最後の戦のお話(8)
狭霧和敬は、床に広がる臓腑の海を、大鋸『石長』で掻き回しながら、物思いに耽っていた。
思うのは、己の生の軌跡だ。
あと一年か二年で、四十になる。年齢の割には若々しい顔立ちであるが、若き日のような、無限に溢れ出してくる体力はもう無い。
年齢を重ねる事が、『成長』ではなく『老い』に変わったのは何時頃であったか――気付いた時には、顔に皺が刻まれ初めていた。
鏡を見る度、狭霧和敬は思う。
自分が生きるとしたら、長くても五十年か六十年。どう頑張っても、あと百年を生きる事は無い。
では――その日までに、自分は何が出来るのか?
西洋の暦を得た時、狭霧和敬は、自分が生きるであろう日数を計算した。おおよそ一万五千日と踏んだ。
長いのか、短いのか、分かり辛い数値であるが――狭霧和敬は、その時、常人とは異なる尺度で、それを計った。
――十五万人。
一日に十人を殺したとして、死ぬまでに殺せる人間の数である。
――たったそれだけか。
二百年程も前、関ヶ原で、天下分け目の大戦が有った。
あれが、東西の軍を併せて、十五万人とも、十八万人とも言われている。
日の本の覇者を定め、数百年の平穏の基盤を生んだ、先に類を見ぬ戦――それに加わった人間が、その数である。
――俺がこれから殺す人数は、一つの戦場に収まる程度か。
巨大に過ぎて、普通は実感の沸かぬ数だ。
江戸に住む人間は、五十万か、百万か、それくらいだ。
今は、京も似たようなものだろう。
日の本の人間を全て合わせれば、その何十倍かにはなるに違いない。
そこから見るなら、十五万という人間は、一部に過ぎないのかも知れない。
だが――例えば、村があるとする。貧しくもなく、豊かでもない、そこそこの村に住んでいる人間が――四百とか、五百とか、それくらいだろう。
十五万という数値は、その三百倍である。
人が何かを計る時、その尺度はきっと、己の身近にあるものとなる。
真っ当に生きて死ぬ日の本の人間は、十五万という数を聞けば、自分の住む村や町、小さな集落と比較して、途方も無い数だと言うのであろう。
狭霧和敬の尺度は、世界である。
いや、もっと大きく言うと、星である。
舶来の学者が言うには、自分達が住んでいる土地は、星という丸いものの上にあるらしい。巨大で、その丸さも分からない程の球体の上に、大量の水が有って、大陸が有って、人間が生きている。
平面の地図では表せない、球体の模型を使って初めて見える世界の形――その中で日の本は、まるで大陸の添え物のように、ちっぽけにぶら下がっていた。
この球体の中に、どれだけの人間が住んでいるのか。
人が多い土地もあるだろう。少ない土地もあるだろう。だが、これだけ世界が広いというなら――
億。
或いは、十億。
そのくらいの人間が、この星というものの上に生きている
それと比べたら、十五万などという数字の、なんと小さな事か。
だから狭霧和敬は、乱を起こしたのである。
「……殺したいのだ、俺は」
大鋸の先に、かつて妻であった女の、頭蓋骨の破片を引っ掻けながら、相手を見ぬままに〝語る〟。
「昔から、生き物が死ぬのを見るのが、好きで、好きで、仕方がなくてなぁ。蜥蜴だの鼠だの、犬や猫だの、罠を仕掛けては狐やら鹿やら、殺せるものなら何でも殺してみたが、全く飽きが来なかった――というより、満足が出来なかった。
