死戦(8)
比叡山の城内は、緊張感と安堵の入り混じった、奇妙な空気に包まれていた。
予想されていた砲撃が無い。
日に三十二度の砲撃を行うと、エリザベートは宣言した。そこから予想される砲撃の時間が、とうに過ぎているのだ。
「……どうした、これは」
雪月桜は、脇差一振りを手に、東側の城壁――もはや残骸にも近いが――の外側に立っていた。
狙いは一つ――砲弾の無力化である。
両断したとて、二つに分かれた砲弾それぞれが、城壁を貫くだけの威力は有ろう。完全にその威力を削ぐには、上方へと軌道を逸らすか、或いは叩き落として地面にねじ込む他は無い。
超音速で飛来する砲弾は、到達になんら予兆を伴わない。目と、直感と、腕。頼れるものは、それだけであった。
然し、何も起こらないのだ。
「嫌な気分じゃのぉ」
殆ど用を為さなくなった城門から、老剣客――高虎眼魔が、今は気配も殺さずに歩いて来る。
「……爺、休んでいれば良かろうに。手をやられたばかりだろう」
「そうもいかんわい、孫くらいの歳の娘どもが武器を持っていては」
普段は、人の背後から刀で斬りかかるような、血気盛んな老人である。
それがまるで、善良な人間であるかの如き言葉を吐くので、桜は思わず吹き出し、常の氷の面貌を少しばかり緩めた。
「それは紅野の事か、それとも私か」
「おのれら、そう歳も変わらんだろうが。六十八年生きていれば、三つや四つの違いなんぞ無いようなもので――」
そう言ってから、高虎は、ふと首を傾げて、目を虚空で泳がせた。
「――……いや、六十九か? 六十七だったか……ん?」
「爺、自分の歳くらい覚えておかんか……」
桜も飽きれて溜息を吐き、首を静かに振った。
「喧しい。今更、一年や二年の違いなんぞどうでもいいんだよう。……兎に角、俺が休んでおれよう筈も無い。戦を知らんわっぱ共とは、年輪の厚さが違うのよ」
「その年輪とやらも、毟り取られたようだが」
高虎の左手は、親指以外の四指が、ざくりと噛み千切られていた。
止血は済ませているが、もう何かを掴む事は出来ない。片手では、刀の扱いも、これまでと同じようには出来ぬ筈であった。
だが、高虎に憂いは無い。
「人を斬るのには、片手が有ればいい。ただ殺すだけなら、両腕さえ無くとも良いわい。道がどうの、形がどうのと拘るのもな、俺ほど老いると、もう飽きた。
どうせ今更、死んだ所で悔いるものも無いからのぅ。かか、道連れを幾人か増やして地獄へ落ちようぞ」
「……身内は、おらんのか?」
桜がそう問うと、高虎はまず幾度か瞬きをして、それから己の耳に右の小指を突っ込み、がさがさと動かしてから引きずり出した。
「……柄に合わぬ事を聞く」
「喧しい。私とて他人の気遣いくらいするわ」
桜は少し不貞腐れたような顔をして、足元の雪を蹴り上げた。
積もって硬くなった雪は、五歩ばかり先の、また別な雪の上に塊で落ちて、丸い窪地を作った。
その雪景色の、更に向こう側には――陥没し、地形までが変わった大地が有った。
狭霧紅野の策により、政府軍の兵士を抜け道へ誘い込み、焼き殺した。その折、凍結した地面が溶けて緩み、陥没した結果が、眼前の惨状である。
崩れた土の下には、黒く焼け焦げた亡骸が、数百も埋まっている。
この戦が終わるのは何時の事か分からないが、それまで彼等が弔われる事は無いし、もしかすれば戦が終わった後も、彼等はこの山に埋まったままで居るのかも知れない。
