第61話
高校生編に突入で~す。
平成15年4月8日、橘和人は同じ学生寮(御萩野寮<みはぎのりょう>)の同級生、安井鉄平とともに県立西城高校へ向って歩いていた。
寮から西城高校までは10分ほどの距離。
今日は和人たち新一年生の入学式だ。
「いったい何組になっているんだろうな?安井君と同じ組ならいいけど。」
「その『安井君』はやめてくれないかな。『鉄平』でいいよ。友達はみんなそう呼んでいたから。」
「でも御萩野寮でまだ3日しか一緒に生活していないのに、呼び捨てっていうのは・・・。」
「いいのいいの、一昨日の歓迎会で一年生みんなすぐに仲良くなれたじゃん。だからもう君付けはやめようよ。君のことも『和人』って呼ばせてもらうから。」
もう決めたことだと言わんばかりの鉄平の口調に、和人は頷くしかなかった。
「ちょっと照れるけど、わかったよ鉄平。」
鉄平がニヤッと笑った。
「それだよ、それそれ、その方がしっくりいく。ところで和人、君はサッカー部に入るつもりだって言ってたよな?」
「ああ、入る。友達とも約束しているんだ。」
「いいなあ、俺もサッカーやりてえな。」
「え?鉄平は陸上部に入るって言ってたじゃないか。」
「うん、でも本心は陸上よりサッカーをやりたいんだ、中学でもやってたからさ。」
和人が首をひねる。
「じゃあ何で陸上部に入るの?」
「・・・記録を作っちまったんだ。」
「記録?」
「そう、県大会の100メートル走で、30年ぶりに記録を塗り替えたんだ。だから陸上部の先輩に目をつけられた。」
「すげえ、いったい何秒出したんだ?」
「10秒83。」
「え、え~!?10秒83?うそだろ中学生が10秒台?陸上部でもないのに!?」
驚く和人とは対照的に鉄平の顔は沈んでいた。
「陸上部では俺が必ず入部するものと決め付けていて、大騒ぎしているらしいんだ、スーパールーキーが入るってさ。だから・・・仕方ないよな、入部しなくちゃ。」
「はあ・・・」
和人は驚きのあまり、何も言えなかった。
ケタが違いすぎる。
その時だった。
突然カメラのフラッシュのような白くまばゆい光が、和人の目を襲った。
立ち止まり、ギュッと目をつむる和人。
(フラッシュか、久しぶりだな。)
和人は目をぱちぱちと瞬かせ、制服のポケットの中に入れている携帯電話を右手で握りしめた。
(止めたのか、誰かが、時を。)
和人の顔が急に険しくなった。
「おい和人どうしたんだ急に?めまいがしたような感じだったぞ。」
「ん?ああ、何でもない。目にゴミが入ったみたいだ。でもすぐに落ちた。」
「な~んだ、ゴミか。・・・ん?おい。」
「何?」
「ほら、この先のバス停のベンチに座っている女の子、俺たちの方をじっと見ているぞ。」
「え?そうかな?」
確かに20メートルほど先のバス停のベンチに女子高生が一人で座っている。
しかも、鉄平の言うとおり、ずっと和人たちの方を見ているようで、すぐに和人と眼が合った。
徐々に近づき2メートルくらいの距離になると突然、何とその女の子がにこっと笑い、和人に軽く会釈をした!
和人はあわてて、目をそらし鉄平の方を向く。
「おい、知り合いか?」
ベンチの後ろを通り過ぎると鉄平が小声で話してきた。
「いや、初めて見る顔だ。」
「じゃ、なんでお前に会釈するんだよ。」
「さあ、わからない。」
「でも、髪型はポニーテールでいいけど、あの眼鏡はいただけないよな。」
女の子は今時珍しく大きな眼鏡をかけていた。
「おい和人、お前少し顔が赤いぞ。もしかしてあの子にひとめぼれしちゃったんじゃないのか?」
鉄平が茶化す。
「ひとめぼれじゃないけど、俺だめなんだ。女の子に見つめられたりするとすぐに顔が赤くなってしまう。」
「へえ~、純情なんだな。よ~し今度会ったら声をかけてみようぜ。」
「いや、いいよ俺は。お前が一人でやれよ。」
和人はやっと元の顔色になり、落ち着きを取り戻した。
そして先ほどポケットの中で掴んだ携帯電話を、ずっと握りしめていることに気がついた。
(そうだ、女の子どころじゃない。さっきのフラッシュ、今までよりもずっと眩しかったような気がしたけど、気のせいだろうか?それに『S』のやつ、俺には時を止めるなと言っておいて、自分は自由に時を止めているじゃないか。)
和人が持っている携帯電話は、去年の夏に拾ったものだった。
その携帯は、電話をかけることも受けることもできない。
だが、時を止めることができるという、驚くべき機能が付いていた。
和人は誰にも気づかれないように、何度か時を止めた。
誰にも気づかれないと思っていた。
ある日、和人が自分の部屋でマンガを読んでいると、フラッシュ(目の前が突然眩しく光る現象)がおき、マンガの上に一枚の紙が置かれていた。
その紙にはこう書かれてあった。
『いたずらに時を止めるんじゃない!S』
『S』とはいったい誰なのか?
そして今日から始まる和人の高校生活はどうなるのか?