雪中夢のお話(8)
「おーうい、お客人。おーうい」
「ん……」
気付けば、朝になっていた。竈の火は消えているのだろうが、日差しが入り込み、家の中は十分に暖かい。風も吹きこまず、眠ろうと思えば何時までも眠っていられそうな朝である。
差し込む日の角度からすれば、もう十分に太陽は高く、外では女達が働き始める頃合いだろう。だが、昨日に続いて、今日も静かであった。
桜を、呼ぶ声がした。村長の晟雄が、桜を揺り起こしているのである。場が場であれば警戒もしようが、桜は不思議と、この村に馴染んでしまった。だから剣客らしからず、眠たげに眼を擦りながら体を起こした。
「……朝餉を、寝過ごしたか?」
「昨夜の鍋の残りなら、冷めてるがまだ有んぞ。まぁ、あんたの分だ、喰え喰え」
「おう、頂こう。どれ、お前も――」
寝覚めて早々、椀に入った汁物を晟雄が突き出してきた。受け取りつつ、隣に眠る筈の八重にも勧めようとし――桜はその時に漸く、何時の間にか自分が、一人で眠っていた事に気付いた。
横に寝ていた体は無く、常盤色の着物が一つ、体温だけ残して抜け殻になっている。胸の内に抱きしめていた為か、まだ、ぬくもりは抜けていなかった。
「……なんだ、風情の無い」
「俺の時もそうだった。朝方まで一緒に寝てはくれねえんだな、あの人。もうどっかを歩いてるか、山に戻ってるか、そんなとこだろう」
不満も未練もたんと溢れた顔で、桜は椀の中身を啜って、着物を持ち上げた。昨夜から、白拍子姿の侭だ。これでは落ち着かぬのか、少し丈が短いが、肩に着物を羽織ろうとした――その時、である。
閉じて捨て置かれていた着物の中に、何か、固く重いものが収まっている事に、桜が気付いた。腕を差し入れ、袖に内側で引っ掛かったそれを取り出した。それは、刀であった。
「ほう……」
鞘が、絢爛であった。
桜の持つ刀は、確かに見栄えもする名刀だが、根本的には戦いの道具である。
黒一色の鞘で、長太刀、脇差。短刀の鞘は、鋼そのままの色だ。対して〝この刀〟は、鮮やかに飾り立てた鞘に収まっていた。
黒漆を、重く固い木の上に蝋色塗りした、黒艶のある鞘。金属細工は細すぎず、流麗な絵を描く、見事な拵である。鮫皮を巻いた鞘が当世の流行りだが、これは、そういう造りでは無い。
流行りの鮫鞘は、ごつごつとして豪壮な、然し面妖な雰囲気を出すが、桜はそれよりも、鋭利な雰囲気の鞘を好んだ。その好みにぴたりと当てはまる、美女の流し目の如き、りんとした風情の鞘であった。
すぅ、と刀を引き抜く。鞘に擦れる事も無く、刀身は素直に顔を出した。これもまた、冷たい雰囲気の美人であった。
銀の光も眩い、曇り無き刃は、二尺三寸八分。細いとも広いとも言い難い、程良き幅の刀身である。角度を合わせると己の顔が、鏡より明瞭に映る程、磨き上げられている。
桜は、その切っ先に指を、つつと当てた。指の腹が切れて、たつたつと赤い血が刃に落ちる。斯様の悪癖を桜は持ち合わせていなかった筈だが――どうしてかこの時は、一刻も早くこの刃を、血で濡らしてみたくてならなかった。
「これも、お前の時には有ったか?」
「いんや。……ちきしょう、いいもんもらったなぁ、あんた。熊も切れそうじゃねぇか」
「全く。熊も、鬼も――そうだな、大蛇までも、叩き斬るだろうよ」
「あん、大蛇?」
「うむ」
晟雄から離れて、ひょうと一度、刀を振るった。重さは元より気にならぬ性質だが、兎角これは、良く手に馴染む。柄に巻かれた紐が指に吸い付いて、強く振っても抜けていこうとはしないのだ。
刃を見るに、そして指で試したところから察するに、良く切れるだろう。刀を持つ者であれば、人目で恋に落ちる程の名刀であった。
