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積み重ねのお話(1)

 何時までも続くのではないか――そう思う程に、この年の冬は長い。

 年が開けてから二度、朔の夜を迎えた。だが、未だに寒さは底を見ず、日に日に冷え込んでいくようだ。

 雪も降る。

 数か月の間、雨は降らず、ひたすらに雪だけが空から降りてくる――それ程に、暖かい日というのが希少であった。

 そんな冬の中でも、特にこの朝は、雪が多く降った。

 洛中で商いを営むひさは、ぎぃぎぃと柱が音を立てるのを、憂鬱な気分で聞いていた。

 雪が積もって、重さで家が軋んでいるのである。

 屋根に上がって雪を降ろさねばならないが、然し五十を過ぎた老体には、些かならず重労働。店の者を使うにも、力の有る男衆は、止まり込みでなく通いであった。

 そも、屋根が広い。民家の五つや六つを足した広さは有るのだから、積もる雪も必然、多くなる。

 近所の誰かに手を借りねばなるまいか――払う銭やら、喰わせる飯やらの算段を立てていた久は、店の外で何やら、がやがやと声がするのを聞き付けていた。


「すいませーん」


 冬の日の出は遅い。日が山から昇り切るか、まだ登らぬかの頃合いである。この時間に訊ねて来る者も珍しい――久は油断無く、戸に開けてある覗き穴から、外の様子を窺った。

 其処に居たのは、赤い羽織を纏った、灰色の髪の少女であった。


 ――赤心隊か。


 久は、羽織に見覚えが有った。赤地に金糸の伊達な刺繍は、赤心隊の揃いの衣装である。

 酷く、評判の悪い連中だ。

 飯と酒の代金は踏み倒し、気に入らぬ事があれば男に喧嘩をふっかけ、女をかどわかす。兵部卿、狭霧和敬の私兵と言うと聞こえも良いが、その実は山賊の集団とさして変わらぬ連中だ。

 そんなものが、自分の店の前に居る――久の顔は、酷く強張った。


「すいませーん」


「……どないしはった」


 居留守を使って、戸を蹴破られても困る。久は先んじて、慳貪な声を返した。


「屋根の雪、貰ってきまーす!」


 すると、灰色の髪の少女は、そんな事を言ったのである。


「……はぁ?」


 言わんとする所が理解できず、久は思わず、聞き返していた。

 答えは戻らず――代わりに幾つか、屋根に飛び乗る音が有った。

 そして、直ぐに、賑やかになる。

 屋根の上に登った数人が、雪をぐいと押して、屋根から路上へと落として行くのである。

 外に居れば、その作業の手早さに圧倒さえされただろう。屋根の上にこんもりと、子供の膝程も積もっていた雪は、忽ちに降ろされてしまい、


「よーし、頂いてっちゃおーう!」


「うーすっ!」


 少女の号令に、野太い声が幾つも応える。

 久は思わず、戸を開けて、そこから上半身を通りに出し、表の様子を覗き込んだ。そうすると、なんとも勇壮な光景が、眼前に広がっていたのである。

 其処には何時の間にか、赤羽織の男が十人以上も集まって、荷車に雪を積み上げていたのである。

 荷車自体が、かなりでかい。とは言え、大量に降り積もる雪の全てを乗せていける荷車など、この世に存在しない。屋根から雪をおろし、通行の妨げにならぬように道の脇に寄せ、それでも余った部分を、荷車に乗せているのだ。

