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第91話

「よし!4点目、もう勝ちは確定ですね。」

ベンチに座っている和人は、2年で控えのフォワード村岡に話しかけた。

準決勝の相手はノーマークの新浜高校だった。

得点は4対1で、西城が完全にゲームを支配している。

英はこのゲームも後半から出場し、アシストを2本決めていた。

「ああ、余裕だな。3年生の控えの先輩たちもメンバーチェンジでゲームに出ていて、これだけ押しているんだから。」

「いいなあ、こんなゲームなら俺も5分でいいから出てみたいな。」

「おいおい、2年の俺だって出ていないんだ。順番は守れよ。」

和人たちがそんな会話をしていた時、ふいに大きなホイッスルの音が鳴った。

「あいつ、何をやっているんだ!」

監督の富田が吐き捨てるように言った。

”あいつ”というのは英のことだった。

英は相手フォワードのフェイントに引っ掛かり、抜かれそうになった。

すると英は何を思ったのか、抜いた選手のユニフォームを後ろからつかみ、さらに後ろから足を掛けて転ばせたのだった。

新浜高校にはフリーキックが与えられ、そして英には、・・・レッドカードがだされた。

レッドカードは一発退場だ。

チームのメンバーは10人になる。

それよりも、英は次のゲームに出ることができない。

次のゲームとは、当然、北高との決勝戦のことだ。

退場を言い渡された英が、うつむき加減にベンチのほうへ歩いてきた。

「園山!お前何を考えているんだ?得点差を見てみろ!あんなことをして何の意味がある!」

「すみません。」

富田の怒号に対して英は素直に謝った。

そしてまだ言い足りない富田の横をすーっとすり抜けると、ベンチの一番端に座った。

和人がすぐに隣に座る。

「監督の言うとおりだ、英。なんであんなことをしたんだよ?」

「ん?ああ、ちょっとな。」

「『ちょっとな』ってどういうことだよ。わかってんのか?決勝に出れないんだぞ。」

「ああ、わかってる。・・・いいんだ、和人。もう言わないでくれ。」

そう言うと英は和人から眼をそむけて、グラウンドのほうをじっと見つめた。


ゲームはそのまま4対1で西城が勝った。

だが、誰も手放しで喜ぶ者はいなかった。

そもそも北高の強さは絶大で、3年生をはじめほとんどの選手が決勝で北高と対戦し善戦することを夢見ていた。

それが1週間前の蜷川戦で英が新しい司令塔になり、チームのレベルが格段に上がった。

北高と善戦どころか、勝てる可能性がわずかながら出てきたのだ。

チームのムードは上がり、今日のゲームでも敵の新浜高校をまったく相手にしなかった。

ところが英は、そんなチームの勢いを台無しにした。

英なしで北高と戦わねばならないという事実が、西城の選手たちの気持ちに重くのしかかっていた。


「まったくどういうつもりだよ、え?園山。あんなことをする状況じゃないだろ。あいつに何か恨みでもあったのか?」

矢島が英の前に立ち腕組みをした。

鋭い眼光。

ピリピリとした空気がその場に立ち込めた。

「すみませんでした。」

ぼそりと英が言い、神妙に頭を下げた。

「おい、質問に答えてねえぞ。俺はおまえに、何であんなことをしたのか聞いてるんだよ。」

そう言いながら英の胸ぐらを矢島がつかむ。

「もういい、やめろ矢島。」

キャプテンの田中が矢島の肩をポンポンと叩いた。

「やっちまったものはどうしようもないじゃないか。それとも暴力事件で西城を出場停止にするつもりか?」

矢島があたりを見回すと、新浜の選手や応援団、それにゲームの審判たちも興味深げにこちらを注目していた。

ちっと舌打ちをして、矢島は英の胸ぐらから手を離した。

「でも悔しいじゃないっすか。この大事な時にしょうもないことやりやがって!」

矢島はもう一度英を睨むとスパイクを脱ぎ、帰り支度を始めた。

それを見て他の選手たちもその場を離れて行く。

「1年生に頼りすぎたんだよ。決勝は俺たちが3年間の集大成らしいプレーをしようじゃないか。」

言ってしまって田中はすぐに後悔した。

まるで勝てないまでもがんばろうという感じの言い方をしてしまったからだ。


「どうする?タッキー。俺は後で緑丘に行くけど。」

学校に戻って解散した和人たちは、駅のほうへ歩いていた。

「どうするって、俺は行かねえよ。一週間後に決勝戦が控えているんだ。万が一怪我でもしたら矢島さんから殺されるよ。」

滝本は「今日の英みたいに。」という言葉を危うく言いそうになって飲み込んだ。

「英はどうする?」

「俺は・・・、怪我しても決勝戦には影響がないから、行くよ。」

英の表情はまだ固い。

「徹也は?」

徹也は和人や英がいくら誘っても、一度も緑丘中の練習には言ったことがない。

「俺?行くわけないだろ。今日はゲームの応援で疲労かんぱいだよ。」

「それを言うなら疲労困ぱい。って全然疲れてないくせに。たまには後輩を鍛えてやろうぜ。」

「何言ってるんだよ和人。サッカー歴は後輩に及ばないんだから、俺が指導することなんて何もないっていうの。疲れるだけ損ってもんだ、じゃあな。」

和人は御萩野寮へ曲がる交差点に差し掛かっていた。

「それじゃあ、徹也、タッキー。英、後でな。」

軽く手を挙げると、英も軽く手を挙げ、和人を除く3人は駅のほうへ向かった。

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