積み重ねのお話(3)
「……以上が、事の次第です」
「つまり、冴威牙の部下が夜に出歩き、女を犯し、その両親は殺そうとした。大聖女殿が救わなければ、実際に両親は死んでいたと、そういう事だな」
翌日早朝、村雨は、前夜の出来事をつまびらかに報告していた。
言葉は何一つ繕わず、目上の者に対する発言としては些か率直に過ぎるような物言いも有ったのだが、然し取り繕う余裕は村雨には無く、
「で、それを何故、俺に言うのだ」
報告を受け取る狭霧兵部和敬はそれ以上に、端的に切り捨てるような物言いをする男であった。
「……赤心隊はあなたの私兵で、あなたは冴威牙の上司です、だから」
「赤心隊の事は、冴威牙とお前に任せているだろうが。
いいか、俺が〝任せる〟というのはだな、〝成果は貰うが責任は取らん〟と言う意味だ。第一にして、ならず者崩れを掻き集めた野良犬の群の、端が女に腰を振った所で、俺が一々とがめだてをする事か」
狭霧兵部は、朝食の最中であった。
となりには吉野――鉄兜の側近が座して、粛々と茶碗に飯を盛りつけている。その風景だけを切り出して見るならば、至って平和な日常のようにさえ見えた。
「俺は知らん、お前達でどうにかしろ。結果報告もいらん、聞いて覚えるだけ無駄な手間だ。その程度もできんようなら、取り立てた俺が間違いだったという事になるが、間違いは迅速に正さねばならんな」
「……分かりました」
村雨は浅くだが一礼し、部屋を去る。村雨の背に、狭霧兵部は一瞥も向けなかった。
廊下に出た村雨は、溜息を一つ零し――それから、自分が先程まで居た部屋は、血の臭いが濃かったのだと改めて知る。
その血臭が、部屋に沁み込んだものか、狭霧兵部に染みついたものかと問われれば、両方であると答えるだろう。死と当たり前のように同衾するのが、狭霧兵部和敬である。
分かってはいたが、頼る事など出来ぬ男だ――肩を落とし歩く村雨の反対側から、巨体が窮屈そうに歩いて来た。
「早朝より、熱心にござるな」
「………………」
身の丈は一丈二尺八寸、体重二百四十七貫――白槍隊の〝鬼〟、波之大江三鬼である。
村雨は軽く頭だけ下げて、擦れ違って通り過ぎようとした。
「待たれよ、村雨」
行き過ぎる村雨の背を、三鬼が呼び止める。村雨はその場に立ち止まり、背と首だけ後ろに捩じって振り向いた。
村雨は、焦燥の浮いた、強張った顔をしていた。
「捕えた男を、どうするつもりだ」
「……どうしようかなぁ、本当に」
その術が分かっているなら、村雨は何も悩む事は無いのだ。
人を裁きの場へ送った事は有っても、人を裁いた事は無い。そして、悪行を働いた男――冴威牙の部下である大藤を、他に裁く者は無い。
狭霧兵部が、洛中の兵権を預かる男が何もせぬのだ。彼の下にいる誰が、気性激しい上司の意向に背いてまで、罪人一人を罰するだろう。
「赦すか?」
「まさか」
然し――罰しないという道は、無い。
暗い夜であろうと、長屋に飛び込み悪漢を引きずり出した村雨の姿も、エリザベートの姿も、住民達は見ていた。
そして同様に、村雨と同じ赤羽織を着た男が、悪漢として打ち倒されていた事も、確かに見ていたのである。
「あのままにするなら、誰も私達の事を信じてくれなくなる」
「然り。何を望むにせよ、その衣を纏って吐く言葉は、全て虚言となろう」
個人では無い。人は人を、集団の一端として見る。
