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第79話

御萩野寮に帰った和人は、すぐに食堂へ向った。

食堂にはいつもおかみさんかおやっさんのどちらかがいる。

和人がそっと食堂の中を覗くと、おかみさんが一人で食器を洗っていた。

幸いおかみさんの他には誰もいない。

「ただいま。」

「あら、和人君、お帰りなさい。」

おかみさんが顔をあげてにっこり笑った。

「部活で疲れたでしょう?ゆっくりとお風呂に入ってきたら?」

「うん、ちょっと勉強をしてからね。それよりおかみさん、恵みの園って知ってる?」

「恵みの園?もちろん知ってるわよ。西方町にあるキリスト教の福祉施設。身寄りのない子達がシスターと暮らしているわ。」

和人の予想とだいたい当たっていた。

「ふ~ん、西方町って、どの辺りなの?」

「そうね、向こうにちょっと小高い丘があるでしょ、あのふもと一帯よ。だけど、どうして?誰か知りあいでもいるの?」

おかみさんは南側にある窓のカーテンを開け、指さした。

「えっ?あんなに遠く・・・?」

その辺りは御萩野寮から2キロ近く離れている。

和人はちょっと眉をしかめて話し続けた。

「それで西方町には大浦女子高に行くためのバス停って無いの?」

言ってしまってから和人はすぐにしまったと思った。

おかみさんの目が急に輝きだしたからだ。

「大浦女子高?まあ!話が読めてきたわ。和人君、さては気になる女の子がいるのね?」

おかみさんは自分の口を手で覆いながら、ちょっといたずらっぽくほほ笑んだ。

「いえ、そんなこと・・・。」

そう言っている和人の顔はすでに真っ赤になっている。

「隠さないでいいのよ、誰にも言わないから。うふふ、そうかあ、恋ね、恋なのね。いいなあ、青春まっただ中なんて、できることなら私も30ん年前に戻りたいわ。」

おかみさんは胸の前で手を組んで、窓の外の紫色の空をうっとりと眺めた。

「でも、こんなおばちゃんにも青春があったって信じられないわよね、あっはっは!」

おかみさんが笑いながら振り向くと、和人の姿はすでにそこにはなかった。


(今の話だと、ゆきちゃんは近くのバス停からバスに乗らずに、わざわざ2キロの距離を歩いてきて、この先のバス停からバスに乗っていることになる。)

和人は自分の部屋に戻り、椅子に腰かけていた。

(なんでそんな無駄なことを?)

いつものように、和人の右手の指は左腕の傷をかいていた。

やがて、一つの考えが和人の頭に浮かんだ。

(もしかしたら、ゆきちゃんは自分が施設で暮らしていることを誰にも知られたくないんじゃないだろうか。そのためのカモフラージュ・・・。)

ゆきには秘密が多い。

それはきっと自分に自信が持てなくて、ありのままの自分をさらけ出すことができないからだろう。

その最大の原因が『恵みの園』にあると、和人には思えた。

「明日だ、明日。」

和人はわざと声に出して背伸びをした。

あれこれ考えても何も解決はしない。

ゆきと直接話をすることでしか、ゆきの気持ちを理解することはできないのだ。

和人は机の上に、英語の教科書とノートを開いた。

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