それでも、猿だの熊だの、そこそこに大きくて賢いものを殺す時には、愚鈍に草を食む牛を殺すより余程楽しくてな、気付いたのだ。俺はどうにも、人間に近いか――或いは〝俺に近い〟ものを殺すのが好きなのだと」
血の海に手を浸し、丸いものを拾い上げる。
直径が二寸近い、巨大な眼球であった。
爆ぜて、砕けて死んだ、波之大江 三鬼のものであった。
「お前ならば、どうするね、どうするよ」
和敬は、眼球を投げた。
それは部屋の戸の方へと飛び、そこに立っていた狭霧紅野の顔へと向かい――
「……さぁ、ねえ」
紅野は、首を傾けて眼球を避けながら、床の惨状に鼻を抓んだ。
血に慣れ親しんだ狭霧和敬の他には、とても耐えられぬ悪臭――人の血肉も、臓腑も糞便も、何もかも混ざり合った臭いが、部屋には満ちていたのだ。
その後ろには、狭霧 蒼空も居た。
紅野と蒼空は、赤心隊の亡骸から衣服を剥ぎ取っていた為、戦いの前から、己以外の血で体を染めている。
何人分の血が集まったか、もはや数えられぬ空間の中、狭霧和敬は胸一杯に、悪臭の空気を吸い込んだ。
「出来る限り俺に近い、俺でないものを用意すれば良いのだ。
八方手を尽くし、良い子を産みそうな女を探した。知恵があり、健康で、魔術の素養を持った若い女だ。見つけ次第、家人を皆殺しにして奪い取り、その屍の前で犯して生ませたのがお前達だ。俺に全てを奪い取られた女から、次は母である事さえも奪い、ただの教師として紅野を教えさせ、蒼空の為す身勝手で生まれる揉め事を片づけさせ、慎重に――」
くく、くっ。
和敬は、喉で笑う。
「慎重に、慎重に、その時が来るまでは、つい壊してしまわんようにと育てさせた。美酒をな、倉の奥底へ押し込んで、どの日に開けようかと頭を回す酒好きのように、お前達を何処で殺そうか、俺は十と何年も悩み続けてきたのだ。それが、遂に!」
だんっ、と、床を踏む。
吉野か、三鬼か、どちらか片方のものだった肉片を踏みつけ、狭霧和敬は大鋸を構えた。
若き日の、無尽蔵の力は、無い。
だが狭霧和敬は、今日、この日が、人生の頂であった。
「あんたが投げたのは、隊長の体だな?」
「そうだ。俺を殺そうと気炎を上げておきながら、俺に掠り傷一つ付ける事も出来なかった愚か者の目玉だ」
「……そっちに転がってる鉄兜にも、見覚えがあるな」
「だろうな、お前達の母親に、顔を隠せと命じて被らせていたものだ。拾ってみろ、頭の破片がまだ幾らか、中にへばりついているかも知れんぞ」
紅野は、目に見える限りでは、武器を持っていない。
両手を指が自然に曲がる程度に開き、左手を鳩尾に、右手を顎に、軽く触れさせて構えた。
徒手格闘の構えである。
殴るより、掴みかかる備え。もっと言うならば、掴み、投げるか、或いは手足を折るか、そういう備えだ。
その形で紅野は、摺足で和敬へ近づいて行き、大鋸の間合いより二尺遠くに立った。
「……あんたには、言い尽くせない恨みがある」
「だろうな、そうなるように育てた。おかげで、どうだ。俺を殺すのに躊躇いの無い目だ――」
和敬が、言い終わるかどうかの刹那、血の海に暴風が吹き、大波が立った。
瞬き程の間すら掛けずに蒼空が馳せ、和敬の首を落とさんとしたのである。
然し、兵士の亡骸から奪った名無しの刀は、和敬の首に喰い込んだ後、骨を断つ事も無く止まった。
「……っ」
「おお、おお、蒼空も、容赦無く俺を殺しに来るなぁ、全くもって親への敬意が足りん!」
和敬は大鋸を、腰の高さに、横薙ぎに振るう。
蒼空は瞬時に後退して、それを躱した。
