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灰色の少女と黒い女  作者: 烏羽 真黒
皇都の夜、黒八咫の羽
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鬼婆のお話(1)

 赤坂の宿を過ぎて、桜と村雨は、また二人での旅を続けていた。

 宿場一つを一日で過ぎる鈍行、夏の暑さも抜けていく。少しばかり夕暮れの風に、涼しさを感じ始めた、そんな日の事である。


「長かったような、短かったような……この国って結構狭いんじゃない?」


「だな、一月少々で此処まで来られるとはおもわなんだ。もう少し足繁く通っても良いかも知れんが……兎も角」


 最後の一歩とばかり、だんと踏み出した足は、板張りの橋を強く叩いた。


「到着ー! ついに来たねー、首都京都! 凄ーい、空が狭ーい!」


 村雨が、年齢より些か幼いそぶりで都会の風情を味わう隣、桜は自分の足で三条大橋を踏み締める心地を堪能していた。

 ここは京の都。五十三次の終着点にして、二人の観光旅行の目的地である。かの平安の昔より、時の帝がおわします古都は、開国を経た今も日の本の首都なのであった。

 西洋の風情が大きく混ざっただけの街というのならば、既に赤坂宿など見て来た二人は、然程驚きもしなかっただろう。それを、表情の変化に乏しい桜をして高揚させる理由は、偏に和洋を織り交ぜぬ京都人の意地である。

 即ち、加茂川の流れ――桜と村雨が立つ、三条大橋はこの上に掛かる――を境として東、東海道に繋がる町並みは、旧態依然、古色蒼然、木の壁に瓦屋根が立ち並び、商店にのれんが吊るされている。古めかしい宿の二階から、道行く人々に投げられる声は黄色く、だが偶に少年の掠れ声が混ざる所などは、陰間の流行の拠点であると頷ける。

 東男に京女、男は江戸者が、女は京都者が良いなどは言うが、成程確かに京の女は、ただ道を歩くだけで絵になる。がさつに大股で歩く江戸女とは違い、裾を決して乱さず歩幅小さく、肩もあまり揺らさず、土埃を立てず。時折立ち止まって商店の軒先を除く時も、口元を袖でそっと隠し、まこと上品に笑うのだ。 髷は流行りでないのか、髪はすうと背に垂らすばかりで、簪もあまり見かけない。着物の柄に派手さは少ないが、然し楚々とした美しさの中に目立つ刺繍は細やかで、技術と粋を誇るかのよう。豪華絢爛煌びやかを良しとする江戸とは、これもまた異なる美しさ、異なる文化の美であった。

 斯様な町並みを抜けてきたわけであるから、美少女好きを自認する桜の顔が、緩まない道理は無い。あちらこちらと艶やかな華に目を奪われて、首は一時たりと正面を向かず、殆ど村雨に引っ張られて歩いてきた様なものだ。

 然し、大橋の上に立ってみれば、その先の景色は、寧ろ視線を前方に固定する物珍しさが有った。

 まず目を奪うのは、村雨曰く〝空が狭い〟と思わされる程に、背の高い建造物の群れである。木ではなく煉瓦や漆喰、更には金属の柱を用いて組み上げられた建物は、城でもないというのに五階建て、六階建てと呆れる様な高さ。看板がぶら下がっているが、それを読み上げると『洋服』『牛鍋』『古物』『貿易』と様々で――なんとこの塔の様な建物は、個人が経営する商店だというのだ。

 これで視線が高い位置に奪われたかと思うと、更に高い所に、何やら丸っこいクジラの様な物が浮かんでいる。気球と呼ばれる物を小型にした、宣伝看板であるらしい。ふわふわと浮かび、垂れ幕をぶら下げて喧伝しているのは、全商品一割値引き但し掛値無しの売り文句であった。

 首が疲れたと目を地上に戻そう。そうすれば今度は、足元に敷き詰められた石畳に目が向かう。雨が降ろうが雪が降ろうが、裾を汚す事が無くなる石畳は、これまでの服装文化から、鍵を一つ取り払った。その結果、足首を超える様な丈の、洋風ドレスを身に付けた幼い少女が、同い年くらいの男の子と並んで走りまわっているという光景が展開されている。

