御旗のお話(2)
獣の群れが、夜を這う。
身を低く、光を避け、音を殺して忍ぶ。
やっている事は、狩りと同じ――静かに近づき、必要ならば一瞬で仕留める。
ルドヴィカ・シュルツを筆頭とした五人は、誰に気付かれる事も無く、目的の建物の奥へと進んでいた。
建物というのは、寝所である。
一棟まるごと、ただ眠る為に設けられた、贅沢の産物――然し華美では無く、欄間などに慎み深く、飾りを施している。
護衛の兵士は、建物の周辺には多いが、建物の内側には殆ど姿が無い。主の安眠を妨げてはならぬという事か――それがルドヴィカ達には幸いした。
数人ばかりを平和裏に気絶させ、物陰に押し込んで隠してしまえば、後は楽な潜入行であった。
「……どっち?」
「お高そうな香りは、こっちッス」
ルドヴィカが行先を問えば、五人の先頭を進んでいた男が、首だけ振り返って答えた。
床に膝と手を着き、這うように進んでいる男は、邪烙という。村雨と同等かそれ以上に鼻が利く。
貴人が纏っているような香りは、間違いなくこの建物の、中央から漂っているという。
「ただ……嫌な臭いもするッスね。なんつーのか、こういうお時間にお会いしたくない感じの――」
邪烙がそうまで言った時、ぎっ、と、少し離れた床が鳴った。
ルドヴィカ達が歩いている程度なら、軋みはしない頑丈な床である。それを鳴らすのは、中々の巨体であった。
いや――相当に、でかい。うっかりもすると、一本角の生えた頭が、天井を殴りつけてしまう程である。
「……げっ」
鬼が居る。ルドヴィカは、己の目を疑った。
身長は九尺もあるし、腕や脚の太さと来たら、下手な家の大黒柱などよりよほど太い。額より生えた角など、槍の穂先より鋭く光っている。
日の本全体を見て、何百人と居るかも分からぬ鬼――その内の一人が、この寝殿の警護に当たっているのだ。
実際に戦場などで出くわした場合、古の剣豪とて泣いて逃げ出したくなる程、鬼とその他の生物とは、基本の性能がまるで違う。異常に頑強で、大地を反す剛力を備える、数十倍の戦力を備えていなければ出会いたくないような相手だ。
一度逃げよう――相手に見つかってはならぬと、ルドヴィカは後方を指差し、全員で後退しようと指示を出す。
が、それで御しきれるような面々でも無いのである。
床ではなく天井を、風のように這う影があった。あまりに高所である為、それはルドヴィカ達の目にすら映らず――天井を伝い、鬼の背後へ回り込んだ。
そして――四肢に加えて、背に潜ませた四つの〝脚〟で鬼の背に取り付くや、その口と鼻を、ぶ厚い布で覆ってしまったのである。
「……!? っ、っ!!」
背後からの襲撃者に対し、鬼は腕を後方へ振り回して払いのけようとするも――敵は背中にピタリと張り付いている。
鼻と口を覆う布は、鬼の顔にべったりと張り付いて剥がれず――息を吸うも吐くも阻害する。
叫んで誰かを呼ばれる事は無い、が――それでも、単体で尚、軍勢が手に余す大怪物を前にして、
「……ええい、しょうがないっ!」
ルドヴィカは、後方に向けた指先を、鬼へと真っ直ぐ向けたのである。
呼吸が出来ずにもがく鬼へ、真っ先に近づいたのは倫道――村雨が最初に部下とした三人の一人、熊の亜人であった。
彼の武器は、腕。本性を現せば、重量は人の数倍もあろう巨木の如き腕を、背から頭上を越えるように思い切り振りかぶり――
「おっしゃああぁっ!」
「……んぐぉ、っ!?」
鬼の横っ面を〝ひっぱたいた〟。