と、入れ替わるように紅野が、振り抜かれた大鋸の刃を飛び越え、和敬に組み付く。
「らあぁっ!!」
そして、左脚で、和敬の顎を蹴り上げた。
紅野の左脚は、鋼造りの義足である。これで人を打てば、骨は容易く砕け折れる。
ごぎぃっ。
ぞっとするような音がして、和敬の顎が垂れ下がり――
「ふん」
和敬は迷わず、大鋸を自らの喉へ当て、首を真横へ挽き斬った。
彼の手に在り、幾千の人間を斬り殺してきた凶器は、その主をも一刀の元に首を落とし――
落ちた首は、蛇になった。
その蛇が和敬の胴体を這い上がり、元のように、また、何一つ傷の無い、和敬の頭の形に戻った。
「……とうとうあんた、人間を辞めたのかよ」
「気分が良いぞ、死生の境目をうろつくのはな!」
和敬が、前へ出た。そして、手の大鋸をぐうと背まで振り翳し、紅野目掛けて振り抜かんとする。
紅野は身を沈めながら前へ出て、和敬の右膝を両腕で抱え込んだ。
すかさず、和敬が紅野の頭へ肘を落とす。
頭蓋が軋む程の衝撃に、紅野の視界に火花が散った。
もう一発――持ちあがる右腕へ、蒼空が斬りかかる。
先に、和敬の血を浴びて錆び始めた刃が、和敬の右上腕へ深々と喰い込み――骨にぶつかり、やはり弾かれる。
――固い!?
人の身の感触では無かったが、当然。
既に狭霧和敬は、真っ当な人間では無い。
エリザベートの操る邪法により、十数人の命を喰らって己が物とした魔である。
命を溜め込み死を超越し、或いは命を燃料とし魔力へ変え、己が身をより強く、より禍々しく変える。
蒼空の一閃を受け止めた骨肉は、刃が遠ざかるや直ぐにも、傷痕を塞がんと蠢き、重なり合う。
「じゃあっ!!」
紅野が、和敬の右膝を抱えたまま、思い切り体を仰け反らせた。
反り投げ。
和敬の、修復されたばかりの頭蓋が、血の海へと飛び込む。
受け身は取らない。頭蓋の頂点が床に打ちつけられ、和敬は仰向けに倒れた。
紅野は、投げの勢いをそのままに、和敬の腹の上に跨った。
躊躇いなく紅野は、両手の親指で、和敬の眼球を押し潰した。
「がああぁっ!」
紅野は、また吠える。
吠えながら振り上げた手の中には、何時の間にか、短刀が逆手に握られていた。
暗器術。
隠し持った武器を、咄嗟に引き抜き、敵を殺す技能。
和敬の喉へ、短刀の切っ先が沈む。
喉骨を潰し、肉をぶつりと断つ感触が紅野の手へ返り――それを堪能する間も無く、視界の端に映る刃の照り返し。
跳び退った紅野の目の先を、大鋸の刃が掠めて行った。
跨られたままの和敬が、左腕のみで、大鋸を振るったのである。
眼球を潰され、喉を切り開かれた和敬は、何事も無いかのように立ち上がった。
「この程度か、紅野。この程度か、蒼空!」
不甲斐無い子を叱咤する、出来の良い親であるかのように、和敬もまた、吠えた。
それから、大鋸の刃を己の頭へ宛がうと――
がりがりがりがりがり。
頭蓋を鋸挽きにし、首の中程まで、真っ二つに斬り分けた。
人間の頭部が二つに割れ、左右にだらりと、稲穂のように垂れ下がる様を、紅野は初めて目にした。
すると、垂れ下がった頭部の、それぞれ半分が、別々に再生を始めたのである。
忽ち狭霧和敬は、一つの首から二つの頭部を生やした姿へと変じてしまった。
「おお、これは良いなぁ。そうか、目が増えると、世界の見え方はこうも変わるのか!」
「……親子の縁を切りたいよ、親父」
短刀二振りを、両手にそれぞれ逆手持ちにして、紅野は重心を高く身構えた。
