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最後の戦のお話(11)

 ――始まりの光景は、焼け崩れた街並みだった。


 そこに有る筈の建物が、無い。

 代わりに、大量の瓦礫と、家具の残骸や、食器――生活の痕跡が混然となって、投げ出されている。

 そこに居る筈の人が、居ない。

 代わりに、瓦礫から突き出た腕や、瓦礫から抜け出して力尽きたのだろう焼け焦げた亡骸や、目に見えない何処かで腐り果てて行く腐臭が漂っている。

 街とは、生き物である。朝に目覚め、人と煙を吐きだし、夜には人を飲み込んで眠る。

 焼け崩れた街に、その機能は無い。日の光に照らされた瓦礫は温度を知らず、月光を浴びたとて、無感情に座しているだけだ。

 人が死ぬように、街も死ぬ。

 街は、自らに何の咎も無く、死に絶えていた。

 そこに、幼き少女が居た。

 この街の修道会に所属する証として、十字を首に下げ、修道服を纏っている。

 遠目に見るばかりなら、十かそこらの子供にも見えるだろうが、目の理知の光を見れば、十二か、十三か、それくらいにも見える、利発そうな顔立ちの少女であった。

 頭巾の中に頭髪を押し込んでいるが、眉を見るだけでも、彼女の髪が、美しい金色である事が分かる。

 街を見つめる目は、海の色だ。暖かく命を育みもし、時には多くの命を奪う海の、両面性を秘めた瞳である。

 両面性――

 この年齢の少女には似つかわしくない本質を、既に彼女は発露させている。

 街を見る目は、憂いと悲しみに満ちている。だのに、何故だろうか、時折少女の目は、酷くこわいものになるのだ。

 赤みが差した頬に伝う涙は、止まる事なく流れて落ち続ける。

 その涙に触れたら、触れた指が燃え上がるのではないか――そんな錯覚をする程、少女は双眸から激情を発している。


「エリザベートよ、もう休みなさい」


 少女に呼び掛けたのは、疲れ切った顔の、老いた男だった。

 エリザベートと同じように、十字を首に下げた、聖職に身を捧げた男――

 神の愛を説く時には、朗々と響く彼の声が、今は隙間風のように枯れている。


「神父様」


 エリザベートは、街の屍から目を動かさずに応える。


「もう何時間、そうしているのだね」


「何時間?」


「日が昇る前から、お前はそこにいるだろう。じきに夕になる、休みなさい」


 老いた男は、エリザベートの肩に手を置いた。

 その手を、小さなエリザベートの手が押しのける。


「神父様。私の祈りは、誰に届いたのですか」


「………………」


「私が捧げた祈りは、誰が聞いたのですか?」


 エリザベートの目の海が、荒れる。

 凪の風が向きを変えるや、帆柱を折る暴風と変わるように、哀しみの色がそっくりそのまま、少女の中で怒りに変わったのが、男には分かった。

 だが、怒りを鎮める言葉など、男は持たなかった。

 エリザベートが抱く怒りは、究極、自分の信じる道の中に解を持たないものであったからだ。


「私は、この街の罪無き人々を救ってくださいと祈りました。私の他にも沢山の人達が、同じように祈った筈です」


「……私も、祈った。我らの兄弟をお助けください、然し御心に叶いますならばと――」


「その御心とは、なんなのですか!」


 エリザベートは叫んだ。

 少女の体から湧き上がるにしては、あまりに強い感情――覇気に、男は思わず身震いをする。

 然し、その声さえ、街の屍には響かない。

 積み上がる瓦礫の山は、沈黙を以てエリザベートの激情に応えた。

 静寂――

 それが、街の応答だ。

 静寂を掻き乱すように、エリザベートは激する。


「御心とは、何千もの、何万もの、罪無き命を奪う事なのですか! 慎ましく平穏を望み生きる人々から、生活を、命を奪い去る事が、神の御心だとでも言うのですか!」


「言葉を慎みなさい!」


 呼応し、老いた男までが激した。

 だが彼は、直ぐ、自分の言動を恥じるように、はっと目を見開いて、一歩たじろいだ。


 ――自分は何を言っているのだ。

 