 その荷車を、牛に繋いで引いて行く者もいた。自分で引いて行くという、人離れした怪力も居た。

 だが――人離れは当然の事。彼等は皆、一様では無いが、人と離れた姿であった。

 上半身裸に、羽織のみという大男が居たが、彼の上半身は真っ黒の体毛に覆われ、腕も極端に太く、爪が分厚くなっている。

 雪がたんと積もった荷車を、やすやすと引いている男は、筋肉質の胴体の上に、虎の顔が乗っかっている。

 両手にそれぞれ一本ずつ、縄を持って二頭の牛を引いている男が居たが、彼の頭自体に、牛のような湾曲した角が生えているのである。


 ――亜人。


「ひっ……!?」


 久は驚き、後ずさって、危うく引っ繰り返りそうになった。

 腰を板間に打ち付けそうになったが、支えられ、ふわりと床に降ろされ――何時の間にか灰色の髪の少女が、久の背後に回り、受け止めていたのだ。

 だが、助けられたという事に気が回らぬ程、久は動転していた。

 久はどうにも古い人間であった――為に、亜人に良い感情を抱いていなかった。

 亜人は、人では無い。むしろ妖怪変化の類に近い――事実、姿を見るとそうかも知れない。そして亜人は、人間を攫ったり、或いは喰らったりもするのだと、久は信じている。

 確かに昔はそういう事もあり、日の本でも、ある程度以上の世代の者は、そうして亜人を敵視する。寧ろ久の反応は、極めて常識的な物であったのだが――


「ねえ、おばちゃん。この辺りで、他に雪おろしとか困ってそうな人、知らない?」


 久の転倒を支えた少女は、久を座らせると、その正面で膝を曲げて訊ねた。

 その首やら、羽織の下に除く腕やらが、頭髪と同じ灰色の体毛で覆われている。

 朗らかな口調だが、開いた口の中に並ぶ歯列は、牙と呼べる程に鋭い。

 久は恐れ戦き、素直に、少女の言に従う――つまり、他に老人が独り暮らししている家を、思いつく限り指差したのである。


「ん、ありがと! ……みんなー、手分けして行くよー!」


「おーっ!」


 すると少女は、周りの男達にそう指示を出して、自分も颯爽と、近くの家の屋根に飛び乗って行く。

 あっという間に、赤羽織の集団は、久の視界から消えてしまった。

 まさに突風の如き早業。早朝より、亜人の群に怯えさせられた久としては、溜まったものでもなかったが――


「……銭、浮いたなぁ」


 ――すっかり軋まなくなった店の柱を見ると、文句の声も引っ込むのであった。






 名高き首晒し場の三条やら、刑場である六条はさておき、その間の五条河原は、陽気な所である。

 軽食を楽しめる店やら、茶を飲める店やらもあれば、女を買う店も――加えて言うに男でも――有る。

 ここから一里も歩かずに、朱雀野は島原の、お高く止まった遊女屋にも行ける。が、それより格の劣る、例えば江戸で言うなら〝夜鷹〟か――そこまで金をケチらずとも安く一夜の相手を探せるのが、この辺りだ。