そう考えれば桜とて、思う事は有るのだ。
「息子も孫も健康無事で、何処かでぴんぴんとしておるわい。人斬りの爺なんぞおらんでも、店でもやって強かに生きておる。お前は知らんかもしれんが、世の中にはのう、戦わんで生きている人間の方が多い。そういう者が集まっているから、世の中が成り立つもんじゃ」
「かっ。説教くさい爺だ、何を唐突に」
然し高虎は、まるで憂いなど持たぬ晴れやかな顔で言うのだ。桜も吊られて口元だけで笑いながら、皮肉めいた口を叩き返した。
「まぁ、聞け。爺の戯言と思って聞け。老いてから気付いたが、世の中、他人の為というのは、これが案外に大事な事だった。他人の為に、自分が出来る事を少うし我慢したり、出来ない事でも無理にやり遂げたり、そういう事を皆がしていると、世の中は楽しくなるでな。……が、そういう事で苦労するのも、逆に楽しむのも、俺達のような爺婆の仕事では無い」
それは、まるで遺言であった。
何処の誰へ言うとでも無しに、高虎眼魔は空へ向かって、飄々とした声の侭に言うのだ。
夜であった空は、少しずつ、朝の青に取って代わられようとしている頃合いであった。
東側の山影から、空へ、太陽が昇って行こうとしていた。
「俺は、もう俺だけが使ってよい人間よ。好きに暴れて、好きに死ぬ。お前や、紅野のような洟垂れの娘は、せいぜい世の中の為に、頭が白髪になるまで苦労してからくたばればいい」
「……ふん」
言いたいだけを言って、高虎は城内に戻ろうとしていた。
直ぐに攻撃が無いのなら、一眠りして力を蓄える――老体に長戦は、やはり堪えるものであるらしかった。
ざくりと雪に足を突き立て、城門を潜ろうとし――そこでふと、高虎は、何か思い出したような顔をした。
「そういえば、おい」
足を止め、振り向く。
「なんだ?」
「やはりお前、何処かで俺と会っておりゃせんか?」
「何度目かは分からんが、それは無い」
桜は一言の元に否定し、喉の奥をくっくっと二度、短く鳴らして笑った。
そうか、と高虎もまた一言、城内へ戻って行こうとして――
その時、であった。
比叡の山を揺らす程の、轟音とも呼べる程の声が――いや、咆哮が、夜明けの光と共に撒き散らされた。
異音である。
先夜、政府軍への号令として轟いた音は、蛮気を扇動する声であった。
たった今、比叡山を揺らした声は、そうではない。
言い表すのなら、宣告。
例えるとすれば、獲物を前にした獣の唸り。
これからお前達を葬ると、嬉々として告げる狂気の咆哮であった。
「……!」
「来よるか、わっぱどもが雁首揃えて」
狂気を帯びた戦場の気配が帰ってくる。二人は何れも、刀の柄に手を掛けて身構えた。
が――その時に現れたのは、先の戦闘とは趣の違うもの。
もはや戦に、人間と人間の戦いなど不要であると告げるような――無情なものが、そこに在った。
「……お」
投石車。
城攻めに用い、城壁を打ち砕く為の兵器であるが――それが十台程も姿を見せたのである。
此処は東側の城壁だが、恐らくは南も西も北も、三方に同等以上の戦力は有るだろう。
無論、比叡の山上の事。
雪も多く、城壁を破砕する為の岩など、運んで来れよう筈も無い。
事実、投石者を引いて、城壁より数十間の位置に固定した彼等は、岩など一つも運んで来てはいなかった。
然し――二人の剣客は、ほんの一瞬ではあったが、骨の髄まで染み渡る程の寒さを感じ、身震いさえした。
何故か?
