界の端の国、そこには表の世界と裏の世界がある
表の世界はごく普通の社会
人が『笑顔』の仮面をかぶり他人の機嫌を取る世界
だましだまし生きていく
昨日も今日も明日もこれからも
そんな世界を嫌う者たちが住まう場所、それが裏の世界
裏の世界の人間は表の世界ではやらないようなこともやってしまう
その世界の住人の中に『私』はいる
出生は不明、おそらく捨てられたのだろう、表の世界の人間から
なので私は幼い頃からこの世界の住人だった
他人を騙し、ものを盗み、人を傷つけ、表の世界を嫌う
これを繰り返し、今の私がいる
そして、いつの日にか言われた
「お前には心がない」と
確かに『私』には心が無い
しかし考えた、心とは必要な物なのか、と
正しいとは言えない答えを見つけ、私はまた同じ事を繰り返す生活を続けた
『私』という心の無いまま
ある雨の日のこと
私は一人の人物に惹かれた
彼は裏の世界の住人、年老いた風柄で何か計りきれないものを感じる
私ではわからない何かを
しかし私が惹かれた理由はこれではない
彼が口にした言葉が私を惹いた
たった一言
「お前、何のために生きてる?」
このたった一言に
私は質問に答えられなかった
それどころか私は質問自体が理解できなかった
『生きる』には何かをする目的を持たなければならないのか?
ただ、生活出来るだけの金を稼ぎ、それを繰り返す日々
その中に『生きる目的』
私はまるで自分の記憶を疑っているような表情だったのだろう
困惑しきった私を見て、彼は「俺についてこい、『生きる』意味を与えてやる」といった
私はついていくことにした
『生きる』意味ってのを見つけるために
彼は自分のことを「師父」と呼ぶように言いつけた
理由は聞かせてくれなかった
別に抵抗はないので素直に受け入れた
次に師父は拳銃を私に授けた
これがあれば自分の身を守れると、
他人の命を奪うことができると
そのことだけ告げた
師父の仕事は個人、企業、組織から依頼を受け、対象者を『何らかの制裁を与える』といった仕事だった
モノ奪うこともあれば殺人を行いこともある
当然、表の世界ではこんな仕事は存在しない
しかし、裏の世界ではこの仕事はごく当たり前の仕事
なぜなら表の世界ではやらないことを裏の世界ではやるのだから
そして師父は今日も仕事をする
黒い雲が空を覆い、昼夜の判別がつかなかったあの日
私は師父の仕事に同行した
必死に頼み込み、一度だけ許しをもらえた
そうして私は懐に拳銃を潜ませ、師父が仕事をする様を見に行った
この日、師父は仕事で一人の命と一人の希望を奪った
目標とされる人間を始末し、それを目撃した付き人と思われる人間を『口封じ』した
なぜ殺さなかったのかと師父に聞くと「必要以上に命を奪わない」と言った
この時の私には、その行動がどれほど残酷などとはわかるはずもなかった
目撃者も共に始末すれば、残された人間が大切な人を失った悲しみを感じなくていいのに
そんなこともわからなかった
『口封じ』といっても子供じみた口約束をしたわけじゃない
喋れないように顎を砕き
字を書けなくするため、腕を折る
こんなことを師父は平然とやってしまった、躊躇せず、戸惑いもなく
私は改めて知った
師父はこんなにも冷徹で恐ろしい人間なんだと
いつも私といる師父と仕事をしている師父は違ったんだと
しかし、仕事を終えた師父はいつもの師父に戻った
一緒にアジトに戻り、一緒に夕食を食べ、いつものように寝た
いつもの暮らしに戻る
いつもの生活に……
それ以来、私は師父の仕事についていったことは一度もない
師父についていくことを決めたあの時から5年が経った
師父は老い、私は大人になった
天気は雨、師父と出会ったあの時の同じような天気
私は月が見えない空を見上げながらベッドの上で座り込んで物思いにふけていた
なぜ師父についてきたんだろう、そんなことを思い出すため
雨音だけが聞こえる
思い出すには最適な空間……だった
雨音の中、どこかでガラスが割れる音が聞こえた
私はすかさず師父のいる部屋に急いだ
嫌な予感がしたから、ただそれだけ
師父の部屋の前についたと同時に鼓膜が破れそうな破裂音が聞こえた
心臓がはげしく鼓動していたが関係ない
私は一思いにドアノブを握り、まわす
ドアを開けると一度だけ見たことがある光景が目に入っていた
かつて一度だけ師父の仕事についていった時に
真っ赤に塗られた壁
それは師父の体を流れていたはずの血だった
私はすぐさま師父に駆け寄った
師父の体はピクリとも動かなかった
師父が死んだ、私にとって大切な存在の師父が、私にとって親とも言える師父が
私の全てである師父が
うずくまりながら嘆いていると後頭部に金属物質が突きつけられた
それが拳銃だとすぐにわかった
微かにこもる熱は師父を発砲した時の発射熱
師父を奪われたことで私は躍起になり振り向いて拳銃を奪おうといた
その瞬間から何も覚えていない
目が覚めるとそこは白い部屋だった
薬品の匂い、窓から吹いてくる風の匂い、自分の身体からわかるうっすらとした血の匂い
なぜここにいるかを考えようとすると顎に酷い激痛が走った
いつ怪我なんてしたか覚えておらず触って確かめようとしたが――できなかった
私の身体から腕がなくなっていた
上腕の途中から指先までがなくなっていた
両腕とも
この時、やっと今の状況を把握した
師父が殺されたこと、そしてそれを見た私が『口止め』されたこと
その結果、腕を無くし、顎を砕かれ、今に至る
頬に1滴のしずくが流れた
今になってやっとわかった、師父のあの行動がこんなに残酷なんだと
今になってやっと思い出した、師父といたのは『生きる』意味を見つけるためだった
今になってやっと気づいた、師父といるだけで、それだけで『生きる』意味だったんだと
だがもう師父はいない
私は『生きる』意味を失った
明日の私はかつての『私』になった
心のない『私』に、救ってくれる人がそばにいない『私』に
希望は潰えた
私の希望は絶望になった
いかがだったでしょうか
所々似た表現があるのはわざとだったりじゃなかったりです
次回もよろしくお願いします
ありがとうございました