そして――往々にして一つの悪行は、数十の善行を帳消しにする。
元より赤心隊が積み重ねた悪行は、十や二十では数え切れぬもの。此処でまた、悪行を見逃すのであれば――
「じゃあ、やるしかないじゃない……私が」
額に手を当て、権力を持つ苦しみを始めて知った悲痛な声で、村雨は言った。
凶行に及んだ当人、大藤は、枷を着けた上で牢に繋がれていた。
村雨が少ない数の打で倒した為、腫れなどは見受けられない、綺麗そのものの顔である。そしてまた、ふてぶてしく牢のど真ん中で、胡坐を掻いているのであった。
「よぉ、〝副隊長〟さん。あんた、頭固えんだなぁ」
牢を訪れた村雨に、大藤は開口一番、せせら笑いで出迎えた。
「…………」
「いい子ぶっちゃってぇ、だから冴威牙隊長の方がいいんだよ。隊長なら一緒に楽しんでくれたのによぉ」
がっ、と鈍い音が鳴った。村雨が牢の木組み格子を、思い切り脛で蹴り付けたのだ。
硬い脛で打たれた木柵が、僅かに凹む程の力――然し大藤は、にやけた顔を崩さない。
「凄んでも無駄だぜ、どうせ隊長が助けてくれる。俺達は何をしたっていいんだ、分かるよな? あ?」
「あなたは、どうやっても許せない」
村雨は努めて冷静を保ち、言う。
だが、震える拳に、ぎぃと引き絞られた口元に、激しい怒りが浮かんでいる。
「……っ、ぶはっ! は、っははは、っひひひひひひ……!」
それを見て、大藤は腹を抱えて笑った。
赤の他人の悲劇へ、本気で腹を立てている村雨がおかしいと、指を刺して大笑いしていたのだ。
もはや、言葉を交わすまでも無い。
どうしても分かり合えぬ生き物は居る――その程度の事は、人間の世界で生きた三年少々で、嫌という程に理解していた。
「……あなたの処遇は、後で決める」
「無理だね! あんたじゃ出来ねえさ、お偉い副隊長サマ!」
嘲り笑い続ける大藤は、牢の格子ぎりぎりにまで近づき、苦悩する村雨の顔を見ようとした。村雨は、それに応えてやるように、自分も格子に近づいて、
「兵部卿も冴威牙も、あなたを見捨てたよ」
「……あぁ?」
「殊更罰しはしないけど、助けるつもりも無いみたい」
酷く冷たく、村雨は言った。
「あなたをどうするかは、全部私に任されてる。……そして、もう一度言うけど……あなたのした事は許せない」
村雨は最後に、一度だけ大藤の目を見た。
大藤は、自分を見る村雨の目が、人のそれでは無くなっている事に気付いた。
「……お、おい! まさか、俺を殺す気じゃねえだろうな!?」
強膜は変色し、瞳孔は拡大し――村雨は獣の目になって、大藤に別れを告げていた。もうお前に会う事は無いと告げるような、然し憐みを一切持たぬ目で、見ていたのだ。
「……やめろ、たかが――たかが女を犯しただけじゃねえか! あの爺も婆も、死んじゃいねえんだろ!? 何も殺す事は、おいっ! おいっ……!」
背に声を浴びながら、村雨は牢を後にする。
看守が怯えて後ずさる程に、村雨の目は恐ろしいものとなっていた。
牢を出て、太陽の下に戻って来た村雨は、深々と溜息を吐く。
兵部卿に報告し、無干渉の意思を伝え聞いた。
冴威牙には――私がやると、啖呵を切ったのだ。
そうせぬのなら、冴威牙は確実に、己の部下である大藤をのさばらせたままにする。だからこそ自分が罰するのだと、村雨は意を決した。
――けれども、どうする?