ほれぼれと桜が眺めていると、何時の間にやら音も立てず、戸に寄り掛かって八重が居た。常盤の着物は置き去りにして、襦袢一つだが、やはり寒そうな様子は見えない。
「呪切りの刀、我が身の写し、八竜の牙の一欠片。号するならば、そうさの……『言喰』とでも呼ぼうかの」
「それは、即興でか?」
「喧しい。名を与えて何が悪いかえ、名が無くては形も定かではあるまいに」
ことはみ、と。桜は舌に乗せて、その名を呼んだ。刀が喜んで艶を増したような、そんな気がした。
そうして、村を立つ事になった。
見送りは少ない。元より、村全体の客人という訳でもない。村長の家と、それから山で助けた狩人の家族と、それくらいである。
日差しは眩いが、やはり冬。風は冷たいし、積もった雪の上の方が、巻き上がって横っ面を叩く。桜の長い髪に、氷の粒がくっ付いた。
「世話になったな、全く」
「本当だが、こん余所もんが」
村長の息子、富而が憎まれ口を叩いた。だが、誰もが笑っていた。重く取り合うものでは無いのだ。
桜は、常の黒備えに着替え直して、その上に雪国を突っ切る為の装備を重ねている。外套やら脚絆やらかんじきやら、酷く膨れて不格好だが、兎角暖かい。
「……で? のったのったと歩いでさ行ぐ気が?」
「無論。余裕の無い往路だったのでな、復路は今少し楽しもうと思う」
傷も癒え、呪いも消えた。だが、雪は深くなった事を差し引いて考えれば、やはり江戸までは二十日を見るべきか。然し今の桜は、無理に馳せていこうとは思っていなかった。
いずれ、一時と休まらず駆ける時が来る。それまでに僅かでも、英気を養おうと――寄り道はせぬでも、無暗に焦らず。京まで、二月で向かう事を想っていた。
今は十二月の頭――向こうに着くのは、二月始めになるか、もう少し早くなるか。兎角、寒い頃合いになる筈だ。
「また、来ようと思う」
桜は、誰を見るともなく、皆に向けて言った。
短い滞在ではあったが、良い村だと思った。人は良く働き、川は澄み、山が豊かだった。土地に根付く魂が、懐かしい臭いを放っていた。桜は、己が何時か、また必ず、この土地を踏む事になると信じていた。
言葉を受け取った青前の者達も、それが当然だと言うように頷いた。この土地を離れた者も、きっと数百年の間に、何人もいたのだ。そして――その大半はきっと、生涯を終えるまでに一度、この村に戻って来たのだろう。
何も無い村だ。だが、何も変わらない事は、安らぎなのだ。長い生の間、ぶつかり、すり減った心を抱えても、在りし日の侭に迎え入れてくれる土地。それを人は、故郷と呼ぶのだろう。
桜は生まれた土地を覚えていない。だから何時か、この村に帰って来たいと、そう思った。
「俺が生きてりゃ歓迎する。ぽっくり逝っちまってたら、うちの馬鹿息子に任せる。婆あになる前に来い」
「爺に片足を突っ込んで何を言うか、精々長く生きていろ。お前の息子は私が気に入らんらしいからな」
桜の口調はおどけていて、それを聞いた周囲の老人衆が、身内にだけ見せるあけすけなやり方で笑った。誰を馬鹿にするでも咎めるでもないが、ただ、ただ、おかしいと笑った。
「お前は素直で愛らしいのだがなぁ……」
見送る人の中に、さきが居た。村長の娘姉妹の姉、引っ込み思案なほうだ。桜の目がさきに向くと、周囲が一歩だけ下がって、周りに隠れがちなさきを表に出す。
「ほれ、来い来い」
「………」
手招きをすれば、さきはそれに応じた。十三という歳の割りに小さな体、小さな歩幅で進み出ると、桜が屈んで迎え、抱きしめた。
「お前がどんな美人に育つか、見たいな。良く食え、良く働け、良く眠れ。不安は心の毒だ、楽しめよ」
「うん……」