臭いが、有ったのだ。
もう嗅ぎ慣れてしまったものより、何倍も、何十倍も強い――腐臭であった。
「――っ!」
そうと気付いた時、投石車は、〝何か黒く浸み出したずた袋〟を、四方から城内へ向かって投擲し始めたのである。
幾つかは、もはや残骸とも呼べる有様の城壁に、べしゃっ、とぶつかって、中身を飛び散らせた。
幾つかは、城内の辛うじて残っている家屋の屋根に落ち、屋根を割ってその下の畳にぶつかり、ひしゃげた。
雪の上に落ちて、残骸を撒き散らしたものもある。
一つは、不運にも槍を持っていた兵士に直撃し、骨が体外に飛び出す無惨な死体を作った。
そして、腐臭がより大きく、城内に広がった。
「叡山の僧侶、円兼! 同じく円来、同じく道賛、同じく法善――」
地の底から湧き上がるような大音声で、〝それ〟の名を読み上げる声は、攻め手の大将、冴威牙のもの。
始め、比叡山の兵達は、飛来する〝それ〟と、読み上げられる名が、どう繋がるのかを理解出来ずに居た。
裂けた袋から零れる〝それ〟は、ただの腐った肉と、黒く長い糸と、何か白いものの破片と、酷い悪臭を放つ液体を、無造作に集めて掻き回したような物体であった。
「三条通、酒屋の弥助! 同じく三条、茶屋のはつ! 同じくはつの息子、利吉! 同じくはつの娘、みち!」
四方より、同時に数十、城内に投げ入れられる悪臭の肉袋。
人間の名前。
その内に城内の者が気付き、幾人かは――悲痛に叫んだ。
その名前は、自分の夫だと。或いは自分の妻だと。
または、父母であり、祖父母であり、はぐれて見つからぬままの子供であった。
囚われ、行方知れずとなっている者達の名を、冴威牙は読み上げ、そして彼等の腐り果てた亡骸を、城内へと投げ込んでいるのだ。
比叡の城目掛けて、人間の死体が投げつけられていた。
「――っ、ぉお、おっ……!」
桜は怒りに震えた。
過去、幾度となく訪れた危機でも――村雨が傷つけられた時でさえ、こうまで激昂はしなかった。
人の亡骸を、戦の道具に使う。そればかりならまだ、腹は立てたとしても、冷静で要られた。
然し狭霧兵部は、その人間の尊厳を最大に貶めて、その上で投げ捨てているのだ。
「島原楼閣は牡丹登楼、楼主! 同じく島原、遊女、葉隠! 同じく、葉隠の子――あー……男女不明! 名無し!」
許せぬ――では、無い。
もはや生かしておけぬとまで、桜の怒気は膨れ上がった。
「おのれ――そこ動くなぁっ!!」
右手に刀、氷の面貌も修羅と変え、矢の如く駆け――その間も頭上を、袋詰めの亡骸が飛んでいく。
城内からは悲痛な叫びが、一時と止まらずに零れだし、それが桜の足を、より速くと駆り立てる。
「待てい!」
だが、その足より更に速く、高虎眼魔が、桜の前方に回り込んだ。
「退け!」
老体を押しのけ、先へ進もうとする桜の喉元へ、高虎の刀が切っ先を向けた。
変わらず抜く手も見せぬ神域の抜刀――さりとて桜ならば、この体勢からでも反撃はし得る。
然し、そうさせぬものが、高虎の目には有った。
生き物の個々として強い弱いを思わせぬ、何か、有無を言わさぬものが――
「あれはお前と戦いなどせんわ、こわっぱが!」
「……!」
そういうものが、桜を押し留め、頭を冷やさせた。
高虎に刃を向けられ、初めて桜は、自分が何を斬りに行こうとしたかに気付いた。
自分が狙ったのは、亡骸の生前の名を呼ぶ冴威牙であり、城へ投擲を続ける投石車ではない。
そして――冴威牙が、素直に桜と戦って斬られる理由など、何処にも無いのだ。
「お前は西門を守らんかい! あの鬼が出たら誰が斬る、白槍隊が百も居て、紅野が居ない今、他に誰が防ぐ! 犬一頭を追い回すなど許さん!」
