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群れのお話(2)

「という訳で、今日からあなた達の上司になった村雨です、宜しく。あと横のこいつはあなた達の同僚ね」


「ルドヴィカ・シュルツです。悪行三昧はバッチリ取材して歴史に残して行こうと思うので、悪しからず」


 その日の昼過ぎには、村雨は、赤心隊の隊舎に居た。

 隊舎とは言うが、二条城の一室である。荒くれ者という事で、城の重要な機能からは遠ざけられ、端も端の、倉庫のような場所に位置した部屋である。

 畳の枚数にして三十畳とそこそこの広さでは有るが、二十人近い荒くれを囲うのに十分な広さかと言えば、否であろう。

 ともかく、そういう所で村雨とルドヴィカは、これからの同僚達に挨拶をしたのである。

 無論、不平の声が、ぐわっと立ち上がった。


「隊長! なんでこんな餓鬼が!?」


「そうだそうだ、しかもこいつはあの時の、酒屋に肩入れした異人の餓鬼じゃねえっすか!」


 反発は、かなり強い。元々、既存の風習に抗うのが趣味であるような連中なのだ。

 自分達の意思でなく、上から押し付けられた上司を認めろというのが、彼らには無理難題とも言えよう。

 然し、指差して直接謗られようと、村雨は涼しい顔をしていた。


「んー……ねえ、冴威牙だっけ」


「隊長様だぞー、敬えよ馬鹿」


「隊長様の冴威牙、この人達大丈夫なの?」


 少なくとも、形式上の上司を敬うそぶりは見せず、村雨はそう言った。


「大丈夫って、何が」


「だって、白槍隊って人達と比べると、なんだか弱そうだし……」


 白槍隊は、皇都守護の最精鋭である――つまりは日の本一の戦闘部隊である。

 それと比べれば、どの部隊だとて数歩見劣りはしようが、そういう事では無い。

 何かに比べてこの集団は劣ると、村雨ははっきり口にしたのだ。


「……お前、そういう事をなぁ」


 冴威牙が呆れるが、それより早く、赤心隊の隊員達が沸騰する。


「どういう意味だ!?」


「冴威牙はともかく、他の……えーと、ひのふの、二十人くらい? これだったら、私一人で勝てそう」


「んだと!?」


 沸騰した頭に、更に煽りを被せて行く村雨である。流石に、横に立つルドヴィカが不安になり、耳元に口を寄せた。


「あんた、今日は無茶を言い過ぎじゃないの?」


「……まあね、うん、自覚はしてる」


「もうちょっと猫被ってなさいよ」


「最初だからね、しっかり驚かせておかないと。最初で黙らせたら、後は何してても許されるもんだし」


 村雨とて、元々は大言壮語を好む性質では無い。

 だが、自分はそれだけの力が有るのだと、はったりでも良い、相手に信じ込ませる事が大切だとは知っている。

 そのやり方が少々、集団に合わせて荒っぽくなっているのと――


「それにまあ、勝てるとは思うし」


「……なーんかあんたむかつくわー」


 自分の力への信頼も、また理由の一つであった。

 隊員達が、怖い顔を作って威圧をするが、それに怯える村雨でも無い。平然と受け流し、相手を下に見るような言葉を返す。

 その内、幾人かが激昂して――


「よーし分かった! そんだけ言うならやってもらおうじゃねえか、副隊長様!」


「あ、おい、待てよ」


 ついに誰かが、村雨の望む言葉を吐いてしまう。冴威牙が止めようとしたが、もう手遅れだった。

 言った瞬間、ひょう、と風を斬る音。

 村雨の靴が床を離れ、真っ直ぐに、そう言った隊員の顎へと向かったのだ。

 かつっ、と軽い音がした。

 隊員の顔が天井を向いて、それからぴんと足を伸ばし、最後には棒切れのように傾く。

 彼が床に倒れるのと、村雨が弾かれたように走り出したのは、殆ど同時であった。


「あっ」


 誰かが、呆気に取られたような声を上げる。

 不意打ちで村雨が、一人を蹴り倒した――次の瞬間には、猛然と逃げ出していたのだ。


「待っ、待てこらああぁっ!」


 無論、黙っていられる程、血の気の無い連中でもない。

 手に手に、手近な武器を掴んで、村雨が走って行くのを追いかけはじめる。


「だーかーらー、お前達も待てっての……ああくそ、聞いてねえ」


「……冴威牙様、追わないのですか」


「追わねえよ……お前は追いかけてえのか?」


 動かないのは、冴威牙と紫漣、それから逃げ遅れたルドヴィカくらいのものである。

 やがて、廊下の向こうから、隊員達が城の者とぶつかって転倒したり、悪態を吐く音が聞こえて来て、


「……馬鹿連中が……してやられたな」


 冴威牙は、知らず知らずの内に、楽しげな口振りになっている。

 それを見る紫漣の目だけが、何にも増して冷たく凍り付いていた。






 隊員達は、村雨を追った。

 然し、何処まで探しても見つけられない。

 城の者の話を聞いて回ると、城の外へ出たのかも知れない。

 だが、城の外で話を聞こうとすると、ろくな情報が見つからないのだ。

 無論、赤心隊が鼻つまみものであるというのも、目撃情報集めの障害にはなっているが――


「あの餓鬼、何処に行きやがった!」


 隊員の一人、磯貝という男が悪態を吐く。

 昼過ぎから追いかけはじめて、気付くと日が山の向こうに沈んでいる。茜色の空がじわじわと、黒に取って代わる時間である。

 侮られ、仲間を蹴り倒された。その落とし前は、しっかりと着けねばならない。

 世間から爪弾きにされているからこそ、仲間内での結び付きは強いのである。逃げ出した村雨が、例え少女であろうとも、一切の加減無く、手酷い目に遭わせてやらねばと、磯貝は考えていた。