桜の胸元に顔を埋めて、さきはぐすぐすと鼻を鳴らした。まだ幼く、別れに慣れぬ少女である。一月に満たぬ居候さえ、いなくなるのは悲しいらしかった。
しゃくりあげ、震える背を撫でてやりながら、桜はさきの髪を分けて、耳元に口をやると、
「で、あの男と子を為すのは何時だ?」
「ひゃえっ!?」
効果は覿面であった。涙も嗚咽もピタリと止まる――代わりに、酷く赤面する。口をぱくぱくさせる様子と合わさって、鉢の中の金魚のようだ。狼狽えるさきの背をもう一度だけ撫でてやって、桜は立ち上がろうとし――
「そういえば、さとはおらんのか」
姉妹の、やかましい方の所在を探した。賑やかな娘だ、いないとなれば寂しいものである。ぐうと伸びをして探してみようかと、そう思った桜がまだ姿勢も変えぬ内、ざかざかと雪を蹴立てて、とうの本人がやってきた。
兎角、真っ直ぐに進んでくる。雪慣れした足にかんじき、軽い体、足取りもまた軽い――というより、走っている。
中々にすごい格好をしている。桜が身につけているのと同じくらい分厚そうな外套やら、脚絆やら。もっこりと着膨れて、藁山が走っているようであった。
「おう、そこにいたか――」
屈んだまま、桜は手を広げて、受け止めようとした。さとの小さな体は、容易く受け止められる筈であったが――しかし、さとは止まらない。寧ろ桜を前にして、益々足を早めた。
「待ーてこらあーっ!」
「――っおおうっ」
さとの突進と、桜の踏ん張りと。最初に耐えられなくなったのは地面の雪で、桜は上手く自分が下になるように、飛び込んできたさとを抱えながら倒れこむ。
「なんだ、今から取っ組み合いか? ならば最後だ、存分に――」
「私も連れてけ!」
立ち上がりながら、さとが叫んだ。倒れた桜の上で立ったので、自然と踏みつける形になる。雪よりは硬い足場の上で、さとはぐんと踏ん反り返った。
仰天したのは村の衆である。だが、村長の家の者だけは、事前に聞かされていたのだろう、表情に意外なものは無かった。そして桜もまた、これを予想していたように、珍しく顔を全部使って笑ってみせた。
「連れていけとは、何処までだ?」
白々しく、聞いてみる。
「決まってるじゃない――」
そう、決まっている筈である。江戸を見ろと誘ったのは桜だ。だから、連れていってやろうと身構えていた。
「――京の都まで、連れてきなさい!」
「は……!?」
然し、さとが告げた目的地は、それより数百里も西であった。桜がどれ程に驚いたかと言えば、腹の上に立つさとが浮くくらいの勢いで起き上がった事から伺えるだろう。耳を疑う言葉であった。
確かに居候をしていた短い時間の間、桜は、姉妹二人に色々な事を話した。勇ましい話も有れば、自分が負けた時の事も話した。京で何が起こっていて、どうして自分は此処へ居るのかまで――色々と、話したのだ。
人が死んだ事も、隠しはしなかった。
どうして人が死ななければいけなかったか――それが、どれだけくだらない理由かも、隠しはしなかった。
桜は自分の全ての言葉で、旅の間に見た、全てを語ったのだ。
「多くを見て損は無いって、言ったのはあんたでしょ! 私は京の都を見たいの、江戸だけじゃない! ……堺も、壇ノ浦だって、見られるなら大陸だって……! でも、あんたが京で止まるって言ってるから、そこで我慢してやるのよ!」
「我慢とは、しかしな――」
「しかしも案山子も無いのっ!」
たじろぐ桜を、ずっと小さな八重が怒鳴りつける。不思議な光景であった。
桜は、問うように皆を見た。誰もが誰も頷いていた。さとの母の目にさえ、涙は浮かんでいない。納得が行っての見送りであると分かった。
「……必ず返すと、約束は出来んぞ」
「構わね、連れてやってけどがん。……返さねぇば、なんねぇぞ!」