 とは言え、広い事も有るし、人が集まるなら店も集まるのが常。雪さえなければ、屋台の一つや二つ、常に出ているだろう。

 つまり、歓楽街であるし、だが健全な遊びの場でもあるのだ。

 尤もここ暫くは、雪も多いし、何より洛中が戦の最中である。人はいるが、秋までの盛況ぶりは影を潜めている。

 そういう場所が、今朝は少しばかり賑やかだった。


「はい、ほうこーく!」


 雪が小高く積み上がったその上で、村雨が、赤羽織姿で座っていた。

 早朝からあちこち駆けずり回ったが為か、息が白くなる程の寒さの中でも、かなり汗を掻いているのが分かる。

 だが、目を惹くのは、そこではなかった。

 姿が〝普段〟と明らかに異なっているのである――いや寧ろ〝普通〟と異なると言うべきか。

 村雨は袖無しの羽織のみを、帯も結ばず、直に上半身に被せていた。

 それだけを聞けば、さぞや寒かろうとも思えるのだが、実際に村雨は、寒さを感じていない。

 村雨の上半身は、余すところなく、灰色の体毛に覆われていた。胸も腹も背も腕も、首まで――髪も心なしか伸びて耳を隠し、肌が見えるのは顔だけである。

 体毛は、それこそ野生の獣――ぶ厚く、寒風も雪も通さない、狼のもの。

 元より日の本など比べものにならぬ、凍土に生きる種族。洛中の寒さなど、この姿になれば、どうという事も無いのだ。


「四条の雪降ろし回り、あらかた仕上がりました! ……多分!」


「〝多分〟は不安だなー……昼くらいにもう一度、誰か見に行ってきてくれる? それまでに雪降ろしが終わってない、出来るだけ屋根の広そうな所を探して」


「小さい家はいいんで?」


「屋根に対して柱が多くなるからね」


 村雨が指示を飛ばしているのは、同じく赤羽織を着た――男が十二人、女が二人。うち一人はルドヴィカ・シュルツで、残りは皆、亜人である。

 そして彼等は、己の姿を取り繕う事無く、亜人の姿そのままで動いていた。


「……はぁ、この人数で大したもんだわ。力仕事はお手の物って感じね」


 この群でたった一人の〝人間〟であるルドヴィカは、雪でかまくらを作って、その中で寒さを凌いでいた。

 彼女は力仕事が好きでないのと、この集団の中では非力な部類であるので、もっぱら〝広報支援〟に勤めていた。

 彼女自慢の写真機は、早朝から幾度も、白黒の写真を作り上げた。

 色は分からねども、羽織の模様は分かる。そして、被写体が純粋な人間ではなく、亜人である事も、見て取れるだろう。村雨はこれを、文章を一つ添えて、洛中にばらまこうとしていたのだ。