 家を失い、友を失い、数多の知人や――或いは肉親までを失った少女が、哀しみを叫んでいるだけの事だ。それに、何十年も長く生きた自分が、何故、激して叫ぶような真似を――と。

 年長者として優しく教え諭す事は、老いた男にとって、日常の勤めとなんら変わりが無い。少女の嘆きを受け止め、その上で神の愛を信じさせるのが、彼女にしてやるべき事ではなかったか。


「……エリザベートよ。神様はね、私達を見守っていてくださる。けれど、神様のお考えは、私達の誰にも分からないんだ」


「分からない――」


 だが。老いた口から紡がれる言葉は、少女をなだめすかす、聞こえの良い音では無い。

 神父として、神の道に命を捧げて数十年、それで、ようやく選び出せた、精一杯の言葉である。


「神様は時に、私達に試練をお与えになる。試練だからね、乗り越えるのは簡単な事ではないし、試練の中にいる私達には、それが乗り越えられる事かどうかさえ分からない。

 だが、エリザベート、信じなさい。神様は決して、私達が乗り越えられない試練を、私達の上に降らせない。今、お前が嘆き悲しむ全ては、お前の為の試練なのだよ……」


 老神父の声は次第にか細くなり、最後には、呻き声としか聞き取れぬものに変わり果てた。

 それでも、必死の言葉――必死の説得であった。

 子供に、神の偉大さを知らしめる時、どうするか。〝神様は何でも知っていて、何でもできる〟と説く。そして、何でも知っている神が、お前達を見守っていると続けて、祈りを、絶対者の庇護に結びつけるのだ。

 少なくとも老神父は、そう教え続けて来た。


「……つまり神様は、試練なんて理由で、何人もの人を殺したんですか」


「違うぞエリザベート、これは天災だ! 神様が望んでこの街を――」


「望んでいないなら、見殺しにしたんだ! アンドレは屋根に潰されて泣いてたのに、ポールは火に囲まれて動けなかったのに!」


 エリザベートは聡明な少女であったが、たった一つ、他の子供と同じように、幼い所が有った。

 神が全能の存在であり、また、善良な人間の庇護者だと信じていたのだ。


「アンナは火事から逃げる人に踏み潰された! 薄っぺらの本みたいになって、土と同じ色で石畳に張り付いてた! カタリナはっ、あの子は教会に最後までっ……!」


「言うな! それ以上を言うな、エリザベート!」


「最後まで教会に残って、私にこう言ったんだ! 『大丈夫よエリザベート、小さい子達を置いてはいけないけれど、神様が私達を守ってくださるわ。どんなに苦しい時でも、苦しい時だからこそ、私達は神様を信じなきゃいけないの』! 神様を信じたカタリナがどうなったか、神父様だって見たでしょう!?」


 アンドレ、ポール、アンナ、カタリナ――いずれもエリザベートと同じ教会で学んだ同世代の者達で、エリザベートの他は、全て死んだ。中でもカタリナという少女は――皮肉にも、祈りを捧げる姿勢のまま、倒れた十字架に潰されて死んでいた。


「我々の推し量れるものではないっ!」


 老神父が、血を吐かんばかりに声を荒げる。

 だが、彼は同時に、涙を流していた。


「神様は遠く、我々の想像もつかぬ世界にいらっしゃる! その為す事を、我らの計りに当てはめて良い筈も無いのだ、エリザベート!」


 老神父は、既に神が全能でないか、或いは神とは無条件に救いを為す存在でない事を知っている。生きていればやがて、何処かで突き当たる事実なのだ。

 全能の神が善良であるならば、必ず、善良な人への理不尽を救う筈だ。

 救わぬのは、神が全能でないからであるのか?

 或いは、全能でありながら、善良でない為に、人を救わぬのか?