父親ではなく、富而が、重ねて頼んだ。進み出て、頭を下げていた。
暫し桜は答えも無く、富而の首裏を見下ろしていた。まだ細こい、鍛える余地の残った首だ。未熟な、青年と少年の境の男である。頭を下げられるなどと、微塵も考えなかった事であった。
「……良し」
桜は、さとを抱え上げる。一番しっくりくるのは、やはりこの形であった。
「預かろう! 確かに連れて行く、そこまでは責を負う。それより後は天運と、人の運気に任せよう」
引き受けても、良いと思えた。
京で、さとがどのような道を選ぶにせよ、それはきっと、これまでにさとが知らなかった世界になる筈だ。
大きく間違えぬ様に、傍には置いておこうと思った。その上で、小さな間違いは、幾つもさせてやろうと。
さとの向こう気の強さを、桜は気に入っていた。折らぬまま磨いて、美しく咲いた姿を見たいと、そう願ったのだ。
「では、ゆこう」
桜は、皆に背を向けて歩き始めた。肩の上でさとが後ろを向いて、見送りの皆に手を振る。皆がやいのやいのと騒いで、旅の健勝を祈っている。
雪原が目の前に広がっていた。遠くに小高い山が見える。峠道は白く染まって、難儀な旅になると示すかのようであった。こうこう風が響いては、粉のような雪を散らして、襟首にまで運んでくる。
ざくりと平野に刻んだ足跡は、一刻もすれば消えているだろう。見送る声はすぐにでも、ばらばらに散って去るだろう。
だが、祭りの喧騒は――みみなりのように、幻聴のように、何時までも何時までも、桜の中に留まって居る。
懐かしき村の、眩い冬であった。
比叡の山を囲む軍勢は、布陣したままに年を越した。
やま一つをぐるうりと、大蛇がのたくったように取り囲むからには、相当な規模の軍勢である。人も、武具も、多かった。
ひと月の間に、戦はたった半日しか起こらない。朔の夜だけである。月が失せた夜だけは、比叡の山を思う障壁が解け、軍勢は山肌を駆け上がるのだ。
これまでに、交戦は三度しか起こっていない。十一月の頭に一度、桜が青前の奇祭に触れている間、一度。そして、年が明けてから一度――つい昨夜、終えたばかりである。
おおよそひと月の安息を楽しむ兵士の群中――そこに、村雨は居た。
「おじさーん、おうどんふたっつ!」
「はいはいおおきに、おうどん二つ!」
村雨は戦装束を脱がぬまま、屋台で昼食を取っていた。
比叡山攻めの大軍勢も、かなりの時間、退屈を持て余す。教練だけを娯楽としては、息が詰まってならぬのだ。だから、山から見て京の街よりの方角に、政府軍は屋台を掻き集めた。
蕎麦、餅のような主食から、飴や洋風の焼き歌詞、砂糖を塗したパンなども扱っている。酒は無いが、食うのが娯楽という連中には、とかく良く売れた。
「おじさーん、いっつも言うけど味薄いー……」
「いつも言うけど、ここは京。黒いばかりの江戸の汁ものと一緒にしはったらあかん」
洛中は立ち食いうどんまで上品で、品のない喰い方に慣れ親しんだ村雨には、少し物足りない味である。だが、麺は良い。歯切れが良いし、火もしっかと通っていて、汁を吸って僅かに膨らんでいる。膨らんではいるが、ぐずぐずとはならぬのが不思議であった。腕の良いうどん打ちと見えた。
ずるずると音を立てて啜りあげ、汁をぐびりと半分も飲み干して、一息ついて、また啜り。薄いと否を唱えながら、村雨はこの屋台のうどんが中々気に入っている様子でもあった。
そろそろ村雨が、大椀一つを空にしようという頃。隣に立った者がある。松風 左馬であった。
武術家であるが、戦場に立つ時は、八尺の鉄棒を抱えて行く女である。血濡れの得物を引きずったまま、左馬は何も言わず、村雨が注文した二つの椀の、一つを掴んで汁を啜った。