「で? 文面は、あれでいいの?」


「あなたに任せるって言ったじゃん、いいよ」


「……そういうのは信頼じゃなく丸投げと言う」


 かまくらの中、羽織を二枚重ねに縮こまるルドヴィカは、ふてくされたような物言いながら、まんざらでも無い顔をしていた。

 なんであれ、任されるのは嫌いでない――認められたと同義だから。そういう性格をしているのが、ルドヴィカである。


「まずは地味な事からでも良し。何せ私達、見た目が見た目だからね。普通の人が良い事するより目立つだろうし――まあそれに、乗る人数は多いと思うよ?」


「……何考えてるかはよく分からないけど、まあいいわ……せいぜい乗ってやろうじゃない」


 寒さと戦いながら、ルドヴィカは、瓦版に刷る文面を練っていた。




 そして、その日の午後には、もう仕上がった瓦版がばら撒かれたのである。

 その文に曰く――


『功徳を積むに遅いという事は無し。思い立ったその時こそ、功徳を積むべき時なり。

 神仏世に幾千幾万有れど、善行を憎み悪を助く神、決して多からず。

 洛中の降雪、甚だ大なり。幼子、翁媼、能く屋根に上がらず。捨て置けば積雪、柱を折り、天板を突き破り、寝床に降り注ぐを免れ得ず。

 心を痛むる事頻り也。

 故に赤心隊、村雨以下十四名、己が為に功徳を積まんと欲す。

 腰痛、肩痛有る者言うに及ばず、非力、病身、身重と問わず、五条河原に訴状来たらば、群一個、速やかに赴く也。

 されど我ら、寡兵也。

 願わくは仁者義士、志を同じく、己が功徳を積むが為に、偽善を為さんと欲すべし』



「あなたは相変わらずのひねくれだねぇ、ルドヴィカ」


「うっさい」


 出来上がった文面を、一通り声に出して読み上げて、村雨は笑いを堪えられぬといった様子を見せた。

 そしてまた、部下を引き連れて、雪降ろしの押し売りに出かけるのであった。






 雪とは厄介な代物である。

 雨水が、水溜りになり、地を流れ、沁み込むのと同様に、雪もまた、性質を留めずに在るものだ。

 例えば、空から降って来たその時は、雪は軽く、指先に溶ける。

 それが積もってしまうと、互いの重さで圧縮され、ぶ厚く、そして簡単には溶けなくなる。

 が――日光に照らされれば、表面が溶け、長時間それが続けば、雪もすっかり水になってしまう。

 さて、ここで面倒なのが、日射時間が不足したが為、本当に上っ面だけが溶けた場合である。

 積もった雪の上っ面が溶けると、無論それらは水になり、雪に沁み込んで湿らせる。

 湿った雪が再び冷やされるとどうなるか――氷になるのである。

 然も、水が中心まで沁み込んでいれば、それこそ根の深い氷の塊が仕上がる。こうなると、鋤やら鍬やらを持ち出さねば、雪を退けるのにも苦労するようになる。

 午後の洛中の雪は、丁度、そういう性質の硬い雪であった。


「ひーぃ……畑仕事とは勝手が違うよこれ……ったたたたた」


 洛中では珍しい、家が幾つも連なった長屋。その屋根の上で、蛇上 離解りかいが腰を抑えていた。

 村雨が亜人を集めようと思い立って、まず選んだ最初の三人の内の一人――妻に逃げられた父親である。

 彼は、羽織を二枚も重ねている上に、羽織の下もかなり着ぶくれしている。今日は〝蛇〟には寒すぎる日なのだ。

 疲労した体を引きずるようにして、離解はかまくらの中に逃げ込み、休憩を取ろうとしていた。

 腰を折り曲げ、狭い入口に潜り込もうとする――


「……おや?」


 ――と、先客がいた。

 修道服の、小柄な女。背丈は村雨と同じくらいで、骨格がかなり細目に出来ている。

 女とは表したものの、顔立ちに現れている年齢は、少女と成人の間ほど。髪は黒いが、日の本の人間の黒さとも違い、そして肌は蝋のように白かった。


「失礼、お邪魔していました。……今日は寒いですね」


「ですねえ」


 かまくらの中には、背の低い椅子が二つばかり置いてある。女は片方に座っていたので、離解はもう片方に座り、


「……いや、待った。寒いのはそうとして、あんた――」


 直ぐに立ち上がり、己の目を擦った。

 目の前の女は、首から十字架を下げている。その顔に、離解は見覚えが有った。

 政府軍の兵士の前にも幾度か、慰問の為、負傷者の治療の為、その姿を見せていた女――


「――っ、ちょ、お嬢! おじょーう! ちょっと来てくれお嬢ー!」


 足を縺れさせながら、離解はかまくらの外に出て叫ぶ。

 丁度その頃、村雨は、積み上げられた雪の山の上で、これを何かに使えぬものかと思案している最中であった。

 部下として選んだ亜人達の一人が、冗談めかして村雨を『お嬢』と呼んだが為、その呼び名が定着してしまったのがもっかの悩み。慣れぬ呼び名を聞いた村雨は、雪山の上から跳んで、数間離れた離解の傍に立った。


