死戦(2)
比叡の山は夜の中に有って、煌々と光を放っていた。
光の最も大なるものは、松明である。城壁に、あるいは壁の内側の家々に括り付けられた松明が、ばちばちと火の粉を散らしながら、冬の夜風に揺れている。
そうして生まれたむらの有る朱色を、積雪が照り返すのが、次の光源であった。
夏であれば土が吸い込んでしまう光さえ、白銀の雪原に跳ね返されて、無数の光条となり空へ登る。それはさながら、滝が逆巻きになって吠え狂っているかのような、非常の景色であった。
その光を更に散らすのは、鋼である。
刀が、槍が、鏃が、鎧が、冷たく眩く、人に寄り添って立つ
そして――それらの中にあって一際白く、強く輝いているのが、狭霧紅野であった。
「油だ! 油を用意しろ! 魚油でも獣のでもなんでもいい、量を揃えろ!!」
檄を飛ばして走る彼女は、無銘の槍一つを背負って、腰にも安刀を何本か差していた。
纏う衣は、かつては政府最精鋭・白槍隊の一角であった事を示す、爪先までの白備えである。
髪も、老婆の如く、白い。
然したった一つ、右目の虹彩は、血の透けたような赤である。人間の顔にこのような、鮮烈な色が備わっている事は、狭霧紅野を非凡の存在へ押し上げる一助となっていた。
「副隊長、どうするつもりなんだい!? 備蓄はそう長くは持たないぞ!」
狩野 義濟――紅野の右腕たる青年は、普段の自信に満ち満ちた顔でなく、戦慄に引き攣った面持ちである。
つい昨日、武器弾薬を納めた倉庫の一つが、蝶子という少女の手によって爆ぜ飛んだばかりだ。
月に一晩を凌ぐだけの戦ならば、それでもまだ耐えられた。だが、朝と夜と無く、練度も数も上の敵を迎えるには足りない。
「……手は有る」
「その手とは!?」
雑多な軍装の兵と、枯渇する備蓄。勝ちの目の見えぬ戦いながら――紅野は、攻め寄せる軍勢の産む鳴動に耳を澄ませていた。
「まず、一つ目は――」
そうして紅野は、槍を高く掲げた。
それが合図となったように、山に吹く風が温度を変える。
熱風。
汗を滲ます程の熱い風が、山の方々から、風向きも揃わずに吹き荒れ始めた。
「焼き殺す」
山肌を駆け上がる政府軍の兵は、きっと空から見下ろせば、蟻のように見えていただろう。
恐怖と欲とに支配された兵士達――それは人とは別種の生物に成り果てている。
人と別であるから、人を殺す事に躊躇いが無い。彼等はきっと、呼吸をするように人の命を取る事が出来るのだ。
「進めい! 永き戦は無用、今宵で比叡を落とすのだ!」
比叡山の西側より、先陣を切るは波之大江三鬼。一丈二尺と八寸の巨体は、大股に歩き、走る兵士達と歩調を合わせている。
担いだ大鉞の刃は、人の上半身より尚も長大。これを一度振るえば、鎧数個が、纏めて砕ける程だ。
その後方に居並ぶ兵は、まずは精兵の白槍隊。総数は百も居ないが、何れもが尋常の兵士の数人分は働く猛者である。
更にその後に続くは、これもまた精兵。白槍隊程の腕利きではいと言えども、選りすぐの兵士が五百も続く。
彼等を率いる三鬼の脳裏に、この集団が町人上がりの即席兵に負ける様などは、到底描けるものでは無かった。
然し三鬼は、憂慮を抱えていた。
「浮かぬ顔ですな、三鬼殿! 戦場で見せる顔には思えませぬぞ!」
「左様か」
三鬼に並走しながらそう言ったのは、副将の八重垣 久長である。
剣術、魔術、戦術と、おおよそ戦に必要なものを一通り納めた才人であり、まだ二十五と若いが重用されている男だ。
八重垣は、好戦的な本性にかぶせものもせず、唇の両端を裂ける程に吊り上げていた。
