第86話
ピッ、ピッ、ピー!
終了のホイッスルが鳴った。
センターラインで両チームがあいさつを交わす。
満面の笑みを浮かべる西城イレブンと対照的に、蜷川の選手の何人かは隠すことなく涙を流していた。
キャプテン田中は泣きじゃくっている敵のキャプテン山下に近寄って言った。
「強いな、蜷川は。どっちが勝ってもおかしくないゲームだった。最後のシュートは・・・まぐれみたいなもんだ。蜷川とやれてうちのチームはとても勉強になったよ。」
「き・・・、北高と・・・、戦いたかった。」
山下は右手の甲で涙をふくと、しっかりと田中を見つめて言った。
「俺たちは北高に勝つために、ディフェンスに磨きをかけてきたんだ。最後のカウンターだって、対北高用に作り上げたコンビネーションだ。でも、・・・思い知ったよ。北高に勝つにはまだ力不足だった。おまえらに3点も取られるんじゃあ、北高だったら6点取られている。」
山下は真っ赤になった目で、いたずらっぽくほほ笑んだ。
「ちぇっ、言うじゃないか。確かに、北高に対しては実力不足だってわかっている。でも、俺たちだって北高に勝つために練習してきたんだ。決勝戦では番狂わせを見せてやるぜ。」
「そうだな、奇跡のシュートがまた出るかもしれないしな。」
田中と山下はがっちりと握手を交わした。
西城のベンチでは、矢島の周りをチームのみんなが取り囲み、質問攻めを行っていた。
「あのシュートはどうやって蹴ったんだ?」
「どうしたらあんな変化が起こるんだ?」
「いつの間にあんなシュートを覚えたんだ?」
いつも鋭い矢島の目が、この時ばかりは少し穏やかになっていた。
「どうやって蹴ったのかは俺にもわかんねえ。ただ強いボールを蹴っただけだ。」
「じゃあ、カーブはかけてなかったのか?」
「少し芯を外しちまったからカーブがかかったんだろ、なあ園山。」
突然矢島は英に意見を求めてきた。
矢島がサッカーの技術について下級生に意見を求めることなど今まで一度もなかったので、チームの誰もがちょっとびっくりしたような表情をした。
そしてすぐに、それは矢島が英の実力を認めた証拠だと理解した。
「えっ?・・・俺のとこから少し遠かったからはっきりとはわからないんですけど、普通の曲がり方じゃなかったですよ。そんなばかな!っていうくらいの変化だったから。」
「つまり?」
矢島が質問をかぶせ、周りの視線がいっせいに英に集中した。
「つまり・・・、はっきりいってわかりません。常識では考えられないシュート。」
英は少し考えた後、何事かひらめいたらしくゆっくりと首を縦に振りながら続けた。
「・・・そうだ、カーブをかけたシュートのことをバナナシュートって呼ぶ人がいますけど、そんなばかな!っていうくらい曲がるんだから・・・」
「???」
「『そんなバナナシュート』っていうネーミングはどうですか?」
一瞬の静寂の後、矢島が噴き出した。
「ぷっ、何ふざけたことを言ってんだ、ばかじゃねえのこいつ。」
みんながいっせいに笑いだす。
滝本も、控えの3年生たちもみんな笑っている。
だがただ一人、和人だけが笑ってはいなかった。
たった10分間ゲームに出ただけでチーム全員の心をつかみ、かなめの選手として押しも押されもしない地位を確立している英のすごさに、和人は改めて驚嘆していた。
そしてまた、自分が一歩も二歩も置いて行かれたようなさみしさも覚えていた。
和人は知らず知らずのうちに歯を食いしばっていた。
(ちくしょう、置いて行かれるものか。俺だって成長してみせる。)
チームの輪の中心で笑っている英を見ながら、和人は静かに決心していた。