村雨は、人の上に立った事が無い。
小さな獣の群の中でさえ、群を束ねていたのは自分でなく、自分の父母だった。
人の世界に混ざり込んでも、常に誰かを上に仰いで、指示を受ける立場として生きていた。
桜との旅でさえ、思えば庇護者を立てての道中だった。
その村雨が初めて、誰かを責め、罰しなければならないのだ。
どうして良いか、分からない。
何をするべきかの全体像が、何も見えて来ない。
救いを求めるように、村雨は空に仰いで、ついでに凝り固まった体を解すように、腕をぐうと伸ばした。
「どうしたら良いと思う?」
それから村雨は、視線を降ろさないまま、近づいてきた臭いに聞いた。
「……そんなもの、私に聞かれても困るわ」
答えたのは、ルドヴィカ・シュルツだった。
西洋人の金色の髪が、羽織の赤と相まって、普段の野暮ったさが消えた伊達振りである。
ルドヴィカは、変わらず空を見続ける村雨の横に立ち止まった。
「考えてくれないの? 上司をもっとねぎらってよ」
「あんたが上司だとは認めたくない、っていうのがまず一つで……もっと根本的な問題。私は事実を追っかける人間で、これから出来上がる事実に干渉するのは本業じゃないの。あんたの決定を記事にして、この街中にばらまくのが私の仕事なの、分かってる?」
「分かりたくない」
「……こんにゃろ」
自分の心情を述べながら、それを一言で返され、ルドヴィカは村雨の足に軽い蹴りを入れた。骨の代わりに鉄骨を仕込んだ重い脚ではあるが、さしたる力も入れずの蹴りで――然し村雨は、蹴られるままに雪の上へ引っ繰り返った。
「あんた、大丈夫?」
「んー……」
雪の上で大の字になったまま、村雨は起き上がろうとしない。代わりにルドヴィカが、村雨の頭の近く、雪の上に座り込んだ。
村雨は未だに、空を見ていた。
雲の少ない、冬では貴重な青い空。風も無い今は、日光に当たっていると、春のような暖かさをさえ感じる。
だのに、心に抱えた荷物一つで、こうも安らぎからは遠ざかるものか――無表情のようでいても、村雨の顔には何処か険しさが有った。
「この国での慣例に習えば――答えは出てるわよ」
ルドヴィカもまた、同じ空を見上げながら――村雨の顔を見ずに言う。
「強姦一つ、傷害二つ、都合追放刑が三回……となれば、分かってるわよね」
「……一人を三回も追放は出来ない。加えて、二人はエリザベートが居なかったら、間違いなく死んでた。実質的には二人殺してるようなものだから――」
死罪。
そう、言葉が続くのは、村雨自身も、ルドヴィカも分かっていた。
だが村雨の喉は、その音を正常に発する事は無かった。
然しルドヴィカは、無情に言葉を続ける。
「色々と慣例は調べたし、そういうのが専門の人にも聞いて回ったわ。この内容なら、牢内で殺して、首だけ河原に晒すのが妥当だって。……私としちゃ、本土に戻った時の土産が増えて万々歳よ、別に止めたりはしないわ」
「………………」
「それとも、止めて欲しかった? 『残酷な事は止めなさい、非文明人の証明です! 愚かしい!』なんて、余所行きの口調で」
仰向けになった村雨の、羽織の背には、体温で溶けた雪が少しずつ沁み込んで来る。
だが、村雨は寒さを感じない。己が亜人であると、誰にも分かる姿――髪と同じ灰色の体毛で、四肢や背などを覆った姿は、極寒の地でさえ身一つで耐え得るのだ。
然し、それなら何故、自分は震えているのか――村雨は異常に気づきながら、それを抑える手立てを持たなかった。
「馬鹿、そんな事してやらないわよ。残酷大いに結構、文明人気取りこそ、そういうのを喜んでくれるんだから。
……だから、あんたが決めやすいように、ちょっと人を呼んできてあるんだけど」
「人? ……!」
ルドヴィカは村雨に、長く考える時間を与えなかった。
人の街の中に居る時は、あまりに多量の臭いに囲まれているが――その一つ一つを意識すれば、記憶と照合する事は出来る。
つい最近、知ったばかりの臭いが有った。それはあまりに多くの、血の臭いと共に記憶したものであった。
