第82話
ゲームは西城が押し気味で、蜷川が時折カウンター攻撃を仕掛ける展開となった。
フォワードのキャプテン田中はがっちりとした体格を生かし、前線でポストプレーの楔になり、田中がはたいたボールに滝本や矢島が反応し、攻撃を仕掛けて行く。
この西城の最も得意とする攻撃パターンを何度も繰り返し攻め続けるが、なかなかゴールを奪うことはできなかった。
0対0のまま、時間はすでに後半10分を過ぎている。
「じれったいな、これだけ攻めているのに1点も入らないなんて。」
和人がベンチの隣に座っている英に話しかけた。
「確かに攻めてはいるんだけど、蜷川のディフェンスを崩すことができていないんだ。もっと他の攻め方を組み合わせないと。そう思わないか和人。」
「ああ、嫌な展開だな。相手は明らかにカウンターのタイミングを計っている。こっちがじれて遮二無二攻撃すれば、カウンターの餌食だ。」
残念なことに、二人の予感は的中した。
攻めているのに点が取れないのは、相手のディフェンダーの数に比べて攻撃するこちらの人数が少ないからだという錯覚が西城イレブンを襲った。
攻撃の厚みを加えようと、西城の選手たちが前線へなだれ込む。
対する蜷川のディフェンスが厚くなった。
そしてついにボールが奪われ、薄くなった西城の陣へ大きく蹴りだされた。
そのボールは敵の俊足フォワードへぴたりと渡る。
最終ラインが突破された。
キーパーが思い切って前に出るが、あっさりとかわされてしまった。
ボールは無人のゴールへ。
あっという間の出来事だった。
沸き立つ蜷川の選手とは対照的に、うなだれる西城。
すると、滝本がベンチに走って来た。
「監督、メンバーチェンジをお願いします。園山を入れて下さい。」
「何?園山はお前と同じ1年じゃないか。なぜ園山なんだ?」
「それは奴のプレーを見ていただけばわかります。・・・このままじゃ負けてしまいますよ。」
滝本の発言に、控えの3年生と2年生が露骨に嫌な顔をした。
「いいから戻れ滝本、キックオフが始まるぞ。どの選手をどのタイミングで替えるかは、俺が決める。それよりもお前は点を取ることに集中しろ。」
「でも・・・。」
滝本はまだ食い下がろうとしたが、監督の厳しい表情を見て断念した。
そしてちらっと英を見た後、滝本はコート中央へ歩を進めた。
「ちくしょうタッキーのやつ、今俺を睨みつけやがった。まるで俺がまだ監督に認められていないことを非難するみたいに。」
「それよりも、タッキーはやばいぞ。このゲームが終わった後先輩たちからなんて言われるか。」
「まったく、本当に自分勝手な奴だ。今年のうちのレベルじゃあどう転んでも北高に勝てやしないのに、熱くなりやがって。もうかばいきれないぞ。」
和人と英がひそひそと話していると、控えの3年生が顔を引きつらせながら監督に提案した。
「監督、滝本のリクエスト通り園山を出してみたらどうですか?俺たちよりよっぽど役に立つらしいですよ。」
「ばかをいうな岩村、交代するのはお前だ。葛西の代わりに右の中盤に入るから準備しておけ。」
「はい。」
岩村という3年生は待ってましたと言わんばかりに即答しアップを始めた。
西城高校の3年生はこの大会の負けた時点で引退し、大学受験に向けて本格的に勉強をし始める。
だから3年生にとってはとても思い入れが強い大会であるため、滝本の発言にムッとするのは当然だった。
「岩村さんは葛西さんとプレースタイルが似ているから、あまり効果的なメンバーチェンジじゃないように思うけど。」
「俺もそう思うよ和人。でも負ければ3年生は引退だ。だからメンバーチェンジは3年生を優先するだろう。」
「でも・・・、勝てれば・・・、まだ次がある。」
和人が真剣な顔をして英を見つめた。
「何を考えているんだ和人。まさかお前まで俺を出せっていうんじゃないだろうな?」
「このまま負ければタッキーはサッカー部にいられなくなるかもしれない。でも、もし英が出て見事に逆転できたらタッキーの発言が正しかったということになる。」
「おい・・・。」
あっけにとられる英に背を向け、和人は監督の方へ歩き出した。
「監督、お願いがあります。」
「ちょっと待て橘、メンバーチェンジをしてからだ。」
監督は副審の方へ歩き出そうとしていた。
「そのメンバーチェンジについてです。」
監督が足を止めて振り向く。
「何?」
「替えるのは園山にしてください。」
岩村をはじめ控えの選手たちが一斉に、驚きの表情で和人を見つめた。
滝本が監督や先輩たちに横柄な態度を取ることは今までにもあった。
だが大人しく従順な和人の口からこの言葉が出るとは誰も想像がつかなかったのだ。
「園山を、英を出して下さい。英は北高の和田監督が家を訪ねて来て誘ったほどの力があります。足のけがのため今までなかなか実力が出せなかったけど、今は治っているんです。だから、お願いします。」
「和田監督が!?」
監督は少し驚いた表情をしたが首を横に振った。
「実際に園山のすごいプレーを見たことがないから、俄かには信じられない。悪いが・・・。」
「では10分間だけでもいいです。10分あれば同点に追いつきます。」
誰もがさらに驚いた。
特に英は大きく目を開き、口をぽかんとあけた。
「おいおい和人君・・・。」
英が小さな声でつぶやく。
「はっはっは。」
監督が突然笑い出した。
「橘がこの状況でそこまで言うってことは、よほど自信があるんだろう。岩村、10分間だけ我慢しろ。副審!メンバーチェンジだ。8番に代わって17番が入る。」
その声を聞いて、英がその場で勢いよく腿あげを始めた。
体が温まっていないのだ。
和人が英の方へ戻ってきた。
英は和人を睨みつけた。
「お前があんなことを言うなんてな、信じられないぜ。それにいくらなんでも無茶だぞ。10分で点を入れることができなかったらどうするんだ?」
「頼む、何とかしてくれ。」
和人は哀願するように英に向って手を合わせた。
「知るか!天に祈ってるんだな。」
監督の指示で葛西がこちらの方へ走って来る。
交代の相手が英だと知ってびっくりしたようだが、手を挙げて英とタッチをした。
コートの中へ走って行く英。
ポジションについて深呼吸した英の目が、鋭く光った。