第72話
「1点目はすぐにいただく。チャンスはそうないからな、ディフェンスラインの裏をつけよ。」
小さな声で言いながら、英がキックオフのボールをチョンと蹴った。
「パスが出せたらな。」
ボールを受けた滝本は、英にボールを返し前線へと走る。
二人の2年生がすぐに英を囲んだ。
「英こっちだ。」
右手から和人が上がってきた。
(おっ和人のやつ、痺れを切らしてでてきたな。いいぞ。)
すかさず英が和人にパスを出す。
すると、マークについていた2年生が足を出して、パスカットした。
「チャンスだ。後半1点目をもらうぞ。」
矢島のかけ声とともに、2年生が一気に攻め上がってきた。
和人があわてて自陣のゴール前に走る。
左サイドからふわっとしたボールがゴール前に上がった。
「まずい、藤村!」
和人が叫んだ。
1年生の長身ディフェンダー藤村が、2年生と空中のボールを競り合う。
一瞬早く、藤村はボールに触れることができた。
ヘディングでクリアー。
しかしそのボールは運悪く矢島の前へはねていった。
矢島が胸でトラップ。
シュートの態勢をとった瞬間、脇からスーッと出てきてボールを奪った者がいた。
英だった。
英はすぐさまドリブルで上がりながら、滝本の姿を探した。
矢島が後を追う。
英の前方から2年生が二人詰めてきて、英はドリブルのスピードを落とした。
滝本は前に出るタイミングを計っている。
(こいつ前ばっかり見てるじゃないか、足元が隙だらけだぜ。)
矢島がボールを奪おうと英の前に出てきた時、その動きを予測していたかのように英はボールを引いて踵で方向を変えた。
一瞬矢島が横に振られる。
そして滝本の動き。
― 最終ラインの選手に対してフェイントを一つ入れた。
(今だ!)
英が前方へ強いボールを蹴った。
そのボールは前を塞いでいた選手の股間を抜け、一直線に滝本へ渡る。
ボールを受けた滝本は難なくキーパーをかわしゴールを決めた。
1年生とコートの周りでゲームを見ている3年生から歓声が上がった。
「おっ、点を取られたぞ2年。2対1だ、やばいんじゃないか、矢島。」
「今のはまぐれっすよ。すぐに3点目を入れて突き放しますから。」
キャプテン田中の冷やかしに、矢島が少しむっとして言った。
「もっと喜べよ、見事なゴールだぜ。」
自陣に戻ってくる滝本に、英が言った。
英がいうとおり、滝本は点を取ったというのに全くうれしそうな表情を見せなかった。
「あそこでボールを受けたら決めて当然だろ。それにしてもあのパス、かなり偶然ぽかったぞ。」
「だろ?あんなに見事に決まるとはな。とにかく1点は入った。次の1点は向こうが追加点を入れた後だ。」
そう言うと英は後方に下がって行った。
滝本はじっと英の後姿を見ていた。
(あのパスを出すタイミング、本当に完ぺきだった。まるで俺の動きを予測していたかのようだ。あれが偶然でなく狙って出したパスだとしたら・・・、まさかな、まぐれだ。)