「……あなた達はっ……!」
大藤が押し入り、凶行を働いた一家――の、両親である。
厳めしい顔立ちの父親と、その数歩後ろを歩くのが似合いそうな慎ましい母親の二人が、ルドヴィカから暫く遅れて歩いてきたのだ。
村雨は、跳ねるように立ち上がり、彼等へと駆け寄った。それから――
「ぁ――」
何を言えば良いのか、分からなくなった。
目の前に居る人間は、健康そのものの顔で歩いている。
だが、衣服の下、恐らくは傷も残っていないだろう体が――どんな風に斬られていたか、村雨は知っているのだ。
彼等は、一太刀で殺されはしていなかった。
腕や脚へ斬り付けられ、一部は完全に切断されていながらも、急所を狙って刺されたりはしていなかった。
だから、村雨とエリザベートは間に合ったのだ。
大藤は――街で偶然にでも見かけたか――気に入った女の家に押し入り、その両親を〝直ぐには死なない程度に〟斬ってから、見せつけるように女を犯したのである。
その時、大藤は、赤心隊の証である、赤い羽織を纏っていた――村雨が今羽織っているものと全く同じに。
人は、知らぬ人間を、個人として判断しがたい。その人間が所属する集団を、まずは判断の基準とする。
〝所属は同じ〟〝あの悪名高い赤心隊の一人〟――村雨は、自分に冠される称号が何か、嫌という程に分からされたのだ。
「――ごめん、なさい」
その声は、当人が思う以上に小さかった。
四つの目が何を想っているかも読み取れず、為に目を逸らす事も出来ず、不動のままに村雨は、呟くように詫びていた。
微かな、風にも掻き消される程の声。
それでも、この静かな冬の昼過ぎには、十分な声であった。
「ごめ、……な、さ」
「………………」
初老の夫婦は表情も変えず、何も言わず、ただ立っている。
その目が――何も語らず、見る者の思いで解釈の変わる目が、村雨を苦しませ責め立てる。
夫婦が何を言うまいと、或いは言ったとしても、村雨はそれを、自分を詰る声と受け取っただろう。
詫びねばならない。
詫びて、彼等の納得の行くように、大藤の処遇を説明しなければならない。
そして、その後は実際に、自分が指示を出してその通りに――
説明? まだ何も決まっていないのに?
村雨はまだ、どうしていいか、分からずに居た。
だから、差出せる言葉は、「ごめんなさい」以外に何も無かった。
狼狽えながら、出来るのは踏み止まる事だけ。
口から無意味な音を発しながら、村雨はそこへ留まっていた。
「……お話しした通り、彼女が私達の上役です――貴方達のような人を、二度と出さない為の」
代わりに言葉を綴っていたのは、ルドヴィカであった。
「こんな小さな子がかい……?」
「私とそんなに歳は変わりません。寧ろ……見て来た物は、私より多いかも知れません。私は信用に値しない人間ですか?」
「……いいや」
ルドヴィカは、村雨をしてそんな顔が出来たのかと思わせる程、真摯な顔で、初老の夫婦と向き合っている。
黙し、村雨を見ている時に比べて、横からルドヴィカが声を掛けた時の夫婦の表情は、ほんの少しだが和らいでいるように見えた。
「……ルドヴィカさん、それでも私達は」
「貴方達が、許せないのは分かります。……私は、許して欲しいのではない。ただ、貴方達に知って欲しいだけです。
これまでの彼等――赤心隊は、ただのけだものの群だった。けれど彼女は、獣の姿をしていても、そういう生き物じゃない。幼くても、力や知恵や経験が足りなくても、私や他の誰かより、よっぽど先へ進んでいける――〝人間〟です。
……ずるい言い方だとは分かっていますが、私を信じるように、村雨を一度だけ信じてください」
そしてルドヴィカは、夫婦の正面に立ち――村雨へ向けられる視線まで、全て受け止めるようにして言った。
夫婦の目に宿る諦念――何も変わらない、変えられないという思いや、理不尽に対する怒りが、僅かにでも薄れるまで。
弁舌でなく、真摯さだけを掲げて、ルドヴィカは場を繋いだ。
「村雨、この方達は――」
「……うん」