「蛇上さん、どうしたの?」


「お、お客さんなんだが――その、なんというか、っと」


 狼狽極まれりといった風情の離解は、数度の深呼吸を経て、やっとその先の言葉を繋ぐ。


「拝柱教の、エリザベートが来てる」


「……はあぁ!?」


「なんでまたこんな所に……問い質すのも忘れてたけど、あれは――」


 其処まで言った時には、既に村雨は、雪を蹴立てて走っていた。

 石が水を切って跳ねるように、踏みつけた雪を粉状に舞い上げながら、村雨は忽ちに、休憩所代わりのかまくらに辿り着く。

 〝大聖女〟エリザベートは、行儀よく手を膝の上に置いて、椅子に座っていた。


「こんにちは、少々お邪魔していまして――あら」


 誰か、場の責任者が戻るのを待っていたのだろう。村雨が来ると、エリザベートは軽く頭を下げた。

 そして直ぐに――村雨の顔を思い出したのだろうか。口元に手をやって、驚きに零れ落ちた言葉を隠すようにした。


「お顔の傷は、残らなかったようですね。良かった、女の子の顔は大事にしないといけませんから」


「……良く覚えてるもんだね」


「ええ、私が治した人の顔は覚えています。それ以上に、私が救おうとして、救えなかった人の事も、全て」


 かまくらから、雪積もる路上へ。エリザベートは出てきて、村雨の頬へ――いつかのように――手を伸ばした。

 村雨はその手から逃れるように後退し、左手をそっと、自分の鳩尾の高さまで上げた。

 この左手は、盾でもあり、剣でもある。有事の折にはこれを振るって殴りかかる事も、或いは相手の攻撃を防ぐ事も出来る。即ち、大仰では無いが、戦いの構えだ。


「警戒しないでください。私は貴女方に害を為すものではありません」


「それを信じられると思う?」


「……いいえ。貴女のご友人には、酷い事をしました」


 村雨は珍しく、警戒心を露わにしていた。

 数か月前、村雨は、エリザベートに会っている。人を集め、彼等の傷を癒している所に遭遇し、自らも怪我の治療を受けたのだ。

 触れただけで傷を癒すエリザベートの力は、もはや奇跡と呼んでも良い程であったが――然し彼女は決して、善だけを齎す存在では無かった。

 日を同じくして、雪月桜が、政府の兵士達と対峙していた。白槍隊の長、波之大江三鬼に苦戦する桜の前に、エリザベートは現れたのだ。

 そして、桜を殺そうとした。

 彼女自身が手を下した訳では無い。狭霧蒼空、兵部卿の娘に命じて、斬らせたのである。そして桜は重傷を負い、桜を逃がす為に村雨は、初めて人間を殺した。


「何をしに来たの」


 答えによっては――村雨は、冷静には居られなかっただろう。

 一つ間違えば、桜を失っていた。何か一つでも歯車が狂えば、村雨は、今此処に居なかった。

 ただ一人、大陸の凍土に戻り、心を凍て付かせて――息絶える日まで、ただ強者に噛み付く事だけを望んで生きただろう。

 その元凶が、目の前に居たのだ。


「……貴女が問いたいのは、その事ではないのでしょう」


 だが、エリザベートは――村雨の前で、涙を流していた。

 虚偽の涙では無い。嘘の無い、真実からの涙だと村雨が直感する程に、エリザベートの目は澄んでいた。

 頬に痕を残し流れていく涙は、雪の上に落ちて、消える。けれどもその後から、幾度も零れる涙は、払い切れぬ悔いを語っているように、村雨には見えた。


「私は黒八咫を――雪月桜を殺させようとしました。彼女は私の道に立ちはだかった、私が齎すだろう救いを妨げ、また人を殺した事を悔やむ事さえ無い。あのままならば彼女は、死後、救いを得られない。

 ……けれど、貴女が聞きたいのは、そんな答えでは無いのでしょう?

 私は、貴女の友人を傷つけ、貴女の心をも傷つけました。神は人を赦しますが、人は人を許せない……貴女に許されようなどと、身勝手な事を願いはしません。だから、せめて――ごめんなさい、貴女に謝らせてください」


「………………」


 これが、良心の呵責だとか、或いは打算だとか、そういう感情からの謝罪であったなら、村雨は何かを言い返しただろう。

 エリザベートの涙も言葉も、全てが真実から発せられている――村雨は直感的に、そう信じていた。

 エリザベートが涙するのは、〝己が許されぬ罪を犯した〟事ではなく、純粋に〝二人の人間を傷つけた〟事に対してなのだ。

 彼女は、底抜けの善人だ。

 そう悟った時、村雨は、何もできずに立ち尽くすだけとなった。


「……それで、貴女は」


 何をしに来たと、村雨はもう一度、問おうとした。

 するとエリザベートは、袖をぐいと捲り、白い腕を冬の寒気の中に晒して、


「よい行いの、お手伝いがしたいのです」


 それが心底嬉しいのだろうという風に、笑った。

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