偽教のお話(2)
役人たちもかなり渋ってはいたが、結局のところ、桜と村雨は関所を通過する事が出来た。通行手形などは全て揃っていたのだから、役人としては通さない訳にもいかないのだ。
だが一方で、役人達は皆、言葉を尽くして二人を引き返させようともした。彼らには、旅人をどうしても先へ進ませたくない理由が存在している様だった。勿論の事、あの様な高札を役人が黙殺するどころか、破損の修復に当たっているとなれば、答えは自ずと見えてくる。関所役人は何らかの理由で、拝柱教に協力させられているのだ。
そして、更に勿論ながら、役人達の諫言を聞き入れる桜ではない。通行人と拝柱教の板挟みに遭った役人達には、村雨も同情せざるを得なかった。
「然し、道中見事に何事も無かったなぁ。大の男どもがうろたえおって、見苦しい事だった」
「うーん……あんな事書いてた割には、確かにねー……でも、あなたはもう少し、他人の事情を考慮するべきだと思うんだ」
ここは箱根の宿屋の一つ――の、露天風呂である。山中の木々を眺めながら岩風呂に浸かるという贅沢が、比較的安価で味わえるこの宿。部屋が埋まる前に確保しようと急いだ結果、二人はまだ日も高い内から、こうして温泉を楽しむ事になったのだ。
「然し、人がおらん。こうなると知っていれば、無理に急ぐ事も無かったのだが」
「反対側でも通行止めされてるのかなー……宿場街の割に、人がやたら少なかったもんね」
貸切状態の広い露天風呂、村雨は湯船に仰向けで浮かんでいた。普段ならこの様な子供じみた真似、周囲の目が気になって出来はしないのだが、どうせ今は自分達しかいないのだ。
「で、桜ー、あなたは入らないの?」
「入るぞ? 入るが、もう少し待て。いや、いっその事手伝ってくれ」
「髪を切ればいいじゃない、頭が軽くなっていいと思うよ?」
体と髪を手早く洗って湯船に浸かる村雨とは裏腹に、桜は未だに洗髪を続けていた。何せ三尺の長髪、長さばかりでなく量も多い。毛先まで丁寧に洗おうとすれば、優に村雨の数倍の時間を費やして、まだ足りない。
旅の初日には、実は村雨も一度、桜の洗髪を手伝わされた。その時に知った事なのだが、桜の総髪の重さは、水を吸うと一斤(600グラム)以上にもなるのだ。水気を絞って乾かすだけでも一苦労であり、とても付き合っていられるものでは無かった。
「いやだ、髪を斬ると力が出なくなる。衰弱死してしまう」
「あんたの髪は木の根っこか何かか」
あまり長風呂をしていても、のぼせてしまう。村雨は湯から上がって、適当な岩に凭れかかって座った。暑さ寒さに弱いとは言わないが、どちらかと言えば涼しい方が好きな村雨は、自分の手を団扇の代わりにして顔を仰ぐ。
「そうだ、この髪から栄養を吸い寄せているのだ。だからこの通りほーれほれ」
「寝てる間に丸刈りにしてやろうかこのやろー」
涼み始めた村雨の方へ、桜はわざわざ向き直り、自分の乳房を両手で持ち上げて揺らして見せた。村雨は手近な桶を拾って投げつける。あっさりと桶は受け止められ、勝ち誇った様な高笑いを返されてしまった。
村雨が思うに、過度に女性的な胸は、全く人間には無用の長物である。授乳という用途に差し支えない程度の膨らみさえあれば、女性の胸はその役目を完全に遂行できる筈だ。それ以上に大きい場合、日常生活にさえ差し支えが有るだろう。
「どーせ子供なんか生まないんだろうにねー……ああもう世の中不公平だ」