 その問いに、長く生きた神父はもう、自分なりの答えを出している。

 だが――その答えは、神の道に生きるものとして、決して口にしてはならぬものだ。

 そして、その答えに、エリザベートも辿り着いた。

 それが分かったから老神父は、エリザベートを制止する。

 そんな答えにしか導けない自分の無力を想い、涙を流す。


「神は人間を救わない」


 遂に、エリザベートは辿り着いた。


「どんな理由があろうと、どんな理屈を付けようと――今、この時、誰一人を救おうともしなかった神に、人間を救うつもりなんて無いっ! 神は人間を見ていない、人間を救う事は無く、人間を正しく罰する事も無い! 神は、地上を水に満たした遠い昔から、私達人間に、なんの興味も持っていないっ!」


 神が居るのなら、それは、人間に与するものでは無いのだ、と。

 死が満ちた街の中、エリザベートは怒りを――憤りを、天に発する。


「違うというなら返せっ! お前が奪ったもの全て、私達人間に返せっ! 返して見ろっ! 言い訳の一つでもして見せろっ! 答えろっ!!」


 もはやエリザベートの言葉は、呪詛とも言えよう程の怨念を孕んでいた。

 天を睨み、喉を枯らして叫べば叫ぶ程に、彼女の心の中に立つ聖堂が、音を立てて崩れて行く。

 やがて、日が完全に落ちた頃――

 そこには、一人の少女が居た。

 老人の屍を冷たい瞳で見下ろす少女の、月灯りに照らされた頬や手には、紫色の鱗が見えた。

 最初の犠牲者――否、殉教者。

 この日、一人の少女が、神に成り代わった。




 ――あれから、何年になるでしょうか。


 それは、〝三百年〟も前の事。

 かつて幼き少女だった者は、今もさして姿を変えぬまま、内に秘めた怒りだけを成長させ続けた。

 人を救わぬ神を、神の座より排する為、少女は力と、寿命を求めた。

 それから、幾人の命を喰らっただろうか。

 数十、数百か、数千か――喰らい、己の命に継ぎ足し、少女は今までを永らえた。

 その身は既に、人では無い。

 大蛇――

 神に反旗を翻した者には、似合いの姿かも知れなかった。


 ――長かった。


 エリザベートの歩む三百年の道程は、苦難の連続であった。

 人として生まれながら、人でなくなった存在が説く、異形の真理――受け入れる者は少なかった。

 神は人を救わぬと説いたとて、素直に頷く事が出来る者など、どれ程にいるだろうか。

 始めの十数年は、全く何も成果を生まぬ、虚しき日々であった。

 人が、全能の神に対する憧れだけでなく、神からの恩恵を期待して信仰していると気付いた時、エリザベートは魔術の道を志した。

 その頃、魔術は広く開かれた学問ではなく、象牙の塔に籠る学者のものであったが、数十年を掛けて、己のものとした。

 ほぼ不眠不休で、幾度も死に近付きながら、他者の命を食らって死を乗り越え、他の人間の何倍もの時間を費やし――

 いつしかその手には、完全な治癒の術が握られていた。

 〝世迷言を吐く老いぬ少女〟から、〝誰をも無償で癒す聖女〟と変わった時、エリザベートの周りには、何人もの人間がひれ伏していたが、エリザベートはそれに満ち足りなかった。