熊の爪は確かに恐るべき凶器であるが、そも、爪など使わずとも、平手打ちの衝撃だけで人を殺すだけの力はある。
渾身の一撃は、鬼の巨体を大きく揺るがせ――だが、鬼は倒れない。
踏み止まったのでなく、倒れられなかった。
顔を覆うように巻き付いた先程の布が、今は伸び、天井から鬼を吊るす紐のようになっているのである。
「……こんな奴じゃなく、お兄様を喰いたい」
「殺しちゃ駄目って村雨が言ってたでしょうが……」
鬼の巨体をも吊り上げる糸――鏨 阿耶の、蜘蛛の糸である。
止めなければそのまま、鬼の首筋に牙を立てて噛み切ってしまいそうな阿耶を止めながら、ルドヴィカは右手の拳を握り、鬼に近づいた。
「『Anmachen』」
ばちっ、と鋭い音がして、それ以上に鋭く、ルドヴィカの拳が奔った。
自分自身の筋肉の一部を感電させ、痙攣によって超高速駆動させ放つ右拳は、更に骨の代わりに腕に埋められた鉄骨によって、重さと硬度を得る。
鬼の顎を、真下から打ち上げる拳――ごきん、と鈍い音がして、鬼の目玉がぐるりと白目を向いた。
「殺しちゃ駄目って、自分で言ったくせに」
「顎砕けたくらいで死なないわよ、糸解いてやんなさい。……で? 居た?」
絡まる糸が解かれれば、鬼の巨体がぐらりと傾くが、倫道が昏倒する鬼を支え、倒れる音を鳴らさぬように横たえる。その横で邪烙が、鼻を鳴らしながら、手近の障子やら襖やらを開けて、部屋の内を覗き込む。
「……香の匂いやら女の匂いやらはあるんスけど、誰も居ないっスね……外れ引いたか、もしかして」
「もしかして?」
空の部屋に鼻面を突っ込んでいた邪烙は、顔を外へ出さないまま、後手に南側を――ルドヴィカから見て、丁度左手にあたる方角を指差した。
「どっかでバレバレになってたかっスねー」
「え? ……うぇー、バレバレっぽいわね」
ルドヴィカが嘆息し、それから身構える程度に時差は有ったが、暗闇の中からぶわっと、気迫といおうか、殺気とも呼べようものが湧き上がった。
見れば、闇に溶ける黒衣を纏った、衛士よりも胡散臭い姿の――男か女かは分からぬが、集団がにじり寄って来る。
得物は、刃物ではない。神聖な主君の住処を血で濡らさぬようにか、鋭く長い針が一本と――衣服より覗き見る腕や脚の太い事から、体術が得手と読み取れる。
「御庭番みたいなもんっスかね、あれ」
頭巾の内側より、目ばかりをギラつかせる集団は、獣の群れをも竦ませる程の凄みを備えていた。
「さあね。……仕方がない、せいぜい賑やかにぶちのめすわよ!」
ルドヴィカも此処へ来ては、すっかり開き直っていた。
愚痴は後で、たんと村雨にぶつけてやろうと――緊張混じりの引き攣った笑みを浮かべながら、両の拳を高く構える。
ぴしゃん、と雷光が、夜の寝殿に迸った。
「うひゃっ!?」
無尺は頓狂な声を上げ、顔を両手で覆った。
彼は丁度、瞳孔を極限まで拡大し、殆ど光も無い寝殿の中を探っていた所であった。
「おいおい、変な声出すなよ」
「煩いな、あの光を見ただろ……目が痛いんだよっ」
亜人は夜目が利く者が多いが、こと無尺の暗視能力は極めて高い。が、それが祟り目でもあった。
異様に広い敷地の中でも、ルドヴィカが放った雷光は遍く届き、それを無尺の目はしっかりと拾ったのである。あやうく倒れるまで仰け反った無尺を、蛇上がからかいつつ背中を支えた。
「……むこうが煩くなったけど、あれは?」
「おっぱじめたんだなぁ……都合がいい、俺達の方は手薄になるねこりゃ」
耳を澄ませていると、建物の外、幾つも足音が南へ走って行く。