 と、向こうからやってきた馬――いや、馬車だ。馬二頭に車を引かせた馬車の御者が、危ないから前を見ろ、と二人を叱りつけていった。馬車には窓が付いていて、僅かに開いている中に見えたのは、顎髭を蓄えた白髪の男。紳士然とした雰囲気である。

 暫し立ち止まったまま眺めていれば、政府の直轄組織である『警察』などという集団の構成員が、洋風の軍服を真似た格好――紺を基調に金糸の飾りで、刀を腰に刺して歩いていった。その後ろを、ズボンに草鞋履きの鼻たれ小僧が、行進の真似事をしながら追っていく。

 はて、ここは何処の国であろうと考えて、日の本であると思い至れば、頷ける要素も無いでもない。白基調のエプロンドレスで銀盆を運ぶ喫茶店のウェイトレスが、軒先に腰掛けた客に置いていったのは、団子と茶と、それから沢庵だったりするのだから。


「凄いなー、凄い……この国、こんな街が有ったんだ……大陸でもあんまり見ないくらいじゃない?」


「どうだろうな、大陸では田舎暮らしだったので分からんが……うむ、確かにこの規模の街は見たことが無いぞ」


 なんだかんだと、どちらも純粋に日の本の人間ではない二人であるが、然しこれほどに栄えた街を見るのは初めての事。国籍の混在する街に相応しく、洋装と和装で二人並び、まずは宿を目指すのであった。

 余談ではあるが、宿の扉を潜った向こうでは、天井からぶら下がる硝子製の照明に、二人してまた、おうと驚嘆の声を上げた。




 旅に出る当初に組んでいた予算は、想像以上に残っている。選んだのは、この近辺でもおそらく最も格調高い高級宿、『皇国首都ホテル』。壁や床に金属の柱を使って、煉瓦と合わせて組み上げた、七階建ての宿。そして借り受けた一室は、その宿の最上階である。


「ホテル、ホテル……ホテルとはなんだ、夜の虫か?」


「それは蛍ね。H・O・T・E・L。Отельかгостиница……このあたりで分かる?」


「ああ、宿の事か」


 最上階の部屋は、半分が畳敷きで、半分が絨毯敷きであった。東側が畳になっている辺り、京の街並みを意識したものであるらしい。畳の部屋に備え付けの物置きには布団、絨毯の部屋にはベッドがある。折角だから物珍しいからと、二人ともベッドに仰向けになり、内部のばねの感触を楽しんでいた。


「村雨、この宿は食事は?」


「時間の指定は無し、料金は別。その代わり、部屋の豪華さの割には安かったかな……二十日で五両だって」


 単純計算で、一人一日五百文程度。これには、桜も片方の眉を持ち上げて驚いてみせる。


「食事なしでも安過ぎはせんか? その三倍でも驚かんぞ、私は」


「三倍は懐が辛いけどねー……ふっふっふ」


 普段は桜がしている様な笑いを見せつつ、村雨は、一通の書状を取りだす。


「それは?」


「私が躊躇なくこんな高級そうな宿を選んだ理由、それは! えーと、この辺りに書いて――ああ、これこれ、見てくれる?」


 書状は、所謂身分証明の様な物であった。内容を簡単に示すと、村雨が『錆釘』の構成員である事、桜が村雨を長期的に雇用している事を、何人かの署名と印で証明しているものである。

 『錆釘』――西洋風に染まったこの街でなら、『ラスティ・ネイル』という正式名称を使うべきだろうか。言わずと知れた人材派遣業であり、基本的には何でも屋。こうして旅をしているのも、桜『錆釘』に探し物得意の人材を求めた、それが始まりの切っ掛けである。