 とは言うものの、やはり何処を探しても見つからないのである。

 この時間から、また洛中を歩き回るのも大変だと、磯貝は路地を通って二条城へ戻る最中であった。

 不意に、磯貝の体が後ろへ反り返る。


「……っ!?」


 叫ぼうとするが、声が出ない。首に、腕が巻き付けられているのである。

 恐ろしく強い力だ――指を割り込ませる隙間も無い。

 そして、きっちり気道も血管も、どちらも押さえつけているのだ。

 呼吸が出来ない。

 血が脳に回らない。

 あっという間に、磯貝は落ちた。

 その体が、地面に叩き付けられないように、村雨は後方から両脇を抱えて持ち上げ――


「よし。ルドヴィカ、こいつお願いね」


「はーあ……はいはい、分かったわよ」


 これで二人目と、指を負って数える。

 物陰に隠れていたルドヴィカは、写真機を構えて立っていた。






「た、たた、隊長! 隊長ってばぁ!」


「んだよ、煩っせえな……俺は昼寝中だっての」


「冴威牙様、もう夜ですよ。そろそろ起きてくださいませ……もう」


 隊員の中でも特に若い、まだ少年と呼べるような顔の一人――津桐が隊舎へ駆け込んできた時、冴威牙は紫漣に膝枕をさせて、眠そうな目を擦りながら天井を睨んでいた。

 紫漣が、冴威牙の額や頬を撫でている。起きろとは言っているが、手は裏腹に、甘やかすようにして、自分の膝の上から逃がすまいとしている。

 そういう所へずかずかと上り込んできた津桐は、かなり息を切らしていた。


「いっ、磯貝が!」


「病気でも貰ってきたか?」


「やられたんっすよぉ!」


 途端、冴威牙の上体が、打ち出されたような勢いで起き上がる。


「今、こっちに運んでますから、良いから見てくださいよぉ! ああ、ちくしょう、ちくしょう……」


「……生きてんのか」


「生きてますけどぉ!」


 荒くれ者という事もあり、殴った殴られたは日常茶飯事の赤心隊である。

 にも関わらず、津桐は随分と取り乱しているように見えた。

 異常である――そう感じた冴威牙は、羽織を肩につっかけ、廊下を早足で歩いて行く。三歩遅れて、紫漣が、それを追う。

 廊下は、いやに静かであったが、夜ならば平常の事かも知れない。

 寧ろ、静寂を奇妙であると考えてしまう、自分達こそがおかしいのではないか――そんな事を冴威牙は思った。周囲に違和を感じる時は、大概、何かが起こっている時なのだ。

 そうして廊下を歩いて行くと――戸板に乗せられて、運ばれてくる男が有った。


「……おんや、まぁ」


 冴威牙は気の抜けた声を発していた。

 戸板に乗せられているのは、磯貝という隊員――短気な男である。

 それが、褌一丁にされて、気絶しているのだ。

 目立った傷は無い。首に少し痣があるが、その程度である。

 だが、揃いの軍装は全て剥ぎ取られて、褌だけにされた姿は、かなり滑稽であった。

 始め、冴威牙は、口を開けてそれを見ているばかりであったが、


「……っくく、くくっ……ぶふっ、ひ、ひ……」


 やがて、堪え切れない笑いを零し始める。

 口を手で抑えているが、それで封じ切れるものでは無いのか、手の隙間から笑声が漏れ出す。

 そして、その内に抑えるのも面倒になって、とうとうげらげらと大声で笑い始めた。


「ぶあっはっはっはっはっはっは! やっべえ、やられてんじゃん! やっべえ!」


「隊長、笑いごとじゃないでしょう! 舐められてんですよ俺達はぁ!」


 腹が立つのも行き過ぎたか、津桐は、半泣き半怒りの顔で叫ぶ。

 それでも冴威牙は、笑うのを止めない。腹を抱え、床の上でのたうちまわり、足で床板を幾度も蹴り叩いた。

 隊員達も、何を言えばいいのか分からず、おろおろと見ているばかり。

 たった一人、違う表情をしているのは、紫漣くらいのものだろうか。褌以外を剥ぎ取られた磯貝に、侮蔑と憎悪の入り混じった目を向けているのである。正確に言うと、磯貝を通して、その向こうの誰かに、そういう感情をぶつけようとしているようであった。


