第58話
翌日の朝、学校の体育館では全校集会が開かれた。
英が桑田を助けたことで、消防署から表彰を受け、それが新聞に載ったからだ。
校長先生は英のことを、我が校の誇りだと誉めたたえ、生徒や先生たちからステージ上の英に向って祝福の拍手が送られた。
「新聞読んだぞ、英。まじめな顔で表彰状を受け取っている写真が写っていたな。」
全校集会が終わると、和人はすぐに英を捕まえた。
「当たり前だろ。新聞記者や消防の人に囲まれているんだから緊張もするし、まじめな顔にもなるさ。」
「垣内のコメントも笑えただろ?」
徹也が近寄ってきた。
垣内とは英と徹也の担任の教師で、表彰式に立ち会っていた。
「『普段は落ち着きがないように見受けられるが、いざという時には素晴らしく力を発揮する生徒です。』だとよ、褒めてるんだか、けなしてるんだかわからないよな。」
「垣内って、そんなことを言ってたのか。実は俺、新聞見てないんだ。帰ったらその部分切り抜いて永久保存しなくちゃ。」
英の表情は明るかった。
「それはそうと英、昨日俺と和人はすごい場面に遭遇したんだぜ、な、和人。」
徹也が昨日の出来事を切り出した。
「すごい場面って何だ?」
「実はこれも今朝の新聞に載っていたんだけどさ、柳町に今建設中の構造ビルがあるだろ?」
「ああ、マンションになるやつね。」
「まだ10階程度しかできてないんだけど、一番上にクレーンが乗っていてさ・・・。」
「あっ、そうか!」
英が急に大きく叫んだ。
「なんだよ急に。」
「落ちたんだよな、鉄筋が!路上に落ちて、そして・・・。」
英の表情が急に険しくなった。
「そして?そしてはないよ、それだけ。信じられるか?結構あそこ人通りが多いと思っていたんだけどさ、それほどでもなかったんだな、誰にも当たらないなんてさ。」
「えっ?」
「以外だろ英?でもよく鉄筋が路上に落ちたって知っていたな、誰かに聞いたのか?」
「もしかして、あれか英?・・・予知夢。」
和人がはっとして口をはさんだ。
英が和人を見て頷いた。
「そうなんだよ和人。といっても俺がその場面を見たわけじゃなくて、お前たちから聞いているこの場面を夢で見たわけだけどさ。」
「何だかややこしいな。まあ俺はその予知夢ってやつを完全に信じているわけじゃないからな。だって普通信じられるか、そんな・・・。」
「ちょっと待て徹也、英の話を聞こうじゃないか。路上に落ちた鉄筋は夢の中でどうなったんだ?」
「夢の中では・・・。」
英は少ししかめたような表情で、息をふっと吐いた後こう続けた。
「小さな男の子が鉄筋の下敷きになって死んだ。」
一瞬、和人の首筋に鳥肌が立った。
(やはり、あの男の子はあそこで死ぬ運命にあった。それを俺は助けてしまった。つまり、未来を変えた・・・ということか。)
それまで和人にとって未来というのは常に変化するものだという、漠然とした思いがあったのだが、既に決まっている未来が存在するのだということを、思い知らされたような気がした。
「どういうことだ。男の子が死んだはずなのに・・・。」
英は相変わらず難しい顔をして、ぶつぶつ呟いている。
「まあ英、予知夢も外れることがあるって言うことだ。なんて言ったって夢なんだからさ。そんな真剣になるなよ。なあ、和人。」
「ん?ああそうだな。」
「おいおい、和人もおかしくなっちまったぞ。訳がわかんねえな。悩み多き年頃ってやつか?あほらし。」
徹也はひとりそそくさと教室へ戻って行った。