第7話
翌日の試験も、和人はまずまずの手ごたえを感じていた。
(何とか無事に終わった。それもこれもこの携帯のおかげだ。)
和人は鞄の中に、携帯電話を入れて来ていた。
できれば自分のものにしたかった。
だが、この携帯を落とした人の気持ちを考えると、それはどうしてもできなかった。
和人は授業が終わったらそれを交番に届けるつもりでいた。
ホームルームが終わり、下駄箱に来てみるとちょうど英が靴に履き替えるところだった。
「よう英、今日から部活だな。」
「そうだな…、久しぶりの部活だ。」
英は感慨深げな感じで答えた。
ああ、やっと部活が始まった。長かったぁ!― こんな感じの答えが返ってくると思っていた和人はちょっと戸惑った。
「あ、俺ちょっと部活の前に行くとこがあるんだ。先に行ってて。」
和人は英にそう言うと校門の方に向けて歩きだした。
最近急に英の様子がおかしくなった。何か悩みでもあるんだろうか。
(後で直接本人に聞いてみよう。)
校門を出て、交番を目指した。交番は10分ほど歩かなければならない。
話す内容はじっくり考えて決めていた。
それを再度確認しながら歩く。
こう訊ねられたらこう答えて、さらにこう訊ねられたらこう答えよう。
そんなふうに考えながら歩くと、あっという間に交番についた。
和人は南町交番と書かれた看板が、いつになく物々しく感じた。
交番に入るのは初めてだった。
一人の若い警察官が、椅子に座ってパソコンを操作していた。
「あの、すみません。」
和人は交番に入るなりそう切り出した。
「今朝、歩道でこの携帯を拾ったんですが…。」
若い警察官は元気なはきはきした声で答えた。
「ああ、拾得物ですね。んーと、拾った時の状況を教えてもらえますか?あっその前にここに座って。」
警察官は和人を椅子に座るように促し、書類を出した。
「まず時間だけど…。」
和人は聞かれるままに時間、場所、その時の状況、自分の住所、氏名など、準備していた答えを述べた。
「だいたいわかりました。携帯電話の場合には、落とし主が警察に届け出る場合が多いから、たぶんこれも届け出がされるでしょう。もしかしたらもう出ているかもしれない。そうだ、ちょっと待ってて。」
警察官は、どこかへ電話し始めた。
「もしもし、こちら南町交番から橋田です。ええ、…はい、実は携帯電話の拾得物がありましたので、そちらに届け出はなかったでしょうか。今朝拾ったそうです。…ああ、はい、そうですか、わかりました。一応書類をFAXしときます。それでは失礼します。」
ガチャッと電話を切った後、警察官が、
「まだ本署にも届け出はされてないらしい。まぁ、すぐに落とし主がわかるだろう。届けてくれてありがとう。」
そう言って警察官は立ち上がった。
それはもう帰っていいということを、意味していた。
だが和人は気になっていたことを尋ねた。
「落とし主が現われなかったらどうなるんですか。」
橋田という警察官はちょっとびっくりしたようなしぐさを見せたが、冷静に答えた。
「そうだな、通常の拾得物の場合、拾ってから6ヶ月を過ぎても落とし主が現われなかったら、拾った人のものになるんだけど、携帯電話の場合には個人情報が含まれているし、電話会社との契約がからんでくるから、そうはいかないかもしれないな。」
「じゃあもし、この携帯にそういう個人情報がなくて、契約もされていなかったらどうですか?」
和人がくいさがった。
「確かにその場合には、君のものになるだろうけど、君、使ってみたの?」
警察官がいぶかしげに答えた。
「い、いえ、使ってません。それじゃ失礼します。」
和人はそう言うと足早に交番を出て行った。