「ああ、悪い悪い。こいつもほっときゃ起きるだろ、起きたら適当な服をくれてやれ。……おい、紫漣!」


「は、はいっ!」


 やっと笑いが収まったと見えて、冴威牙は涙を拭きながら立ち上がる。呼吸を整えると、恐ろしい目をしている紫漣の後ろに立ち、名を呼びながら肩を叩いた。


「飯喰いに行くぞ!」


「はいっ! ……はい?」


 反射的に返答してから、紫漣は、冴威牙の言葉の自由さに気付いた。

 この状況で、食事に出るという。然も名を呼んだのは、紫漣だけである。

 隊員が襲撃されている状況で、果たして何をしようというのか――

 だが、紫漣にとって、最も重要なのは、其処では無かった。


「あっ、あのっ、冴威牙様。それは、つまり、私だけを……?」


「おう。他の連中は、あの狼探しで手一杯だろ? だからお前だけ連れていく。何か用事でもあんのか?」


「いっ、いえ! 決してございません!」


「うっし、決まり!」


 紫漣の注意はこの時、〝同行者が居ない事〟だけに向いていた。

 僅かにでも知を巡らせられる人材が、この時、赤心隊から消失したのである。

 そして、心此処に在らずの紫漣の手を引いて、冴威牙は意気揚々と城の門へ向かう。


「隊長! 何処行くんすか、隊長!?」


「明後日の昼くらいには帰るからよぉ、留守番頼むわ!」


 頬を化粧も無しに赤く染めながら、上の空の紫漣を連れて、冴威牙は夜の洛中へと消えてしまった。

 こうして赤心隊の面々は、己等のみで、襲撃に備えねばならなくなったのである。






「いいか、必ず二人一組で動くんだぞ! 見つけたらまず、誰かに知らせろ! いいな!」


「おうっ!」


 二条城の外――赤心隊の隊員達が、気勢を上げている。

 磯貝が襲撃された場所から、円を広げるように進んで行って、村雨を狩り出そうというのだ。

 この時の不幸は、彼等を指揮できる者が、誰も居なかったという事に尽きるだろう。

 ばらばらと散らばって行く隊員達は、とても統率が取れているとは言い難い。


「……しめしめ、良い感じに散らばってくれたじゃない」


 彼等が散らばって行く様子を、村雨は、二条城の屋根に上って見ていた。

 黒い布を頭からひっかぶり、瓦屋根の曲線に応じて身を伏せれば、とても地上から見上げて発見できるものではない。

 そうして、赤心隊の面々が、城から全部出払ってしまうのを待っていたのである。


「お腹もそろそろ空いたしなー……ここのご飯ってどんなんだろ」


 すっかり赤心隊が離れて行ってから、村雨は地上に下りて、二条城の正門から城内へ入って行く。

 磯貝から剥ぎ取った羽織と、村雨自身の灰色の髪は、十分な身分証として機能していた。






「……くそっ、何処にもいねえ! お前達はどうだった!?」


「こっちも見つけられねえ……ちくしょう、腹ばかり減ったぜ……」


 暫く時間が過ぎて、もう城内でも幾人かは就寝に入る頃合い。

 赤心隊の面々が、二人、或いは四人と、少しずつ戻ってきた。

 まだ全員は戻っていないが、もうじき揃うだろう。差し当たっての彼等の問題は、極まった空腹である。

 何せ昼過ぎから、延々と村雨を探して走り回っていたのだから無理も無い。疲労も溜まっているし、眠気も有る。

 睡眠は交代で取るとして、まずは食事だ。一人が廊下を走って、賄い方に、なんでもいいから食えるものを出せと要求に行った。


「米ぐらいは残ってっかなぁ……?」


「俺達が喰ってねえんだ、残してるだろ」