 彼らは、自分の為に働きはしても、自分の為に死にはしない――エリザベートは、それを理解していた。

 人を意のままに操る術――それは、恩恵と恐怖の二つで縛る事で完成する。エリザベートは、癒しの術ばかりでなく、人を害する術を学んだ。

 恐ろしい程の勤勉さと執念で、エリザベートは学び、育ち続けた。

 そして、ついに東の果ての地で、異形の教えを受け入れる民を得て、エリザベートは〝大聖女〟になった。

 神への怒りを、ほんの一時たりと緩めずに。


「かぁっ――ぁ、ああああああああァァァッ!!!」


 絶叫。

 大蛇は、その巨大な体を鞭の如く振るって、桜と村雨を叩き潰さんとした。

 蛇体が床を叩き、石畳が水の雫のように跳ね上がる。

 もうもうと粉塵が舞う中を、二人は駆け、エリザベートの死角を狙う。

 然し、人ならば振り向くのに足を動かしもしようが――蛇が後ろを振り向くのには、持ち上げた体を捻るだけで足りる。


「しゃあああぁっ!!」


 着地した二者の内、まずエリザベートが狙いを付けたのは、より小柄な村雨であった。

 エリザベートは顎の関節を外すと、小屋の一つも飲まんばかりの大口を開けて、村雨を一呑みにせんとした。

 桜が、その間に割り込む。


 ――構うものか!


 エリザベートはそのまま、二人を呑み込まんとし――


「おうらっ!」


 桜が、村雨を投げた。

 腰を両手で掴むと、反り投げの要領で、村雨をまるで俵か何かのように、高々と投げ上げたのである。

 そのまま桜は、エリザベートの口中に呑まれ――

 斬。


 ――っ!?


 エリザベートの蛇体、頭の付け根の背中側から、黒塗りの大太刀が一本、天井目掛けて突き出た。

 間髪入れず、その黒太刀はぐんと振り下ろされ、一文字に切り開かれた傷口を、内側から桜の手が抉じ開ける。


「ぎ、がっ!?」


「ふむ……斬れぬ事は無いな」


 まるで無造作に、洞窟を散策するように、桜はエリザベートの口に飲まれ、首を斬り裂いて抜け出したのだ。

 蛇体の背に乗った桜は、腰の太刀を引き抜くや、逆手に掴んでエリザベートの頭へ振り下ろす。

 分厚い骨が、ごりごりっ、と音を立てて貫かれ、太刀の切っ先が床に届いた。エリザベートは、蛇頭の、丁度目と目の間から刺し貫かれて、床に縫い付けになった。


「ぐっ――」


 だが、死なない。

 いや、死んではいる。死んだ端から、再生を繰り返すだけだ。

 早くも、首背面を切り開かれた傷は塞がり、巨大な頭は貫かれたままで、強引に床から太刀を引き抜こうとする。

 頭蓋が浮いた。

 そこへ、桜が突き下ろした時の、何倍もの衝撃が、太刀の柄からエリザベートへ伝わり、蛇頭をまた、床の石畳へと叩きつけた。

 投げ上げられた村雨が、天井にぶら下がり、桜が突き立てた太刀の柄へ、正確に飛び降りたのである。

 苦痛に慣れている筈のエリザベートが、悍ましい悲鳴を上げた。

 蛇の巨体が上げる悲鳴は、ステンドグラスをびりびりと震わせ、聖堂中に反響した。

 桜はすぐさま、太刀を引き抜いて鞘へ戻し、黒太刀一振りのみを構えて、エリザベートから距離を取る。村雨が、桜を追って、一足飛び跳ね、後退して横へ並ぶ。

 蛇体は苦痛にのたうちながら、ぎろりと目を剥いて、憎き敵の場所を見定め――

 ごおうっ。

 暴風と共に、体の下半分全てを撓らせ、聖堂を薙ぎ払う。

 村雨は早々に、蛇体が薙ぎ払うであろう暴風圏から、転げるように逃れた。

 だが、桜は留まっていた。

 両腕を、額の上で交差させ、蛇体に真っ向から立ち塞がった。

 衝撃――!