高虎はそうだけ言うと、刀を鞘に納め、振り返って投石車を睨み付けた。
桜に向けられた背は、老いたりとは言えど未だに強靭な、剣客のもの。寧ろ月日を経ただけ、曲がった分、撓るようにもなった刃の姿であった。
「……叱られるというのは、随分久しい気がする」
桜もまた、そうだけ言って踵を返し、城内へ舞い戻って行く。
城中を真っ直ぐに駆け抜ければ、最短距離で西門に出られる。恐らくはそちらが、最激戦区となっている筈だ。
叱りつけられた子供がそうするような、少ししょげ返った雰囲気を、怒りと覇気で覆って、桜は戦いに向かう。それを見届け高虎は、かかと笑って――
「当たり前じゃぁ、十何年ぶりかも知れんよ」
一人ごち、走った。
本当の所、高虎は思い出してもいたのである。
桜が携える刀二振りの内、恐ろしく頑強に作られた脇差――『灰狼』の、刃紋の揺らぎ。
それは過たず、彼が若き日、肩を並べた男の作である。
「……けけっ。それ見た事か、石頭の玄斎め。俺の家は孫からひ孫へ、代々引き継がれていくだろうがよ。お前のところはどうあっても婿を取らねえよ」
高虎は、走る。
その向こうには、冴威牙が牙を剥き出しに、今度こそは逃がさぬと、にやける顔を隠しもせずに待っている。
勝てぬ相手だとは、指を奪われた時に、もう分かっている。
然し高虎に迷いは無い。
戦の中に在って、高虎は昔を――最後に、友と語った日の事を思いだす。
武骨な男手一つで娘を育て十数年、すっかり父親面になった友が、髭を赤ん坊に引っ張られ、困ったような顔をしていた夏の日。
指を差しだしてみると、驚く程の力で掴まれた――そんな事までが思い出される。
――あれから、随分と経った。
そう思えば、記憶は更に過去へ、更に過去へと遡る。
友と取り合って、取り負けた美人は、娘を生んで直ぐに死んだ。
長い濡れ羽の黒髪が、たおやかで美しい女であった。
「こら、放さんかい」
指を掴んだ赤ん坊を、満面の笑顔を隠せぬままで叱り付けた記憶。その時と同じ台詞を、知らぬうちに高虎は呟いて――己の老いを自覚し、その日と同じ顔で笑った。
そして、その笑みを翳らせぬまま――明け始めた寒空に、怒声と血飛沫は上がった。
比叡山中の北側は、他より斜面の傾斜が強く、政府側も敢えて多くの兵を配置しない。それ故、比叡山側も然程の警戒はせず、戦の折も、交戦が少なくなる箇所である。
其処に敢えて、狭霧兵部は、己の陣を移動していた。
戦の総指揮は冴威牙に預けた。後は巨砲〝揺鬼火〟を部下に任せ、己は城が見える距離にまで近づき、惨劇を観賞しようという腹積もりなのである。
そして、冴威牙が発案し狭霧兵部が許可を出した、大量の屍の投擲は、この希代の悪漢を大いに愉しませていた。
「いやあ、心地良いなぁ! 聞こえるかあの悲鳴が、見えるかこの光景が! 人間なぞ死ねば血肉袋、腐るだけの残飯だと良く分かるな!」
城壁にぶつかり、醜く潰れた亡骸を指差し、狭霧兵部は大笑しながら、鎖で雁字搦めにされた己が娘――狭霧紅野の背を叩いた。
「見えるか、紅野。お前が守った城が、いやなんともお前に相応しい穢れたものに塗り替わっていく。此処から采配はどうするね、どうするよ?」
「………………」
四肢を鎖で縛られ、雪上に転がされた紅野の――目に、力はもう残っていない。
瞼を開き、城壁へ向かって飛ぶ誰かの亡骸を目で追っているが、それだけだ。眼光は感情の色を示さず、口は半開きのまま、意味有る音を奏でようとはしない。