ルドヴィカ達はどうやら、暴れると一度決めたら、これでもかと目立つやり方を選んでいるらしい。稲光のような先行やら、夜闇を劈く咆哮やら、静かだった夜はにわかに祭のごとき喧噪となった。
「で、標的さんはどこじゃいなと。見つけた?」
「見つかんない。……そっちももうちょっと頑張ってよ」
次から次へと襖を開けながら――ついでに時折、襖の内側の人間を穏便に気絶などさせたりしながら、二人は寝殿の中を歩いていた。
すると、二人の眼前に、天井から逆さにぶら下がる影が有った。
鏨 阿羅――妹の阿耶ともども、中堅どころの役人にでも居そうな真面目顔をした、蜘蛛の亜人である。
「うおっ」
「失礼、お嬢は何処に?」
今度は蛇上が仰け反り、その背を無尺が支える番であった。
そんな二人を余所に、阿羅は二つの目と、更に髪の中に隠れる残り六つの目――合わせ八つの目で、村雨を探していた。
が、答えを言うより前に、当の本人が丁度、向こう側の廊下を曲がって、此方へやってくる所でもあった。
「おっ、流石お嬢、嗅ぎつけて来た」
「え、何、何々? 何か有った?」
村雨の方も、一通り見つけた部屋を漁り、だが目標を発見できずに居た所である。それで一度合流しようとしたところ、蛇上のこの言葉――足音を立てぬ小走りでやってきた。
「何か有ったと言えば有ったのですが……その、どうにもこうにも、うむ、ええと」
阿羅は天井から逆さに釣り下がったまま、眉根を下げて――この場合〝上げて〟となるのかも知れないが、困り顔を作っている。妹の無理を押し付けられている時も、大概はこの顔である。
「来ていただけませんか? 私ではどうしてよいものか、些か計りかねまして……」
「……うん……?」
先導する阿羅だけが上下逆になったまま、その後を村雨達が付いていく。
と、阿羅が向かったのは寝所として用意された部屋では無く、そこから幾分か離れた、物置のような場所である。その前に立ち止まった阿羅は、困ったようなといおうか、助けを求めるような顔をしていた。
「この中に、どうにもですね……誰か居るのは、確かなのでしょうが、その」
「ああー……」
困ったような顔になるのは、村雨も同じであった。
床板の軋むような音に、苦しげだが喜悦も混じった声と――端的に言うと、二人して励んでいる最中のような物音が、物置の戸の向こうからするのである。
「なんだい、この程度の事でまごついて――」
戸の前で鼻を一度ひくつかせ、開けようか開けまいか逡巡する村雨――の横から、無尺が進み出て、戸に手を掛けた。
一息、ぐいっと、思いっきりである。ぴしゃん、と小さく音が鳴る程、強く戸が開かれて、
「ひゃっ!」
「きゃあぁっ!?」
高い悲鳴が二つ、殆ど同時に鳴った。
「あっ」
戸の向こう側では、あられもない恰好をした女官が二人、折り重なるようにして逢瀬の最中であった。
片方、年若であろう側が、年長の女に圧し掛かり、髪を首や背に張り付かせて、頬を上気させている――そういう光景を目にし、
「……ご、ごめん」
開いた戸を、そのままに閉じる無尺であった。
「……『この程度の事でまごついて』?」
「おっ、女同士は想定外だろっ!?」
「私は何も見ておりませんゆえ、ええ」
蛇上がねちっこく冷やかすのを、しどろもどろに反論する無尺と、その背後できっちり目を両手で覆い隠している阿羅。三者三様の反応を示している横で、村雨は未だに鼻をすんすんと鳴らしていた。
「ねえお嬢、流石に女同士だったら驚くよね? ね!?」