その隣で蒼空は、茫洋と、何を思うのかも見通せぬような目をしたまま、なまくらの刀を右手に持ち、
「斬る」
短く、たった一つ、意思を見せた。
凄惨な戦いが続く。
紅野は幾度も、和敬の目を潰し、喉を抉った。
蒼空は幾度も、和敬の首を斬り落とした。
和敬はその度に立ち上がり、我が子の目や、鼻や、耳を狙って、大鋸をひょうひょうと振り回した。
親と子で、こうまで出来るものなのか。
或いは親と子だから、こうまで出来るものなのか
それとも――互いに親だと思わず、子だと思っていないから、こうまで出来るのか。
何れであろうと、此処で行われているのは、尋常の戦いでは無かった。
この地上に、一度死んだ人間をもう一度殺したことがある者が、どれ程に居るだろうか。
ましてや、十回以上も同じ人間を殺した者など、居る筈があろうか。
その有り得ない事が、現実に起こっていた。
「楽しいなぁ、紅野よ、蒼空よ。お前達を生ませて良かったぞ!」
既に狭霧和敬は、人間としての姿を失っていた。
一つの首に繋がる、二つの頭。
右肩から二本、左肩から三本、左右非対称に生えた腕。
左脚も、膝から下が二股に分かれ、爪先がそれぞれ逆方向を向いた二本の脛が生えている。
臓腑は幾度も潰れた。その度に再生を繰り返し、血を吐きながらも、苦しげな顔を見せず、和敬は立ち上がるのだ。
増えた左腕を使い、和敬は無茶苦茶な軌道から、三つの拳を同時に紅野へ向けた。
「くっ……!」
防ぐのは――無理だ。肘と膝で一つずつ防いだとて、残り一つが届く。
紅野は、敢えて前へ出た。
部品が増え、却って小回りの利かなくなった懐へ潜り込んだのだ。
和敬の膝が、迎撃として振り上げられる――それを紅野が右手で防ぎながら、和敬の腹に左手を当てた。
「〝ぶち抜け〟っ!!」
単言詠唱。
紅野は左手から、火薬が爆ぜるにも似た衝撃を放った。
掌底に合わせて放つ、鎧貫きの魔術。
鍛えていない者ならば、一撃で血反吐を吐き、のたうち苦しむ羽目になるか、死ぬ。そういう術である。
然し、これで倒れる和敬では無いと、紅野は良く知っている。
――なら、死ぬまでやりゃあ良い。
二発、三発――そのままの姿勢で、紅野は撃ち続けた。
間合いは極端に狭いが、一度触れてしまえば、拳を引く時間さえが必要無い。相手が後退するか、自分が下がるかしない限り、幾らでも連続で撃ち込める――しかも放つのは、並みの術者では無く、狭霧紅野。武芸十八般に魔術を併せ、十九般を収めた達人である。四発も当てた時点で、狭霧和敬の内臓は、石に押し潰された獣のように成り果てている筈であった。
だのに、動くのだ。
和敬の、三本に増えた左腕の一本が、紅野の顎を狙って、真下から上へと突き上げるように振り抜かれる。
手は、拳を握っていなかった。人差し指から小指まで、四本の指を真っ直ぐに伸ばして揃え――その指先が何れも、人の体なら有り得ない、金属的な光沢を纏っていた。
咄嗟に身を反らした紅野の鼻先を、和敬の指先が掠めて行く。
その指は――いや、〝爪〟だ。爪が硬化し、刃物のように鋭く変化し、紅野の喉を切り裂かんとしていたのである。
それは、避けた。
避けた紅野の腹に、また別の衝撃が突き刺さる。
「がっ……!」
和敬の右手――片方は大鋸を掴んでいて、もう片方、空いている手――が、紅野の腹に触れ、己が受けたのと全く同じ術を打ち返していたのである。