 隊舎とは名ばかりの大部屋に、今の時点で戻っているのは十一人。一人が食事を用意させに行っているので、城に戻っているのは十二人。あと六人ばかり、これから戻って来る筈だ。

 成果は無く、疲労ばかり――今日の収穫を考えると、余計に空腹が際立つ。そういう所へ、走らされた隊員が戻って来たのである。


「おい、ふざけてやがるぜ!」


「どうした?」


「俺達の分の飯は、もう片付けちまったとかほざきやがる!」


「なんだと!?」


 空腹は病と同じ、耐え難いものである。十二人は連れだって、廊下をどしどしと踏み荒らしながら、賄い方まで向かった。

 竈の火は落ち、調理器具も全てが丁寧に洗って仕舞い込まれ――この日はもう、これ以上の作業は行えまいという有様。成程、これなら片付けは済んだと見える。

 然し、それで収まらぬのが彼等でもある。片付けを済ませて帰ろうとする、初老の男に喰ってかかった。


「おい、おやじ! 俺達に食わせる飯はねえってのか!?」


「うん。そう聞いとるからね」


 初老の男は、さも当たり前のように言い返す。


「どういう事だ!?」


「あの羽織の女の子、おたくの新人さんなんだろ? あの子が来てね、今日は外で演習やって、そのまま食べてくるから、皆のご飯は要らないと。だからあの子の分だけ用意して食わせてやったよ」


「はあ!?」


 つまり、村雨の兵糧攻めである。

 堂々と城内に入って、自分の立場を悪用し、赤心隊が夕飯にありつけないようにした。

 やっている事は地味だが、然し、してやられた当人達としては、怒り心頭に発するものであった。


「お腹が空いてるなら、明日の朝飯は大盛りにしとくよ。お休み」


「ぐ、ぐうう……!」


 初老の男はそう言って帰って行く。

 赤心隊とて、流石に城内の台所事情を一手に仕切る男が相手では、それ以上強く出る事も出来ない。怒りは当然、策を弄した村雨に向けられる訳であるが――


「……おい!」


 隊員の一人が、顔を青ざめさせて言う。


「どうした?」


「先崎はどうした!?」


「あいつなら――」


 先崎――やはり、隊員の一人である。早い段階で二条城に戻り、待機していた十二人の内の一人だ。

 当然、賄い方へ文句を言いに出た時も、彼等と共に廊下を走っていたのである。

 廊下で横に何人もは並べず、確か一番後ろを着いてきていた筈だが――


「……居ない?」


 その姿が見えない。

 嫌な予感に駆られて、彼等は再び廊下を走って、大部屋まで戻った。

 開け放して出てきた筈の襖が、隙間なくぴっちりと閉ざされている。それを、手で開けるのではなく、足で思い切り蹴り破った。


「先崎……!」


 そこには、やはり褌一丁にされた先崎が、大の字になって泡を吹いているのであった。

 彼が、他の隊員の視界から外れて、それから今まで、どれ程の時間が有ったのか。

 少なくとも、遣り口は同じ裸締め。嘲笑うように衣服を剥ぎ取るのも、同じである。


「城内だ! 探せえ! 引きずり出してやらあ!」


 結局、彼らはまた、休む機会を失った。

 眠りもせず、飯も食わぬまま、夜を徹して村雨を探し回る。

 だが、村雨を見つける事は、ついぞ出来なかった。


「んー……後は明日でいっかぁ」


 一人だけ飯をたんと喰った村雨は、天守閣の屋根を寝台代わりに、夜空を天蓋に、すやすやと眠っていたのであった。

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