「あ、師匠」
「まだそんな格好をしてたのかい、がちゃがちゃと煩いな」
村雨の頭に乗っかる兜を、左馬が拳面で小突く。鎖を垂らして首筋を守るこの兜は、首をうつ向けるだけでも、確かにじゃらじゃらとやかましいのである。
左馬は健啖家である。特に今は、戦場を抜けたばかり故、際立って腹が減っていた。椀の一杯を忽ちに空にして、ふう、と小さく息を吐いた。
二人に、大きな負傷は無い。精々が、頬を矢が掠めた細い傷か、味方と押し合いへし合いして、手を鎧で擦った痕が残るくらいである。比叡山攻めは最初の一度が最も激しく、次、その次と、双方の尽力ぶりが弱っていった。
まず、比叡山側は、死んだり腹が減ったり、弾薬火薬が不足したり、矢が少なくなったりしているのである。籠城を続けるには、備蓄を一度で吐き出す訳にはいかない。止むを得ぬ事であった。
一方で政府軍側はと言えば、これは単純に、力押しをしたくないのである。月に一度の攻勢では、切り崩した城壁さえ埋められてしまう。補給は幾らでも来るから、焦ることはないのだ。
それでも、幾人も死んだり、不具になったりした。村雨の後ろにいた兵士が、村雨が避けた矢に気付かず、眉間を撃ち抜かれた事もある。敵も味方も、大勢死んだ。
だから、村雨は笑っていない。声は明るいが、強張った顔を和らげてはいない。笑えるようになるのは、二日か三日ばかり後だろう――それくらいで立ち直れる程度に、死臭には慣れた。
初陣よりふた月が過ぎた。村雨は、恐ろしく強くなっていた。
別段、体つきが変わったような事はない。ただ、脹脛が少し固くなったくらいのものである。
ただ、技が増えた。矢や刃物に、目が慣れた。なによりも――心持ちが変わった。
昨夜、村雨は、自分が人間の死体を踏みつけて走っている事に気付いた。気付いても、何も驚かなかった。感覚が麻痺しているのである。
それは、平時であれば、人の亡骸に手を合わせ、死を悼む心は持っている。良心だとか哀れみだとか、そういう心を失ったのではない。それとは全く別の次元で、村雨には〝もうひとつ〟の考え方が生まれていた。
そこが戦場であるなら、他者の死も、自分が傷付く事も、心を揺らすに値しない事であるのだ、と。戦いとは、生き物が死ぬ事であり、獣も人も例外は無いと、村雨は理屈でなく、感覚で学んだ。
だが――だが、まだ村雨は、戦場で誰も殺していなかった。
首を斬られそうになった事が有る。刀を持つ男の、手首を挫き、肘を蹴り折った。
槍で心臓を狙われた。槍の柄を走り、敵の顔を膝で潰した。
飛来する矢を掴み取り、味方を刺そうとした兵士の肩に投げつけた事もある。切っ先が浅く刺さり、気を引く事は出来た。その間に味方が、余所見した敵兵を刺し殺した。
間接的にであれば、何人も殺したと、言えるのかも知れない。だが村雨は、誰一人、直接手に掛けた事は無かった。
それが甘い、気に食わないと、師の左馬に殴られる事も有ったが、回数を重ねるに連れて村雨は、左馬の拳を避けるようにもなった。
兎角村雨は、こと戦いに関してはずうずうしく、我儘になっていたのである。そして、それこそが強さであった。
「師匠、今日もやるんですか?」
「当然だろう。月が変わるまでに、一通り巡る」
「うぇー……最近、街を歩くとですね? こう、じとーっといやーな視線が、なんか恨まれてるなーって視線が飛んできて――」
「美人と強者は妬まれ、恨まれる。天地開闢以来、変わらない真理だよ」
代金を店主に渡して、二人は陣を離れ、洛中へ赴く。戦の後で、方々から飛んで来た血をたんと被ったままである。
道場破りには、程よくハッタリの効いた修羅ぶりであった。