「ここの三階、実は『錆釘』の事務方が入っててさ。京都に滞在中、こっちの構成員の手伝いをするならって条件で、結構な額の割引されてるわけなの。お得でしょ?」


「ほう……割引率は?」


「ざっと六両」


 ベッドのばねで体を弾ませながら、桜は、凄いなと一言だけ呟いた。現状、それくらいの予算が無い事も無いが、節約できるならそれが一番。その為ならば、少々の手伝いなど軽い条件で――


「待った。構成員の手伝い? 拘束時間はどの程度のものだ?」


「んー、今回依頼されてるのは一件だけだからさ。往復で、そうだねー……二か三刻くらいのもの、だと思う。手紙届けるだけーって内容なんだけどさ」


「尚更怪しくは無いか?」


 美味い話には裏が有る、それが世の常。あんまり待遇が良いからと、桜は険しい顔になる。寝返りを打ってうつ伏せになり、村雨が掲げている書状とは別、もう一通に手を伸ばした。


「薄いな、これを何処に届けると?」


「一応、京都の北の方だってさ。『神山』って名前の山に住んでて、一応はその人も私の同僚って事になってるらしいんだけど……」


 構成員への連絡ならば、ただ呼び付けるだけでも良い様なものだ。別な構成員に、仕事として依頼しなければならない事情が何処にあると言うのか。そんな困惑を示す様に、村雨の眉根が僅かに下がった。


「……その変人、もしくは我儘の名前は?」


「ここに書いてある。松風まつかぜ 左馬さまだってさ、それ以外の情報は――」


 無し、と村雨が良い終わる前に、桜は弾かれた様に立ち上がっていた。床に置いた太刀を背負い、脇差を身につけ、部屋の鍵を手に取る。


「え――ちょ、いきなり何、何!?」


「出かけるぞ村雨、付いてこい。土産も見繕っていかねばならんのでな!」


 その時の桜の表情は、道行く美女を眺めている時よりも明るく、凶暴な獣の笑みにも似て――そうでありながら、遊びに出かける子供の様に、生き生きと世を楽しむものだ。

 部屋を出て、扉に鍵を掛け、長い階段を下り、通りへ。一連の行動の間、兎角、桜は動かない事に耐えられぬといった様子であった。






 華やかな異国情緒あふれる街も、北へ北へと進むにつれて、何処となく日の本特有のひなびた風情が戻ってくる。目に慣れた農村の風景を、少しばかり歩いた先が神山、然程背が高くも無い山だ。

 ここへ向かうまでに、桜は酒屋に立ちより、そこそこに上質の酒を購入した。量が少ないからまだ安価なのだが、正直、あまり飲まない村雨には価値の分からない品である。それに、山登りの供とするには、壺に納めた酒は、運びづらいばかりではないだろうか。

 そんな愚痴を零しつつも、まだまだ葉が落ちない木々の中を歩いていけば、直ぐに登りは終わり、平坦な道になる。改めて周囲を見渡し、ここが本当に、ただの山でしか無い事を、村雨は確認した。

 有る物と言えば、木か木の枝か、もしくは少しばかり落ちてきた緑色の葉。時々は虫の姿を見たり、頭上を鳥が飛んで行くのだが、然し頻繁ではない。ましてや、獣など全くおらず――


「……ん? 桜、なんだか変じゃない?」


「いいや、全くおかしい所など無いぞ」


 ――異変に、一つ気付いた。この山は、大きな獣の臭いが少ない。リスやらムササビやら、それから鳥やら虫やら、小さい生き物の臭いはいくらでもあるのだが、或る程度以上の大きさの獣が、この山に住んでいる様子が無いのだ。

 こと、獣の生体を探るならば、人狼である村雨の鼻は正確無比である。そして、いくら小さな山であろうと、他の山と地続きになっているからには、大きな獣がいない道理も有るまいに。

 そうして、何気なく、近くの木を見上げる。熊が縄張りを示す為の爪痕が残されていて――そして、熊の臭いは無い。この爪痕は一体、どれだけ昔に刻まれたものであろうか。この近辺を縄張りとしていた熊がいたのなら、果たしてその臭いが完全に消えるまで、何カ月の月日が必要なのだろうか。