元々、鎧を身に着けた兵士を打ち倒す為の術――まして紅野は、囚われの身から、敵兵の衣服と幾つかの武器だけを剥ぎ取って此処へ来た。防具など、固く巻いた晒しか無い。
破城槌の如き一撃に、紅野の体がくの字に折れ曲がる。
喉の奥に、酸味のある液体と、鉄臭い液体がそれぞれせり上がってくるのを感じながら――
――逃げないと、
頭を両腕で庇いつつ、両足で必死に床を蹴った。
だが、じれったい程に体が動かない。
どうにか後退した分と全く同じだけ、和敬も前へ踏み込み、次は腹でなく紅野の顔へ向けて、右手を伸ばして来た。
脳を撃ち、壊すつもりであるのだ。
殺される。
死ぬ――
刹那、銀閃が迸る。
紅野の背を、蒼空が飛び越え、和敬へ肉薄する。
和敬の右腕を落とした閃光は、そのままに二つならんだ和敬の頭部へと――
否、防がれた。
残る右腕が持つ大鋸が、銀閃――蒼空が振るった刀を、見事に受け止めていたのである。
「ふん――飛蝗如きが俺に逆らうな!」
蒼空の跳躍は、悪手となった。
日の本に、狭霧 蒼空より速く動く生物など存在せず、故に最大の速度を生む跳躍からの襲撃は、必殺の技術であったのだが――この場合は、失策であった。
防がれれば、着地までの間、蒼空は地を蹴る事が出来ない。
それは即ち、誰よりも速く走る筈の蒼空が、ほんの一寸も動けなくなるという事であり――
「……あっ!?」
敵の弱みを、和敬は決して見逃さない。
左腕三本と、大鋸を持たない右腕の一本が、宙に浮いたままの蒼空の胴を掴み、両腕を背中へ捩じり上げながら捕えた。
蒼空の肋を軋ませる程の恐ろしい力が、その腕に籠っている。
みぎいっ。
めぎっ。
人の体から鳴ってはいけない類の音が、蒼空から聞こえ始めた。
「ぎゃあっ、ぁ、あ、ああっ!?」
苦痛に上がる悲鳴さえ、肺を押し潰され、くぐもった声。
このまま抱き殺すのか――そうでない事は、使われていないもう一本の腕が、雄弁に語っていた。
「どうれ、何処から斬るか……眼窩だな」
和敬は、遊ばせていた手が持つ大鋸を、蒼空の目へ向けて振るった。
頭蓋骨の眼窩、周囲より低くなった箇所から、水平に鋸挽きにし、頭を切り開こうと言うのだ。
刃が蒼空の目へと迫る。
眼球に、三角形の刃の列が届く一寸手前、和敬の腕が止まった。
紅野が、和敬の首に左脚を巻きつけながら、両腕と右脚で、大鋸を振るう腕にしがみついたのだ。
そして、しがみついた瞬間には、もう関節を絡め取っていた。
絡め取った瞬間には、背筋の力に任せ、肘を逆に引き伸していた。
ぶちぃっ。
和敬の腕の中で、腱が引き千切れる音を、紅野は確かに聞いた。
意思とは無関係に、和敬の腕が垂れ下がる。
「小癪なっ!」
左腕の一本が、蒼空の右腕を解放し、紅野の右膝――義足になっていない、生身の脚へ殴りかかる。
膝の皿へ、拳が突き刺さる。
折れたのは、和敬の指であった。
殴った側の指が折れる程の威力で殴ったのだ。
それでも和敬は、まるで動きを鈍らせなかった。
大鋸を、左腕の一本に投げ渡しながら、残った左手で蒼空の首を、自由になった右手で紅野の首を掴み、
「ぬうっ!」
二人の頭を、額から互いに打ち合わせ、血と臓腑に塗れた部屋の中でも、特に肉片と骨の集まった箇所へ投げ落とした。
蒼空はかろうじて受け身を取った。
紅野は――右膝を打たれた痛みが反応を遅らせたか、背をしたたかに床に打つ。
立ち上がろうとした。
その、紅野の顔の前に、和敬の大鋸が、びゅおうと空気まで挽き斬って迫っていた。
ざしゅっ。
赤い血が飛沫いた。