増してや桜という人間の嗜好を思えば、この先もきっと、男性との交際などは有り得ないのだろう。彼女の無意味に豊満な乳房は、生涯その本来の用途を為さない筈なのだ――だったら分けろよと、実はこれが村雨の本音である。
「ふっふっふ、良く食い良く動く事こそが、健全な体を育む最善手。お前は食う量が足りんと何度も言っておるだろうが。もっと肉を喰え、肉」
「……お金が無い時は狩りに出て、一日三食獣の肉だったりしたんだけどねー」
食生活は、むしろ日の本の平均と比べて、米と肉に偏って食べている筈だ。ならば野菜が足りないのか、それとも食い慣れない魚介類にこそ、体系改善の手立ては有るのか。いっそゲテモノ食に傾けば良いのか。貧すれば鈍す、懐ではなく胸の貧しさに、村雨の思考は鈍っているのであった。
「ふむ、食生活の改善では駄目か……ならば生活習慣から変える必要があるな。何、比較的即効性の高い手段も有る、先人の知恵だ」
「……聞くだけは聞くけど、ろくな答えが返らない気がする」
石造りの湯桁に腰掛け、足だけ湯船に踊らせている村雨の背後に近づいていく桜。背中を向けたまま、本当にそんな手段が有る物ならと、期待はせずに話を促す。
「古人曰く、揉めば大きくなるとか」
「あんた最低だ」
背後で両手をわきわきと動かす桜の顔面へ、容赦無く左の裏拳を振り抜いた。狙いが外れて額に命中したらしく、手の甲に鈍い痛みが走った。本当に世界は不公平である。
左手を摩りながら引き戻そうとすると、突然背後の桜がその手を掴んだ。背に柔らかい感触が二つ押し当てられ、密着された事に気づく。
「え、ちょ、何よいきなり……変な事するようだったら、次は本気で――――、っ……!?」
先の発言が発言である。己の貞操を危ぶんだ村雨は、桜を振り払おうとした。だが、その動きは直ぐに中断され、村雨は完全に押し黙り、鼻をひくひくと動かし始めた。
「……二人と見るが、どうだ?」
「二人で良いと思う。刃物か、少なくとも鈍器は持ってる……拝柱教?」
硫黄の臭いに紛れて気付くのが遅れたが、明らかに二つ、金属を身に付けた人間の臭いがしたのだ。気配を察知した桜の見立ても同様らしく、相手に聞こえない様、声を潜めて村雨に伝える。高札の警告を実現させる為、救世主とやらの使いが来たのだろうか。村雨は微風に乗って届く臭いから、敵戦力の分析を行っていた。
「他に心当たりは無いな……何れにせよ、この様な場所で刃物を持っているならば」
「私達への害意有り、と。先手を取る?」
敵がいるのは、露天風呂を囲う柵の向こう側だろう。周囲の景色が良く見えるようにとの配慮からか、村雨や桜の跳躍力なら、容易く超えていける程度の高さだ。
「いいや、気付かぬ振りでもして誘う。まさかこの格好で外へ飛び出して、相手を追いまわす訳にもいくまい?」
然しながら桜の言う事もその通りで、入浴中の格好のまま敵を追って、万が一にも大路に出られては堪ったものでない。ここは、相手からこちらに踏みこんで来てもらった方が、荒事に及ぶにもやりやすい。
「……じゃあ、向かって来るまで放っておくの?」
「うーむ、それも構わんが、何時までも監視されているのも気に入らんな。というわけで……」
「ん? 何か作戦でも……――」
何か良案でも有るかの様な言葉に、座って片手を掴まれた格好で、振りかえらないまま村雨はその内容を問う。どの様な答えが返るにせよ、直ぐに実行できるようにと、感覚神経を研ぎ澄ませ――
「――ひぁうっ!?」
桜は言葉の代わりに、村雨の胸に手を這わせてきた。薄い膨らみの心臓側へ、体を抱き寄せる様に回された右手を被せたのだ。村雨も、よもや荒事では無く色事に及んで来ようとは思いもしなかったらしい。叱りつけるなり振り払うなりすれば良い物を、おかしな声を上げて固まってしまった。
