第75話
「ごめんなさい。一方的にデートの約束なんかして。もしかして何か予定があったんじゃない?」
「ううん。どうせ今日は部活休みだし。全然大丈夫・・・だよ。」
「部活って?何をしているの?」
「サッカー。中学の時からしているんだ。」
「サッカー?本当に?へえ~、そうなんだ。」
ゆきはなぜか驚いたようだった。
「どうして驚くの?」
「えっ、別に。安井さんと一緒にいたから陸上部かなって勝手に想像してただけ。そう、サッカー部なの。」
何を考えたのか、ゆきは楽しそうだった。
「でも、なんで俺?俺のこと知らないのに、なんで俺を選んだの?」
和人は今日のうちにどうしても聞こうと思っていたことを、思い切って聞いてみた。
ゆきは少し考え込んで言った。
「そうよね、気になって当然よね。でも・・・ごめんなさい、今は言えないわ。」
「今は・・・言えない?」
「うん、言える時が来たら言うわ。それは10日後かもしれないし、そうね、もしかしたら4年後かもしれないけど。」
和人はそれ以上聞くのをやめた。
どんな理由があるのか知らないが、ゆきは聞いて欲しくないようだった。
それに自分を選んだことにはちゃんとした理由があったということがわかって和人は少し安心していた。
誰でもよかったというわけではなかったのだ。
「中森さんは?何か部活やっているの?」
和人は話題を変えた。
女の子と話をするのは苦手だったが、黙ったままこのように接近して座っているのは耐えられなかった。
和人が話題を変えてくれたことでゆきは少しほっとしたようだった。
「部活はしていないの。中学の時は陸上部だったけど、あんまり才能ないみたいだし、それにお家の手伝いやなんかで忙しいから。」
「お家の手伝いって、何してるの?」
「別に、普通よ、家事手伝い。働かざる者食うべからずってね。私のことはいいから、橘君のこといろいろ教えて。そうね、まずは誕生日から。」
ゆきは次から次に和人に質問をしてきた。
家族のこと、友達のこと、担任の先生のこと、サッカー部のこと、中学校の思い出など。
だが、ゆき自身のことについては、和人がいくら尋ねてもほとんど答えようとはしなかった。
すぐに話をはぐらかしてしまう。
何か特別な事情があるのだろうか。
そうこうするうちに、バスは終点に着いた。
「実は私、遊園地は初めてなの。」
バスから降りてゆきが言った。
「全部の乗物に乗りたいな。ねえ、いいかしら?」
「いいけど、ジェットコースターには俺乗らないからね。」
「どうして?」
「どうしてって、・・・怖いから。」
「ええ?怖いからいいんじゃない。絶対乗ろう!ね、橘君の恐怖の表情を見てあげるわ。そうだ、橘君カメラを持ってきていない?」
「うん、残念ながら持ってきてない。」
「そう、ドジったわ。誰かに借りて来とけばよかった。」
ゆきははしゃぎすぎるほどはしゃいでいた。
遊園地に着くとさらにパワーが増した。
そして言ったとおりすべての乗物を片っ端から乗って行った。
ジェットコースターも、嫌がる和人の手を引っ張り並んで座った。
ゆきは小学生の女の子ようにはしゃぎまわった。
「今日は本当に楽しかったわ、ありがとう。」
いつしか時刻は午後5時を過ぎていた。
「俺も楽しかった。」
「でもいっぱいお金を使っちゃったわ。しばらくはおとなしくしていなくちゃ。」
ゆきは財布をポシェットから取り出し、中身を確認した。
そして財布を戻そうとしたときに、和人はポシェットの中にデジカメのようなものを発見した。
「あれ?今のデジカメじゃなかった?」
「え?」
ゆきの動きが止まり、狼狽のような表情が一瞬浮かんだ。
「あ、そうか、ママのデジカメが入っていたんだ。でもどっちみちメモリがいっぱいで使えなかったはずだわ。」
ゆきはそう言いながら、和人の顔を観察するように見つめた。
「そう、別にいいんだけど、ただデジカメにしてはかなり薄いように見えたな。」
「もうすぐバスが出るわ、急ぎましょう。」
ゆきはバス乗り場の方へ急ぎ足で歩きだした。
和人があわてて後を追う。
(なんだよ、本当に訳がわからない。中森さんって謎だらけじゃないか!)
釈然としない気持ちが和人の心を覆っていた。