「然り! 我らはただ前身し、敵と定められた者を討ち果たせば良い。常々そう仰るは三鬼殿ではござらぬか!」
「……ううむ」
八重垣の言う事は、その通りなのだ。三鬼は基本的に、思慮深く戦う性質の武士では無い。
だからこそ副将として、かつては狭霧紅野、今は八重垣を伴い、智謀を補う。
「それとも、三鬼殿。これと憂う事が、何やらございますかな?」
「紅野の性質を、拙者は良く知っている。貴公より深く、長く」
雪の上に、常人の倍以上も巨大な足跡を残しながら、然し三鬼は声を潜めて言う。他の兵に聞こえぬように、である。
「……ふむ。そは、如何に。賊将の性質ですとな?」
「あれは勝ちの為に、己の脚さえ斬り捨てる娘子よ。まして己の名など、平気で踏み躙る……どのような手立てを用いるか、想像も出来ぬ。確かに賊に与してはいるが、兵部卿のご息女であり、かの御仁から兵法を授けられた女傑でもあるのだ」
侮るなと、三鬼は言った。与えられた副将が、酷く浮かれているように見えたからである。
すると八重垣は――三鬼の思う所を鋭敏に察知したか、顔に浮かべた笑みの度合いを弱めた。
「成程、敵将は賊徒ながら一廉の将。そしてこの山は、兵を伏せる場所に事欠きませぬ。三鬼殿の懸念、至極御尤も。
さりとて比叡の賊兵に、城外へ伏せる如何程の兵も残ってはおりますまい! いいや仮に兵を裂くなら、他の守りが薄くなる! 分厚い城壁を盾としての籠城、それ以外に奴らの選べる手としては――」
走りながら八重垣は、後方の兵にまで見えるように右手を掲げ、複雑な文字を描くように動かした。
それが合図となったものか、兵士達が隊列を組み直す。
縦に長く、横の厚みは無い、長蛇の陣系。行軍には適しているが、側面からの奇襲を受けると、前衛と後衛が容易く分断される形でもある。
然し、八重垣は〝読んで〟いた。
この山に伏兵を忍ばせる余力は無いし、遊軍を城外に出すとして、それは城壁から然程遠ざけられない。個々の力で劣る比叡山側は、各個撃破に持ち込まれる愚策を犯せはしない。
かと言って、無策で死を待つ敵ではあるまい――ならば、どうするのか。
「――火、でしょうな」
その言葉が終わるか否かの頃合いに、比叡の山に熱風が吹き荒れた。
木の枝に乗った雪がじんわりと溶け、息から白さが消えて行くような、夏にも無い熱さの風である。
然し、風向きがおかしい。北から吹き下ろす冬の風ではなく、方々から、好き放題に吹き荒れる風であった。
――これは、よもや。
三鬼が悟った時には、夜の山がばちばちと、火の粉を空へ打ち上げ始めていた。
比叡の山の木々が、あちらから、こちらから、突然に燃え始めたのである。
乾燥した冬の大気は、驚く程簡単に、木の葉も枝も燃やしてしまう。
そうして生まれた大きな炎が発生源となり、熱風が吹き荒れていたのだ。
「ぬうぅ!?」
「動揺なさるな! 火の手が速いとは言えど、火元は我らより遠い! 追い付かれるより先に、森を抜けてしまえば良いだけの事!」
火は、あらゆる生物の敵である――絶対の強者である鬼とて例外では無い。ましてや兵士達は、防ぐ事の出来ぬ敵へ対し、明らかな怯えを見せた。
だが、八重垣は一人、平静を保ちながら、後方に続く兵士達を鎮めようとする。
「聞け、火元は遠い! この火は我等の足元を照らすばかりの松明に過ぎぬ! 恐れるな!」
成程――確かに火は遠くで燃えているが、彼等の周囲の木々は、まだ一つとして火を受けていない。
その故まで、既に八重垣だけは読んでいた。〝火を着けた者〟が、彼等に近づけなかったからだろう、と。