つい先程まで湯に浸かり、上がってからも漂う湯気の中に座っていた為、村雨の肌はしっとりと熱い水気を帯びている。その上に重ねられた桜の手は、洗髪の為の石鹸が、まだ指に残っていた――尚、石鹸は、某国霧の都よりの輸入品である。開国当初に比べて値下がりしてきた為、そこそこの宿ならば、糠より客受けが良いと採用しているのだ。
「さ、さく――なにを、え、ぇ……?」
「……鼠を誘い出す、少し我慢しろ……まあ、体を洗われてるだけだと思え」
石鹸が肌の上で滑り、泡立てられる。桜の掌が摩擦を失い、村雨の鎖骨から胸を通過し腹、腰までを往復し始めた。脇腹に石鹸の泡を塗られると、村雨はくすぐったさに身を捩り、また細く鳴き声を上げる。
「我慢、って、そんな……ぁ、ぁやあっ……」
逃げ出そうとしても、後ろには桜の体が有り、左手首は未だに掴まれたまま。腕の中で足掻けば足掻く程に、ぬめる指に触れられた部位が擦れ、足が跳ねて湯面に波紋を広げる。
「……おおよそ誰かを襲うとするならばだな、かの義朝の例にも有る様に、まず風呂場は狙い目なのだ」
「ひや、でも、だからって、ふ……うぅ……」
曲者に聞かせぬ為の耳打ちさえ、息が耳朶を撫で擽る、その感触が――疎ましいのだろうか、それとも心地好いのだろうか。抜け出そうとして前へ傾けていた体が、小刻みな震えに合わせて仰け反り、背後の桜へ体重が預けられていく。
「然しながら必殺を期す場合、この様に広い風呂場では逃げ切られる危険が有る……恥さえ忍べば、人の居る場所までは近いからな。では、どうする?」
「どうす、っくひ……や、やめ……! わかんな、分かんないから……!」
湿度、湯気の熱さに加えて、体の内側にも熱が籠っているのを感じる。この感覚は以前にも何処かでと考えて――それが、桜と初めて出会った日の、あの川辺での事だと思い至った。
「……っぁ、ぁあ、あやだ、やめて、やめっ――――!?」
耳を擽る吐息が離れ――首筋に、指よりも柔らかく濡れた何かが押し当てられた。それが舌だと気付いた時に、冷たくも甘美な刺激が背筋を走り抜ける。圧倒的強者に捕食されるにも似た快感が脳を焼き、自分の膝に凭れかかる様に体が折れた。
襲撃者が動いたのは、そして桜が反応して立ちあがったのは、その瞬間である。火照って鈍った頭と目で、村雨はその光景を、ただ見ている事しかできなかった。
「しゃああああぁっ!」
「せやあああああっ!」
柵を飛び越え、その跳躍のままに斬りかかってきた男女一組。何れも志井に溶け込める平凡な服装で有りながら、その手には十字架を模した短刀が握られていた。逆手に構えたその短刀は、胸を刺せば心臓を潰すだけの刃渡りと厚さを備えている。男の方は桜を、女の方は村雨を、ともに首筋を刺し穿ち、一撃で絶命せしめんと、彼らは気声を吐いた。
「……ぬお、な……あぎゃ、があぁっ!?」
「え……あ、おいっ!?」
その二人はいずれも滞空中に、短刀を持った方の手首を桜に掴まれていた。着地して直ぐに蹴りつけてやろうと男は企み――足がまだ浮いている間に、手首からの異音を聞いた。本気で握りこまれ、骨が軋む音だ。悲鳴を上げようと口を開いた瞬間、桜は男の体を鞭のように振るい、風呂場の岩へ叩きつけた。
人体を、大の男を事もなげに振り回し、そして容赦なく岩に打ち付ける。男は絶命こそ免れただろうが、複数個所で骨が砕けたか、起き上がる様子は全く見られない。襲撃者の女は、己の相棒がただの布切れの様に扱われた光景に目を疑い、そして獲物の見立てが甘すぎた事を知った。