「いやいや無尺、お前は男と女が抱き合ってたってああなる奴だ、おっさんにはよーく分かる」
「嫁さんに逃げられたおっさんが偉そうに……!」
「あっ、あっ、それ言わないで、心に刺さる――っと、お嬢?」
ぽんぽんと軽口をぶつけ合う二人を、村雨は横へ押しのけ、戸の正面に立った。
戸の向こうの物音は静まって、時折、衣服を直してでもいるのか、衣擦れの音だけがするのだが――
「蛇上さん、無尺、走る用意。阿羅、ちょっと来て」
「……はぁ? っ、いや待って、目をふさっ」
阿羅が止める間も無く、村雨は再び戸をあけ放つと、物置部屋の中へずかずかと踏み込んだ。
改めて見てみれば、それなりの広さのある室内である。
部屋の殆ど真ん中に、先の二人が身を寄せ合って座っていて、周囲には何やら、きっと宝物であろう美術品やら反物やらが並ぶ。
村雨はその部屋を、真っ直ぐに突っ切って歩き――壁際に置いてある、質素な木箱の前で立ち止まった。
「阿羅、こっち来て、こっち」
「は……そこの二人、早く服を着なさい。私の目に毒だから」
未だに律儀に目を手で覆いながら、阿羅は村雨が手招きするまま、その隣に立ち――そして村雨は、木箱の蓋を取り去った。
その中には、人間が居た。
服装もそうだが、顔立ちも、表情も、何か〝やんごとない〟人間が、箱の中に隠れていたのである。
「……あなたは?」
「つまらぬ下人にございます、お慈悲を――」
まるで恐れなど感じていない風に、その男は言って、木箱の中で立ち上がった。
何をしていたかは言うまでもない――覗き見である。この先客に、女官二人も気付いていなかったと見えてか、年若の一人が男を指さし、口をぱくぱくとさせていた。
「み、みっ」
女官はそこまでを言って――はっと気づいたように、口を両手で覆った。
が、遅かった。
「……確保! 逃げるよ、みんな!」
「ははぁっ!!」
行動は迅速であった。
阿羅の吐く糸が、忽ちにその男を縛り上げ、村雨がそれを肩に担ぐ。
「おおっ、攫われてしまうぞ。これ、狼藉者、せめて落ち着いて名乗ってはどうか――」
「暫くお静かに! 舌噛まれると困るからね!」
この段階まで来ても落ち着き払った男に、一応の警告だけを発し、村雨は真南を目指して駆けだした。
先に決めた通りである。南へ走り、皆と合流し、南の塀を超えて脱出する。
その後は、まだ村雨の胸の内に仕舞っている。隠していると言うのでもないが、急ぎの策故、じっくりと言い聞かせる間も無かったというだけの事だ。
村雨は、吠えた。
人の声で叫ぶのではなく、狼が夜に遠吠えするが如く、低く長く、うねるように吠えた。
耳にした者が本能的に、身を隠すか、或いは抗うかを選ばされるような、怖気を呼ぶ声。左右を並走する部下でさえが、軽く身震いを起こしていた。
暗がりを抜けて、少し光の多い所が近づいて来る。松明の火だ。
幾人かが松明を持ちより、地上に固定し、対象物を目視しようとした痕跡である。
炎はゆらゆらと、光量の一定でない灯りとなり、それに時折、黒衣の集団が照らし出されていた。
「ルドヴィカ!」
「……! 見つけたの!?」
黒衣の集団が包囲する中央に、ルドヴィカを含む五名が集まり、迎撃の体勢を取っていた。
何れが有利かと見れば――既にルドヴィカ達の周りには、十数人ばかり、地に倒れ伏す黒衣衆の姿。
もはや隠密行動など諦めて、全力で殴り倒す腹を括ったのであろう。ルドヴィカは両腕に磁力を纏わせ、砂鉄で腕を覆い、鎧に変えて振り回していた。