「三鬼殿、幾人かを走らせましょうぞ! この山の何処かに、恐らくは城壁の内へ続く抜け道が用意されている筈! 火を着けて回る者が、城内へ戻るのを見つければ、我等もそこから攻め入る事が出来もうす!」
古来より城には抜け道が用意されているものだが、比叡山は即席の城。城壁の内から抜け道を作って、届くのはせいぜいが山中であろう。
数十名の決死隊が、城中より抜け道を用いて抜け出し、方々の木々に火を放った。三鬼の隊が駆け上がる西側ばかりでなく、恐らくは山の全ての方角で、木々がごうごうと燃えているに違いない。
裏を返すと、数十名、城内へ戻らねばならぬ者が、今は山の何処かに居るのだ。城内へ直接に続く抜け道を見つけ出せたのならば、城壁の内外より同時に攻撃を仕掛ける事が出来、落城はより容易くなる。
「ようし、森を抜ける、声を上げよ! ……三鬼殿、号令を」
「ぬ……うむ」
事前に陣形を組み直した事も有るのか、三鬼率いる部隊が、炎に追い付かれる事は無かった。
もうじき、完全に森を抜ける。そうすれば、広く開けた平地と、比叡山の生命線である城壁が待ち受けている。
「皆、拙者に続けい! 城門を破り、城内に踊り込む! 破城槌などは不要、我等の槍こそが攻城の兵器よ!」
「応!」
兵士達が、手に手に槍を突き上げ、気勢を上げる。彼等の士気は頂に達し、
「進撃せよ!」
三鬼の号令下、進軍速度は、更に上がった。
おおよそ六百からなる兵士達は森を抜け、一個の巨大な獣のように固まり、城壁へと一目散に迫ろうとし――平地に部隊の三分の一が踏み出した、丁度その時の事であった。
ざあぁっ。
と、夏場のにわか雨のような音と共に、夜空から大量の矢が、彼等の頭上へ降り注いだ。
相当の高度から落下してくる矢は、兜の上から人の頭蓋を陥没させ、或いは兜ごと貫通し、または肩から腹まで沈んで突き抜け、まるで豆腐に箸を突き刺すが如く人間を引き裂いていった。
忽ちに阿鼻叫喚が、あちこちで起こる。上手く一撃で死んだ者は良いが、そうでないものが悲鳴を上げ、苦痛に泣き叫ぶ声である。
だのに後方の兵士は、周囲の炎の音に耳をたぶらかされていて、足を止めずに進むのだ。兵士達は次々に森から飛び出し、味方が矢に撃たれる光景を見て足を止め――つまり、森の出口で団子になる。そうなればもう、良い的でしかない。
これが数本や、数十本の矢であれば、彼等は防ぎ得ただろう。然しこの矢は、数百以上が密集して降るのだ。
まるで、達人の狙撃。森を抜けた瞬間を、位置を完全に見透かして、矢が降ったのである。
「さ、三鬼殿っ!」
「ぬお、おおっ! 続け、拙者に続けい! 足を止めては鴨撃ちよ、続けえいっ!」
八重垣は、咄嗟に味方の屍を抱え上げて盾としつつ、城壁と平行に、戦場を横へ抜けるように走る。三鬼もそれに倣い、部下の頭上へ迫る矢を大鉞で払いながら馳せていた。
成程、火は人を怯えさせるし、触れれば人を焼き殺す。だが、そればかりでは無い。
火の用途の一つは〝照明〟であり、そしてまた一つは〝壁〟であった。
狭霧紅野は、比叡の山に火を放たせた。だがその火は、無軌道に、無差別に放たれたものではなかった。適切に、攻め寄せる兵達が進む為の道を、狭いながらも残すようにして着火されたのである。
広い戦場の何処から、敵兵が姿を現すかを、火が作った道が教えてくれる。
夜の闇と、森の木に紛れて攻め寄せる姿をさえ、火は明るく照らし出す。後は、予定された箇所へ、訓練の通りに、矢を放つだけで良かったのだ。
「まっこと、兵部卿の娘よな……!」
初撃、己等が槍を一度と振るいさえせぬ内に、かなりの数の兵が死んだ。三鬼の声には、称賛とも畏怖とも付かぬ響きが滲んでいた。