鎖で自由を奪われているが、これが例え麻の糸を括りつけられているだけであったとしても、紅野は動かぬのではあるまいか――そう見える程、魂の抜けた顔であった。
折られている。
道具には、直せる壊れ方と、もう直らぬ壊れ方がある。そして人間も、きっと同様に、何処かに二者を分ける線が有る。
紅野は幾度も傷付いたが、それは全て、線の手前で踏み止まる傷であった。だが、幾千の刃にも耐えた鎧は、他ならぬ紅野の肉親の、たった一度の抱擁で砕けたのだ。
「和敬様、賊の大将は捕えました。これ以上の戯れは不要かと……」
鉄兜で顔を隠し、狭霧兵部に仕える側近――紅野の母、吉野がそう進言する
然し狭霧兵部は、縛られ動けぬ娘の頭を踏みつけて応じた。
「喧しい、これからが楽しみだろうが。これからあの城内は悲惨だぞ、疫病は蔓延する、死体の片付けにも右往左往する。砲弾は跳んでくる。兵士は城門を破りに来る。つまり総じて人が死ぬ。
折角の死が見えているのだ、戯れるなら今を置いて他にあるまいが」
「……然し」
兜に隠れた吉野の顔は、憂いに満ちていたが――それは蟲のように地面に這い蹲る娘では無く、戦勝に浮かれる夫へ向けられたものである。
吉野が恐れているのは、戦というものの不確実さである。
現状、この戦に負ける可能性というものは、何も見えていない。
暫く時間が経てば、恐らくは比叡山側の兵によって――もしかすれば、〝黒八咫〟一人の手で――投石車は破壊されるだろう。
然し、たった数十台の旧型兵器が破壊された所で、どうという事は無い。人は死んだら戻らぬが、兵器は作り直せば事足りる。
三鬼とその部下、更には〝大聖女〟エリザベートにまで先陣に立たせれば、〝黒八咫〟も抑える事は出来る。
だが――何が起こるか分からぬのも戦である。それ故に吉野は、もはや狭霧兵部がおらずとも結果の見えた戦場から、夫を離脱させたいと考えているのであった。
「くどい。俺の愉しみを奪うな、馬鹿めが」
「……申し訳ございませ――」
進言は聞き入れられず、吉野は腰を折って頭を下げ――視界の端に、やけに上等な靴が見えた事に気付いた。
「――ぁ」
その靴は、尋常の埒外にある脚力を以てしても破砕されぬよう、特別に頑丈に作られた重いものである。獣の革と金属を、膠で繋いだような――とでも形容すれば良いだろうか。
そんなものを履いて戦場に立つのは、如何なる偉丈夫かと思えば、ただの少女なのである。
縛られ、転がされた紅野と、傷を除けば同じ――魂の抜けたような表情まで同じ顔。紅野の双子の妹、狭霧蒼空であった。
「……紅野、居た」
紅野の頭を踏む父が見えぬかのように、光彩異色の目も眠たげに、蒼空は後方の兵の中から進み出た。
歩む足取りは、生きているとさえ思えぬ程に、ふわふわと捉えどころがない。
動いているとも思えぬ内に、何時の間にか紅野の正面に立った蒼空は――雪の上に膝を着き、片割れの顔を覗き込んだ。
「紅野、悲しい……?」
「………………」
紅野は変わらず、虚ろな目の侭であるが――その頬に、蒼空は触れた。
幾つもの傷が刻まれた頬を、包んだ両手には、たった一つの擦り傷も無い。刀を振るう身でありながら、姫が如き儚い指で――蒼空は、紅野に触れていた。
「……待ってて、ね?」
それも、僅かな間の事。
何にも囚われぬ雲の如き妹は、囚われの姉を置き去りに、積もる雪を巻き上げて走り始めた。
ごう、と風が起こり、巻き上がった雪は風花となって、もう一度地面に堕ちて行く。
その内の幾らかを、狭霧兵部は手に掬って――
「……なんだ、あいつ」
周囲の兵士が数歩も引き下がる程、不機嫌さを露骨に、表情で示した。