それでも、敵の残りはまだ十数人ばかり――包囲は分厚い。それを見て取った村雨は、肩に担いでいた男を、蛇上に押し付けて先へ進み出たのである。
黒衣衆から二人ばかりが、それまでとは訳の違う殺気を滾らせ、村雨へ襲いかかった。賊徒の長と見抜いたのであろう、必ず殺すと定めてか、心臓と眼球をそれぞれの持つ針が、最短距離で狙っていた。
ひゅうっ。
と、風が吹くような音がした。村雨の左右の拳が、引き戻される音であった。
過たず一人に一撃、顎を討ち抜く打撃――鎧を身に着けぬ近代の格闘術である。これで二人が昏倒した。
その二人が倒れるより早く、次もまた一人、村雨の左手側から、身を沈めて馳せ寄る者が居た。両膝を腕で抱き捉え、地面に引き倒そうという腹である。
右膝が、その一人のこめかみを討ち抜く。これもまた、一撃であった。
そして、次は村雨から走った。
闇に紛れて背後に回り込もうとする者が居たのだが、如何に彼等が夜目が利くとは言え、それは人狼たる村雨以上では有り得ない。捉え、彼以上の速度で、彼の背を取った。そして背後より、右拳を回しこむようにして顎を打ち、昏倒させた。
「――――――」
黒衣衆は、尚も村雨に襲いかかる。無言で為される連携と、任務に対する遂行意識は、恐るべきものであった。
だが、村雨には届かない――物理的に、得物の切っ先が追い付かない。
速度こそは村雨の、最大の武器である。軽量の不利も、尋常ならざる速度を以てすれば、十分以上に補えるのだ。
一人に対し、一撃。迫る凶器に身を翻し、擦れ違いざまに急所を打ち、次々に沈めて行く。
会敵より、ほんの数十秒の後、ルドヴィカ達を包囲していた十数人は、悉く意識を飛ばされていた。
「ん、行くよ」
「……ぁ、ああ、うん……うん!?」
何が起こったのか、ルドヴィカの目では追い切れぬ光景であった。気付けば包囲が潰され、そして再び村雨は走り出しているのだ。
呆気に取られたまま、それでも先を行く村雨を追うルドヴィカは――下手な愚痴も言えぬのではと、心中、肩を落とす。
「お嬢、強えなぁ……なぁ無尺、お前あれに勝てる?」
「……無理だろ、絶対」
「……だよなぁ。でもさぁ、お前そこはせめて、惚れた相手に負けを認めちゃ」
「煩いっ」
そしてまた、同じように震え上がる部下も、二人ばかり居たのであった。
合流し、倍の数になった群れは、もはや身を隠す事もせずに走る。
南の塀の付近では、これまた亜人が五人ばかり、兵士を蹴散らして道を開けていた。
思譲、繕行、奇璃過、杯出、厄――村雨に指名されたこちらの五人は、紛う事なき荒事好きである。
道を塞ぐものは何も無い。
そして村雨の走る先には、さしたる高さとも言えぬ塀がある。
「立ち止まれば間に合うが、どうする?」
村雨に担がれたままの男は、のんびりと、諭すような口ぶりで言う。
「私を置いて逃げれば、まだ罪は軽いのであろうが、そのまま塀を越えれば大罪ぞ。今の内に遠く、遠国まで逃げるのが良いと思うが」
「残念ながら、お断りします」
それを聞き入れず、村雨は跳んだ。
かくして村雨とその部下、併せ十四人は、一夜で大罪人となった訳であるが――然しそれは、大々的に宣伝される事は無かった。
このような事が知れ渡れば、責を負う者の首が飛ぶどころか、連座でまた幾つか首が飛ぶ程の大ごとである。
そしてまた、三日後の戦に備え、二条城は慌ただしく蠢いている最中である事も幸いした。
人攫い――というには、あまりに畏れ多い罪ながら、踏み越えた村雨はいっそ、すがすがしささえ有る顔で、夜の洛中を駆けるのであった。