山が燃えるのを、狭霧紅野は城壁の上から見渡していた。
こうして高台に立つと、火がどのように回り、何処を通り抜けられるかが一目で分かる。そして敵軍がどう抜けて来るかまで、煌煌と照らし出されて見えるのだ。
「手を止めるな! 矢は今日で使い切るつもりで良い! 城門に取り付かせるな!」
比叡山側が放つ矢は、赤く焼ける空を埋める程に、政府軍兵の頭上へ降り注いでいる。
森を抜けて来る機に合わせての射は、相当の数の兵を殺害した。
だが、全体と比べるなら、まだまだ僅かなものである。
五十や百の兵を殺した所で、政府の兵は六千。撃つ手を緩めれば忽ち、城門に群がって来るだろう。
――いや、いつかはそうなる。
直ぐ先の事か、それとも夜明けまで持つかは分からないが、必ずそうなる。
紅野には確信があった。
敵兵は味方の兵より数段も強く、数は多く、やがては矢を防ぐ術を見つける。山に放った火を消されてしまえば、練度の低い比叡山側の射手は、目隠しをされたも同然だ。
その上で――抜け道もきっと、程なく見つけられる。
山中に数十カ所も設けた抜け道は、開戦より数ヶ月を掛けて作り上げた坑道を通じて、城内に繋がっている。
場内の入り口は一ヶ所なので、城より〝目的の場所〟へ出ようとするなら一苦労だが、外から城へ入るなら、何処からだろうが、ただ道なりに進むだけだ。
崩落を避ける為、補強を施しながらも狭く作った坑道だが、それでも兵士の数人は横に並べられる。
これだけの良条件を、政府軍が見逃す筈は無いと、紅野は信用していた。
「副隊長! 一手目は成功だ、素晴らしい! 僕達が鍛えた兵の力だ!」
彼女の横に立つ狩野義濟は、拳を突き上げ、喜びを体一杯に示している。然し対照的に、紅野の表情は険しいままだ。
「まだだ、まだ安心できない。二の手、三の手、緩めるな!」
矢の雨が降る戦場へ、紅野の号令が〝響き渡る〟。
敵兵の誰にも聞こえるように、魔術による拡声を経て発せられた号令は、〝何かが来るらしい〟とだけ告げている。
実際の所、どの程度の策を残しているか。
小細工ならば数十もある。戦術の域で語れるような策も、数種は実行に移せる。
然し、戦況を塗り替え得る程の策は――
有るが、容易くは成らない。
寧ろ呆気なくも看破され、虚しく潰える可能性こそ高いだろう。然し紅野は、その手に賭けるつもりでいた。
「……狩野。西側の防備を緩めて、代わりに桜を動かそう。あいつ一人で千の働きはする」
「分かった、伝令を走らせよう」
「浮いた兵を残り三方――特に南に集中させて配置する。傾斜や雪、木々――北はきっと攻め手が薄い。政府側も敢えては、そっちに兵を割かないさ」
「……?」
あまりの断定的な物言いに、思わず狩野も突き上げた拳を下ろし、紅野の横顔に怪訝な目を向けた。慎重な紅野には似合わぬ、楽観的な予測に思えたのだ。
然し、無根拠の放言ではない。
「親父が指揮を取るならそうする。親父は、開戦までは幾らでも策を練るだろうし、兵も鍛えるだろうが、本気の戦地で博打は打たない。六と四ならまず六を取る――ただ、開戦前に賭けを八対二にまで詰めてくるだけだ。
意外に堅実なんだよ、あれはさ。遊びで人を殺せるくせに、絶対に勝つとなったら、何処までも真面目な詰め将棋だ。重要な所は落とさない人間なんだが――」
だから、まだつけ込めるのだと、紅野は己の腹中を明かした。
狭霧兵部は、戦術の人間では無い。戦に持ち込む前の戦略、策謀を得手とする者である。
対して狭霧紅野は、兵を率いての戦術を主に学んだ、言うなれば武将として育てられた少女だ。
それでも紅野の見立てでは、自分が狭霧兵部と戦術比べをすれば、十回に七回は負けると踏んでいた。