逃げようと判断する事さえ遅い。その思考が浮かんだ時には、桜の右手が、女の右肩を掴んでいた。指が骨まで食い込む程に掴み、そして左手で掴んだ女の右手首を、強引に背中側へ捻じ曲げる。
「いぎ、ぃあああっ、ぐああっ!?」
女の体の中で、生木をへし折る様な音がする。苦痛に絶叫し蹲ろうとするが、腕を掴まれていて叶わない。それどころか桜は、折った腕を引いて、女を強引に立ちあがらせると、今度は左腕を掴んだ。
「覗きはいかんぞ、覗きは。私なら堂々と一緒に入るというのに……どれ、仕置きが必要だな」
柔術や捕縛術などで見られる様な動きで、桜は女の左腕を背中側に捩じり上げ――後頭部を抑え、風呂の湯に沈めた。
「っ!? ――――! ――!?」
「いーち、にーい、さーん……十数えるまで上がってはいかんぞ」
親が子供を風呂に入らせる時の様に、一回一回を長く引き延ばして数える。その声は、女には届いていない。叫んでいた所を突然沈められたのだ、鼻にも口にも湯が入る。その苦痛、水で同様にされてしまった時の非では無い。
力任せに起き上がろうにも、腕関節を決められている上に、桜と女の膂力は、天と地ほども違いが有る。桜がゆるりと十を数えるまで、女はたんと湯を飲まされる羽目になった。
「さて、仕置きは楽しいが中断して質問だ。お前を送りつけてきたのは誰だ?」
「っげほ、けふ、ぐ……誰が言うか、この程度の――!?」
女の顔を湯から引き上げ、嗜虐の愉悦に口角吊り上げる桜。女は気丈にも言い返そうとして、言葉の途中でまた、頭を湯に沈められる。
桜は先と同様に、一つ一つをゆっくりと数え上げる。違うのは、数えあげる数字が五つ増えていた事だ。
「痛めつけるのは好きなのだがなぁ、素直な女はもっと好きだ。お前の主人は誰だ?」
「っげっぇ、がはっ……! ぅ、くどい、私は――がぼ、ぉご……!」
模写と見えんばかりに、おなじやりとりが繰り返される。湯面に上る気泡の量は、そのまま女の苦しみを示しているのだろう。
頭を湯に付けられるのは、水に沈められるよりまだ辛い。血が頭に昇り、暖められ、引き上げられても呼吸が落ち着くまで、かなりの時間が必要になる。そして桜は、その時間さえ与えず、一つの問いに答えなければまた沈めるという事を繰り返す。
だが、女は口を割らない。桜がこの趣向に飽きたのは、五ずつ数を増やして三十に至ってからであった。
「ふうむ、強情な奴。気が強い女も嫌いではないが、素直で無いのは減点だ……さて、困ったな」
女は、息も絶え絶えである。折られた肩からは激痛が走り続け、頭は湯に沈められて重度にのぼせた様な状態。ろくに息も吸えず酸欠で視界は暗く、腹は飲まされた湯の重みを感じる程だった。
それでも、答えようとはしない。桜から見ればこの女、少々の訓練を受けているとは言えど、生来の暗殺者とは思えなかった。拷問を受ける訓練など積んではいるまい、ならばこの強情の所以は何か。信仰心とやらだとすれば、中々に洗脳の効力は強いのだなと、感心せざるを得ない。
「……が、狂信者という事ならば……だ。こういうやり方は、どうだ?」
もう、腕を抑えていなくとも、女は逃げようとする力も無い。髪を掴んで頭を湯から引き上げてやり、桜は短刀を拾い上げた。女が手にしていて、腕を折られた際に手放した、十字架を模った一振りである。
短刀の切っ先が、女の喉へ近づく。死の恐怖は有ったのだろうが、女はやはり気丈に、歯を食いしばって悲鳴を堪えた――が、その切っ先が顔へ向かうと、にわかに女の顔色が変わる。