この二人が誰か――無論、村雨は知っているし、その事をルドヴィカも知っている。
ルドヴィカが村雨に伝えようとしたのは、自分が何をしたかであった。
顔を見れば、分かる。
見ず知らずの他人、形式上ではあれど自分の同僚が酷く傷つけた相手と、打ち解けるのは簡単では無い。
「――なら、分かるわね」
だが、ルドヴィカはやってのけた。
その上でルドヴィカは、後を村雨に託したのだ。
応えねばならぬ。村雨がそう思った時には、喉のつかえは取れていた。
「……ごめんなさい。今回の事も……今までの事も。赤心隊が野放しにされていて、あなた達だけじゃなく、沢山の人を悲しませました。これからは私が……それを、させません。今回の犯人には、罪を償わせます。それがたとえ、どんな形であっても、必ず」
それが、自分のやる事だ。
望むも望まないも無い。誰かの上に立つという事は、それだけの責任を負うという事である。
なら、受け入れてやる。
自分は群の長になる。
「私が居る限り、もう誰にも――私の部下にも、他の部隊の兵士にも、絶対にこんな事はさせません。その為にも犯人には、あなた達の苦しみの、ほんの一部だろうと知って貰います。……あなた達が厳罰を、望もうと、望むまいと」
冴威牙のように、部下を野放しにして、欲で繋ぎ止める形では無く――
力と規律で律し、己が意思で動かす、一個の生物が如き群れへ。
それはどれ程に傲慢な決意であるだろう――多数の意思を、自分の思うが侭に動かしたいなどと願うのは。
だが、村雨は、それを願うだけの身勝手さを得た。
自分が正しいと思う事を為す為に、他者の意思を押さえつける――それが村雨の、師から学んだ、そして愛しい人から学んだ〝強さ〟であった。
「……私達が、彼を許してやれと言ったら?」
夫婦の、妻の方が、囁くように訊ねた。
「聞き入れられません。あなたの優しさを無駄にするようで、本当に申し訳ないですが……許したら、また同じ事が起きる」
村雨は、もはや躊躇もせずにそう答えた。
そして、知っている。この夫婦が、大藤を――犯人を許す事は、絶対に、無い。
けれどもこの夫婦の口から、「犯人を罰しろ」とは言わせたくなかったのだ。
既に多くを奪われた一家に、今また〝誰かを殺させた〟罪を背負わせたくない。
そう決めて村雨は、聞き入れぬと――微笑みさえ浮かべて、言ったのだ。
「……ルドヴィカさん。あんたに聞いてたのとは、ちょっと違うな」
「でしょう。もう少し、骨が有る」
夫婦の、夫の方が、首を左右に振りながら言う。
聞きようによっては、非難する言葉にも取れるのだが、ルドヴィカはまるで悪びれず言うのだ。
「ははっ……ああ、確かに」
そうして、自らと妻を刃で斬られ、娘を暴行された初老の男は、村雨とルドヴィカに背を向ける。
「頼むよ、お二人さん。私達は疲れた、今は安心して眠りたいんだ……」
「はい、絶対に……絶対に、静かに眠れる洛中を、私が」
遠くなる背は、小さく、弱かった。
その背が見えなくなるまで、村雨は頭を下げ続けて――
「ルドヴィカ、文章を作って」
「はいはい、内容は?」
「大藤の――獄門の、執行命令」
声には未だ、強張りが有った。
然し表情の影は薄れ、代わりに、強い意思が宿っていた。
これは自分が決めた、と。他ならぬ自分が決定し、誰かの命を奪うのだと知って、だがそれを畏れぬ顔。
「ルドヴィカ」
「……なによ」
「ありがとう」
早足で先を行く村雨の後ろで、ルドヴィカは空を見ていた。
予想外に、率直に告げられた礼が気恥ずかしく、少し頬が紅くなるのを自覚しながら、
「……別に、いいわよ」
それだけを答えて、村雨を追いかけていった。
その日の内に、大藤への刑は執行された。
斬首。
胴は、新刀の試し切りに用いられた後、埋葬ではなく、焼いて灰にされ捨てられた。
その首は獄門台に乗せられ、三条河原に晒される。
全ての過程を村雨は、目を逸らさずに見届けた。
村雨の横にはルドヴィカ・シュルツが、一言も発さぬながら、やはり全てを見届けながら、傍に居た。




