第98話
「皮肉なもんだな、英。結果的には北高戦に間に合ってるんだから。」
「まったくだ。こうなると知ってれば退場なんかにならなかったのに。」
英がため息をついた。
和人と英は紺屋町からバスと電車を乗り継ぎ、決勝戦がある県立総合グラウンドに来ていた。
あと15分ほどで西城と北高のゲームが始まる。
「全員集合!」
監督の指示でキャプテン田中が部員を集めた。
「いよいよこの時が来たな。3年生は毎日毎日練習してきたこの3年間の集大成だ。力は相手の方が一枚も二枚も上だろう。だが、それぞれが持ち味を十分発揮すれば、必ずチャンスは巡ってくる。北高の分厚い攻撃を耐えろ!そしてチャンスを逃すな!お前達のすべてをぶつけてこい!」
「はい!」
監督の激に全員が呼応し、レギュラーが自陣のコートへ走る。
控えの選手はベンチに座り、和人と英と徹也はベンチの後方に並んで立った。
「ずばり、何対何で負けると思う?」
徹也が周りに聞こえないように小さな声で隣の和人に聞いた。
「他人事みたいに言うなよ。」
「でも実力差はいかんともしがたいだろ。どうあがいたって勝てるわけないって。俺は善戦したとしても0対3だな。」
「1対3だ。」
英が小声でぼそっと言った。
「ただし俺が出ていた場合の話しだけどな。俺が出れない今は、0対5だ。」
「うわ~厳しい!俺だってそのくらいだとは思うけど期待を込めて0対3って言ったのにさ。」
和人が二人を睨む。
「和人が怒るのはわかるけど、これは間違いないんだ。・・・だって夢で見たんだから。」
「えっ、夢?」
英がゆっくりと頷いた。
「そう、そういうこと。だから仕方ないんだ。」
和人は英の目を見つめ、グラウンドを見た。
(0対5で負ける・・・。そんなにも実力差があるのか。)
和人の口からため息が漏れた。
ゲームはやはり北高のペースで進んだ。
英が前に言っていた通り、北高の杉内は明らかに他の選手と違っていた。
北高の攻撃はほとんどといっていいほど杉内を基点にしている。
そうとわかっていても西城の選手は杉内からボールを奪うことができない。
それどころか、いいようにドリブルで抜かれたり、スルーパスを出されたりしている。
全く気負いというものを感じられず、まるでサッカーという「遊び」を楽しんでいるかのようだった。
開始10分に杉内のスルーパスを受けた太刀中が鮮やかにゴールを決めた。
25分にも敵の田村という選手がセンタリングを頭で決めた。
対して、西城は防戦一方だった。
シュートを打ったのはまだ1本しかない。
それも田中が放ったかなり遠めのロングシュート。
「前半はこのまま0対2で終わる。後半に3点入れられるということですな。」
英がさばさばとした感じで言った。
ところが前半終了間際、矢島から田中へ、田中からまた矢島へ、そして矢島からディフェンス裏を狙っていた滝本へとボールが渡った。
すべてワンタッチの見事なパス。
滝本が豪快にゴール右隅にボールを蹴りこんだ。
ボールはキーパーの手をかすめ、ネットに突き刺さる。
ゴール!
西城イレブンが滝本を囲みはしゃいだ。
「あれ~、英君。君の夢もあんまり当てにならないな。」
徹也がにやにやしながら英の顔を覗き込む。
英は、信じられないといった顔で喜んでいるチームメイトを見ていた。
「そうか!」
英の目は空に向かっていた。
「タッキーがいるんだ。」
和人と徹也が目を見合わせ眉を寄せた。
「何当たり前のことを言っているんだ。大丈夫か英?」
和人が笑いながら英の肩をたたいた。
「俺の夢では・・・、タッキーはこのゲームに出ていなかったんだ。そう・・そうだ、面白くなってきたぞ!」
和人と徹也は、先ほどまでとは打って変わって目を輝かせている英の顔をぽかんと見ていた。