「……ねえ、桜。松風左馬って、知ってるの? というか……誰? そもそも誰?」


「知っているとも。そうでなくては、土産など持ってくる筈もあるまい?」


「そうじゃなくてね――ぁ……!」


 風向きが変わった途端、異変を察知したのは、やはり村雨の鼻が先。桜は暫し遅れて、笑いながら、遥か頭上を見上げた。


「なんだ、居たのか。村雨、少しこれを持って離れていろ……まあ、すぐ終わる」


 背の高い広葉樹の森の、その中でも特に大きな一本の、張り出した枝。そこに人間が、〝逆様に〟立っていた。

 重力が正常に働いている事は、枝が下へ向けてしなっている事から分かる。だが、そこに居る人影は、木の枝にぴたりと足を触れさせて、自分の体を逆様に吊るしているのだ。

 葉の中に隠れる為なのだろうか、光を反射しづらい黒の布を、頭から足まで巻きつけている。目の部分だけは隙間が有るが、然し表情を読み取れる程ではない。

 桜が、運んでいた酒の小壺を村雨に押し付ける――と、人影は枝から落下。体を空中で捩じり、両手両足を使い、音も無く着地した。猫の様な身のこなしは、然し人影の発する臭いが人間の物であることで、尚更の驚愕を生む。

 手を地面につけたまま、人影は前傾姿勢を取る。ここから始まる行動なら、村雨には検討が付く。自身も得意とする、低姿勢からの高速の踏み込み――つまりは体術、それも敵対者へ向ける技術。人影には、戦闘の意思が有るらしかった。

 僅かに離れて身構える桜――刀は抜いていない。腰を落とし、胸の前に両手を置く。右手は胸から拳一つ、左手はそこから更に拳二つ離した、

 その構えは村雨にも見覚えが有る。というより自分自身が、あの構えを取った桜に、殺すつもりで襲いかかった経験がある。その経験から村雨は断言できるが、あの頭も腹も守らない構えこそは、攻撃こそ最大の防御という認識を持つ、雪月桜という人間に最適の形なのだ。

 不動を貫く桜に、人影が踊りかかる。超低姿勢の疾走から、左足一歩の踏み込みで制止、勢いを右手に乗せて、桜の喉元へ突きだす。中指を付きだした異形の拳だ、加減が有る様には見えない。それを桜は、左手で手首を打ち回避、右掌で人影の顔面を打ち据えようと腕を振るう。

 腕が動き始めた瞬間に一打、腕の下を潜り抜けながら一打、そして腕が引き戻されるに合わせて一打。人影は合計三度、桜の脇腹に、左の拳を打ち込んだ。横から見ている村雨だから全て見えたものの、仮に対峙していたら、腕を引く影さえ見えたかどうか。驚愕の波が引く前に、人影は、僅かな踏み込みから、肩を桜の胸に叩きつけた。ただそれだけで、桜の体が浮き、後方に一間も押し返された。


「嘘、凄っ……!?」


 動き続けているから確かな事は言えないが、人影の背丈は、桜より幾らか低い。然し、体格の差も意識させない程、響いた音は重かった。


「ふん、こんなもんかっ!」


 すぐさま姿勢を立て直した桜は、左手で人影の顔面へ突きを――いや、それは囮だ。回避の為に側面へ回り込んだ人影が、足を地面に着ける瞬間を狙い、片腕を掴んだ。

 掴んでしまえば、桜には一撃必殺の技が有る――投げ、だ。ただ持ちあげ、力任せに落とすだけで良い。頭から落とせば、首をへし折り、一撃で絶息させうる攻撃手段。それを、躊躇無く行使した。

 腰で跳ねあげるなどと、技術の必要な動作は介在させない。鞭を振り上げるかの様に、腕力だけで、人影を宙に舞わせる。村雨は止めに入ろうとしたが、その間すら見いだせなかった。一連の攻防が早過ぎて――それ以上に、投げを避けた人影の動きが、異常な程に速かったからだ。

