第64話
「5分以内に着替えて来い。」
キャプテンの田中は部室のドアを開けそういうと、練習に戻っていった。
「おい、お前らどこから来たんだ?」
部室に入ると、3人以外でスパイクを持ってきていた茶髪の男が英に聞いた。
「緑丘だ。」
「ふうん、あまり知らない中学だが、サッカー部は強かったのか?」
「西部地区の対抗戦で優勝したから、弱くはなかったと思うけど。」
ぶっきらぼうな言い方にカチンときた和人がすぐにこう答えた。
「西部地区か・・・、西部地区は葉山中以外に強いところを知らないな。」
「その葉山中に勝ったんだよ。」
和人は小さな声でそう言ったが、内心は『どうだ』という気持ちでいっぱいだった。
「ふうん、じゃあ、そこそこ強かったんだな。」
その男は、別に驚きもせず、淡々と着替えていた。
「君は?どこから来たんだ?」
今度は和人が聞いた。
「北部の本山中だ、県大会準優勝のな。名前は滝本雄一、一応県のベストイレブンに選ばれた。」
「ええっ?」
和人は驚きを隠さなかった。
「そんなにすごかったのなら何で北高に行かなかったんだ?」
「まあ、北高に入れば全国大会はほぼ確実に行けると思うけど、それって『連れて行ってもらう』って感覚じゃないか。」
「そ、そうかな・・・?」
「全国に行って当たり前なんだから、そうだろ。俺は自分の力で全国に行きたいんだ。だからここにきた。北高からかなり溝をあけられているといっても、去年の準優勝校だからな。他の学校よりは北高に勝つ可能性が残されている。できれば俺より上手い先輩がいてくれると助かるんだけど・・・。じゃ、先に行くぞ。」
滝本は3人の名前も聞かずにグラウンドに飛び出していった。
「すげえ自信だな。お前よりも上手がいたぞ英。」
徹也はあっけにとられていた。
「やつの実力は本物だ。ただ、かなりわがままなプレーをするから、周りがついていかなくなる。」
「あいつのことを知っていたのか?英。」
「少しだけな、前に誰かに聞いたことがあるんだ。」
英が続けた。
「俺たちが北高に勝つためには、絶対に欠かせない戦力なんだが、問題はやつの精神面だ。少し思い通りにいかないとへそを曲げちまう。もしかしたら転校する可能性だってあるぞ。」
「転校?・・・まさか。」
「そこのところを頭に入れてやつと接してくれ。なあに、サッカーが好きで好きでたまらないってところは俺たちと変わらないから、何とかなるんじゃないか。」
「俺はそんなにサッカーに思い入れはないぞ。」
徹也がぼそっと言った。
「1年もすれば大好きになるよ。」
「そううまくいくかな?でもまあ、このスパイクに免じて一週間くらいはやめないでやるよ。さあ、行こうぜ。」
3人はグラウンドの中央へと向かった。