「拝柱教とやらの教祖は、『美しい娘はとりわけ神の恩寵に預かっている』と説くのだそうだな。成程、お前は美しい。芸さえ仕込めば、一晩で二両か三両は取れる上玉だ。さぞや恩寵とやらに預かっているのだろうなぁ……」
「……いや、ひ……ゆるしてくださ……」
桜は、命を取るという脅しの無意味さを理解した。信仰の為に死んだのならば、それは殉教として崇められる行為な。己が信じる神の下へと、美しいままに送られる、至純ともいえる最後なのだ。
「鼻を削ぎ、歯を引き抜く。舌も噛めぬ様にして女衒に売り渡してやる。豚の様な顔の女でも、夜鷹になれば十文は稼げるだろう。最下層の下劣な男共に穢されて、病に身を腐らせ死ぬが良い」
女の鼻柱に短刀の刃を添えて、桜はくく、と愉快そうに笑う。真に迫るのは当然の事、桜は半ば本気なのだ。仮に必要と有らば、一刀の下に女の鼻を削ぎ、歯を一本一本指で引き抜くだろう。その間、きっと凄惨さに顔をしかめる事は無い。その程度の惨劇、数えるのも億劫になる程に作り出してきた。
「……さて、もう一度聞くが……お前を送りつけてきたのは、どこの誰だ?」
信仰の拠り所、自分を凡百の信者と分け隔てる価値を奪われ、女としての尊厳を奪われ、自害すら許されず緩やかに殺される。自分が過去に描いた最悪の図を塗り替える脅迫に、女の精神は耐え抜く事を放棄した。
「せ……聖言、至天の塔教団――拝柱教司祭、ガルシア太瀬様です!」
「ふむふむ、その司祭とやらの居場所は?」
「箱根山中、関所より十二丁――たっ、たすけて、たすけてくださいっ……!」
「よしよし、それでいい……やれやれ、体が冷えてしまったな」
首筋に手刀を落として、桜は女を昏倒させた。先に岩に叩きつけた男の方へ、重ねる様に放り投げる。命を狙われて汗もかかず、息一つ乱す事も無い。全てを平時の様に、まさに片付けたのだった。
「ん……おお、そうだ。村雨、何を潰れているか。私が湯に浸かったら直ぐに出る、着替えを済ませておけ」
湯船に脚を沈めた所で、湯縁にぺたりと倒れている村雨に気付く。背をぺちぺちと叩いて、先に上がっている様に促した。髪の色に掛けている訳ではないが烏の行水の桜である。
「ぅう、うう~……!」
「……ん?」
村雨は、横になったままでぷるぷると震えていた。寒いのだろうかとも一瞬思ったが、湯気の暖かさ、顔色、それは無いと桜は判断する。むしろ顔色はと言えば、まさしく茹で上がった様な赤色。腑に落ちたり、と桜はまた喉を鳴らし、
「ああ、腰でも抜けたか? いやすまんな、以前もそうだが、お前がああも敏感だとは――」
言葉の途中であった。横たわった姿勢から、手足を総動員し高らかに――自らの背の倍程も――村雨は跳躍する。その軌道の鮮やかさに見惚れた桜は、おお、と嘆息し、次の瞬間には湯面に大きな飛沫があがった。桜が湯に沈んだのである。
落下の加速度を伴い、体全体を伸ばし、両足の裏で顔面を踏みつける様な蹴り。軽量の村雨をして桜を吹き飛ばすだけの威力を産む、必殺の大技であった。
「溺れて死ね馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
蹴りの反動で空中後転、軽やかに着地した村雨は、足取りも粗く露天風呂から去っていく。
「……ううむ。あいつ、思っていたよりやるな」
二拍遅れて浮かび上がった桜は、受け止め損ねた一撃の威力を堪能しながら、他人事のように寸評を下すのであった。