 桜は、空中で人影を反転させ、頭から叩きつける様に振り落とした。それに対して人影は、持ちあげられる前に自分から跳躍、体勢をねじれさせておくことで、頭を打つことを防ぎ、脚から着地。そして、落下の勢いを腕に乗せ、手刀を振り下ろす。首筋、頸動脈を狙って斜めに落ちる軌道。桜の首ならば耐えきるか、いや――そんな逡巡も、結局無意味ではあった。手刀は、紙一枚の厚さ程度を開けて、桜の肌に触れずに止まっていたからだ。


「ふむ、まだ素手では勝てんか。やはり速いな」


「お前は相変わらずかかりが遅いね、もう少し気を張りたまえ」


 特に何事も無かったかの様に、桜は人影に語りかける。答えた声は、村雨の予断より高く、またどこかツンと澄ました響きも有った。

 互いに半歩だけ引いて、桜と人影は、会話に適切な間合いを取る。それから僅かに押し黙って――同時に村雨を見て、笑いだした。


「いや、すまんすまん、何も言ってなかったが――ッハッハ、そう緊張した顔をするな! 別にこいつ、私を殺そうというつもりではないぞ?」


「お前は殺す技を使ってきたじゃないか、酷い奴。だけど……フフ、そうそう。私は悪人だと思うけど、お前達を殺すつもりは無いし、寧ろ桜の連れならば歓迎させてもらうよ。……連れ、だね?」


 人影は、体に巻き付けていた黒布を剥ぎ取る。木の葉に隠れる為の布の下には、殆ど同色の、薄い衣服を着込んでいた。桜の顔を見て、村雨の顔を見て、何事か納得したように頷いて、また桜へ視線を向けて。分かっている事を確認する際の、語尾は上がるが断定的な声を出す。


「え――ええと、うん、そうだけど……ちょっと待って、いきなり何? 何でいきなり殴り合い始めて、いきなり談笑してるの? というか貴女、誰――……あ!」


 貴女――そう、人影は女性であった。桜より年齢は幾つか上に見える。背丈は桜より低く五尺と四寸少々、髪は耳に届かない程度の長さで切ってある。表情は涼やかで、自分自身が優れていると強く確信している様な、自負心と尊大さに満ちた顔をしていた。

 彼女が誰なのかを問うた村雨は、そも、この山を訪れた理由を考え、ようやっと得心が行く。名前の響きだけを考えて、相手が男性だと思っていたから、ここまでピンと来なかったというだけの事。良く良く考えれば、そう難しい問題でもなかった。


「村雨、紹介するぞ。こいつが松風左馬、素手なら日の本一と豪語する女だ。ちなみに酒癖は悪い」


「お前に言われたら御仕舞じゃないかと思うよ。あと日の本一は本当の事だから。数年以内には国中に認めさせて見せるよ、私の強さも美しさも」


「……まあ、こういうノリの奴だからな、気にするな」


 腰に手を当て、左馬は胸を逸らせ、ふん、と鼻を鳴らした。自分自身が優れている事を、微塵も疑わない物言いに、桜も苦笑して見せた。


「然しお前、仕事なぞしていたのだな……村雨、届け物が有るのだろう?」


「あ、うん、ええと――はい、『錆釘』から業務連絡です!」


 預かり物の書状をずいと突きだす村雨を、左馬は物珍しげな目で見て――書状では無く、酒の小壺を、半ば引っ手繰る様に手に取った。


「よしよし、確かに受け取ったよ。二人ともおいで、急ごしらえのボロ家だけど、床に座って飲めるだけ良いだろう?」


「……あのー、業務連絡なんですけどー」


「おう、飲むために持ってきたのだ、飲まねば始まらん。なあに、量は無いが強い酒だ、十分だろう」


「あのー」


 先導する様に歩いていく左馬を、ややはしゃぎながら追って行く桜。それを見て、村雨は一言、どうにもならぬ現実を呟いた。


「……駄目だ、似た者同士だあれ」


 この手の輩は、他人の事情を考慮しない。溜息が出る程、身に染みて分からされた、まさしく実感であった。

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