 雪月 桜の体が、床と平行に跳んだ。

 そのまま桜が白塗りの壁にぶち当たると、壁にはすり鉢状の衝撃痕が残る。砲撃の跡と称して、誰も疑わぬであろう規模の痕跡であった。

 間髪入れず、エリザベートが、壁に埋まった桜の方へ向き直り、目を見開いて――

 がしゅっ。

 村雨が、エリザベートの巨大な目を、篭手を着けた腕で、思い切り殴り潰した。


「桜!」


 蛇体が仰け反った隙を見て、村雨は、壁に激突した桜の元へと走る。

 すると桜は、何事も無かったような顔をして、背に付いた石埃を払落した。


「何やってんの、馬鹿っ!」


 村雨が軽く跳ね、靴裏で桜の頭を、横から蹴り飛ばす。ごつん、と音がする程度には力の込められた一撃である。


「すまん、ついやりたくなってな」


 全く悪びれていない口振りと、童のように目を輝かせた顔をして、桜は応えた。

 眼球を再生させたエリザベートは、敵二人のやりとりを目の当たりにし、戦慄する。


 ――あれで死なない?


 まともな人間ならば、原型も残らぬ亡骸と成り果てる程の力を持つ、蛇体を鞭とした一撃である。エリザベートは十分な勝算を以て、桜を打ったのだ。

 それが、まるで通用していない。

 エリザベートは、己の不死性を誇示し、敵の攻撃を全て受け、敵わぬ相手だと知らしめる術を得意とした。そのエリザベートが、逆に、敵の耐久性に驚嘆している。


 ――まさか、私と同じ、不死の。


 否、それは無い――瞬間的によぎった考えを打ち消し、エリザベートは次の手を思案する。

 あれは、死ぬ人間で、自分とは違う。ただ体が頑丈なだけだ――威力が足りないならば、増せば良い。


「〝空の空、空の空、一切は空〟――」


 エリザベートは、短い詠唱を開始する。

 柱の如き蛇体に、余波さえが大気を震わせる程の魔力が満ちる。

 手で触れるだけで、あらゆる傷病を瞬時に消し去る力を持つエリザベートが、総身の魔力を、癒しではなく破壊に用いようとしているのだ。


「――〝人が為す全ての事は、神の意に沿えば虚しい〟」


 聖句を捻じ曲げた、呪言の如き詠唱が終わった瞬間、エリザベートの体から、何十枚からの鱗が剥がれ落ちた。

 一つ一つが、大人の掌ほどもある巨大な鱗が、かつん、と床に当たるや――

 その全てが、人の姿に変じた。


「おっ……」


「うわあ……」


 桜と村雨が、殆ど同時に、驚いたような、呆れたような声を発する。

 エリザベートの鱗は、その全てが、人間のエリザベートの姿へと変わったのである。

 即ち、金糸の修道女が、全く同じ顔で数十人、大蛇を囲むように現れたのだ。


「思えば、対等以上の相手と戦うなど初めての事で……」


 数十の口が完全に同期して、同じ調子で、同じ音を発する。

 そして、鏡に映った像のように、全く同じ動きで手を高く掲げた。

 それぞれの指に燈る、強い光。

 膨大な量の、魔力の光球。

 数十人のエリザベートは、その一人一人が、本来のエリザベートとなんら遜色のない、卓越した術者であった。


「こういう事をするとどうなるか、私自身も知らないのです」


 彼女らしからぬ嗜虐的な笑みと共に、数十の光球が、土石流の如き圧を以て、拡散し、飛んだ。

 その術は、奇跡的な結果を何も生まない、単純な術。

 触れたものを破壊するだけの、光の散弾であった。

 散弾は、桜と村雨の二人が居る方角へ、狙いを定めずに放たれた。

 それは壁も床も、或いは天井にさえも届き、その全てを差別無く、叩き、潰し、崩し、壊し、爆薬が如き轟音と、暴風が如き粉塵を巻き上げ、目を焼く灼光で聖堂を遍く照らし、また聖堂を揺さぶる衝撃となった。

 砲撃と例える事さえ生温い。

 この術の凄絶さを表すには、新たな言葉が必要だ。

 爆撃――

 人が手にするには、更に数百年の歳月を必要とする、破壊の極致に冠せられる言葉。

 エリザベートはそこに、己の力のみで辿り着いたのである。

 塵煙の中、動く者は無い。

 有る筈も無かった。

 天から硫黄の火が降った時、街の全てが死に絶えたのと同じように。

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