それでも良い。三度の勝ちを、これから数夜も続けられればいいのだ。
その程度の仕込みは既に、この山に張り巡らせている。
然し、そこまでは言葉にしなかった。そうする必要が無い程度には、互いの心の内を知り合った相手が、隣に立っているからだ。
狭霧紅野と狩野義濟は、ほぼ同時期に白槍隊に配属した。戦場ならば視線で会話をする程の、長い付き合いである。この時もまた、会話の終わりは、目でのやりとりであった。
「さあ、行って来ようか! 我が槍、我が武、大和の隅まで轟かせよう!」
「おー、おー、そりゃ頼もしい」
槍を翳して狩野が城壁を走って行った――いや、行こうとした。
その時、比叡の城壁が、天地を返したが如き轟音と共に、横に激しく揺さぶられた。
大地が丸ごと身震いしたかと思う程、左右にぐわんぐわんと揺れ、紅野は槍を杖に体を支えた。
長くは続かぬ揺れであったが、一瞬に、城を一つ揺るがす程の衝撃が有ったのである。城壁の上に潜んでいた弓兵やら、虎の子の銃歩兵、砲兵やらが、皆一様に転倒し、そして血相を変えて跳ね起きていた。
そしてまた、その時に紅野は、遠くに確かに聞いたのである。
雪を踏む足音でも無ければ、木々が燃え爆ぜる音でも無い。何か恐ろしく速いものが、空気を切り裂いて進んだ音、そして遠くで城壁が――
「――狩野、待てっ!!」
呼ぶまでも無く、狩野義濟は紅野の元へ戻り――城外の目から紅野を隠すように、刀を抜きながら立った。狙撃を警戒したのだ。
「紅野、今のは――今のは、まさかっ!?」
「多分その〝まさか〟だ、くそっ……! 東門に兵を回せっ! 弓・鉄砲隊も、全体の半分は東門守備に回すんだ!! ああ、くそっ……!」
伝令は常に、傍に数名は留めているが、紅野はそのうちの一人だけを残して走らせた。然し、その指示を出す間も、冷静さは明らかに消えていた。
今の衝撃の正体と、そして生まれただろう結果を、この二人は知っている。
「あの〝砲〟が完成してたか……!」
比叡の山より五里ばかりも離れての、平野での事。
そこには、赤熱した体より未だに煙を上げ続けている〝砲〟が有った。
口径――砲弾の直径は、明らかに二尺を超えている。
砲身長は十五丈。鋼により構成されたその体は、恐らく四百貫程の重量にもなろう。
あまりの巨重が為、雪に半ば程まで体をめり込ませた砲が、爆音と共に放った砲弾は、比叡の城壁に突き刺さっていた。
分厚い、石と漆喰と、戦地に撃ち捨てられた鎧などを片っ端から固めた城壁を、その砲弾はただ一撃で、七割方も貫通していた。
これまで日の本で用いられていたような、丸砲弾では無い。流線型の尖頭砲弾だ。
人より巨大な砲弾を、音よりも早く射出し、対象を砕く――これこそは日の本政府が誇る新兵器、国崩し砲〝揺鬼火〟であった。
「ようし、ようし、上々上々。次弾装填、何処でも良いから狙えい」
狭霧兵部和敬は、己が指揮を取らぬのを良い事に、私財を投じた兵器の力を愉しんでいた。
この砲ならば、十里先の標的にまで届く。
成程、命中精度にはまだ改良の余地が有るが、城のように巨大なものを狙うなら、どうという事も無い。
「やはり時代は爆薬だな、うむ。酒と肴を持て、俺は気分が良い!」
「はい、和敬様」
側近の鉄兜が、命の通りに甲斐甲斐しく、小さな酒宴の席を用意する。
その様を見ながら狭霧兵部は、砲身が冷える事、そして次の砲弾の装填が完了するのを待っていた。
日の本ばかりか、この時点に於いては世界最大の〝砲〟は、次の一撃で城壁を砕かんと、砲口内の暗闇を眼のように、比叡の山を睨んでいた。




