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第51話

「和人、ちょっと待って。帽子の代わりにほら、これを頭にかぶせましょうね。」

母は和人の頭にバンダナをかぶせて頭の後ろで縛った。

「かっこいい?」

「超かっこいいわよ。そうだ、お父さん、ちょっとそのカメラで撮って。」

ちょうど父が、家の前の畑に所狭しと咲き誇っているひまわりを撮影していた。

「ん?ああ、わかった。こっち向いて…。」

かがんでいた母が和人の肩に手をまわす。

カシャッ。

「ちゃんと撮れた?」

「大丈夫だよ、俺の腕を信じろ。」

「じゃあ和人、おじちゃんとこでテレビなんか見ちゃだめだからね。荷物渡したらすぐに帰ってくるのよ。」

「わかってるって。」

和人は母に渡された荷物を500メートルほど離れた叔父の家へ届けに向かった。


和人は小学4年生だった。

学校が夏休みに入ってすぐに、家族そろって祖父母の家にお世話になっていた。

それからもう1週間が経とうとしている。

母から渡された荷物は、叔父のショルダーバックだ。

お昼時にやってきた叔父が忘れて帰ったもので、明日仕事で必要だという。

今の時刻は午後5時を少し回っていた。


「私も一緒に行けばよかったかしら。」

祖母が和人の後姿を見送りながらつぶやいた。

「大丈夫ですよ、お母さん。外はまだまだ明るいですから。」

「でもな、葛島川は水の流れが速いよって、もし足でも滑らして川に落ちたりしたらと思うと・・・。」

「こちらに来た最初の日にお母さんが和人に言ってたじゃないですか、葛島川には気をつけろって。和人もうなづいてたから大丈夫ですよ。」

「そうやね、和人はしっかりしとるしな。」


和人の祖母の家は、大阪市ではあるが、大阪駅から車で2時間ほど離れた割と田舎っぽい場所にあった。

近くにスーパーはあったが、コンビニは10キロほど離れた所にしかない。

観光名所と言えるようなものもなければ、電車の線路も通っていない。


だが、和人はこの町が気に入っていた。

今まで田舎の生活をしたことがなかったからかもしれない。

そういえば、なんとなく空気がおいしいような気がしてくる。

和人はスキップしながら叔父の家に向かった。


しばらく進むと右手に川のせせらぎが聞こえてきた。

葛島川だ。

その葛島川と道路が最も近い場所へ、和人は近づいてきた。

しかし、川の付近一帯は深い藪に覆われているため、車でこの道を通っても3mほど離れた場所に川があるとは誰も気づかない。

川の広さは約5m、水深は40cmほどであろうか。

それほど深くはないが、川の流れが速く、子供が足を取られると流される可能性がある。


「ねえ。」

どこからか和人を呼ぶ声がした。

和人がきょろきょろしていると、

「ここよ。」

藪の茂みから和人と同年代の女の子がひょっこり顔を出した。

ピンクのワンピースを着てサンダルをはいたその女の子は、髪はショートカットで小麦色に日焼けしていた。

女の子は和人を見てにっこり笑った後、両手を顔の前で合わせた。

「お願いがあるの。ね、ちょっとこっちに来て。」

和人は言われるままに藪の裏の方へついて行った。

「ほら、あそこにあるでしょ、帽子が。」

見ると、リボンのついた小さな麦わら帽子が、川の中ほどに浮いていた。

正確に言うと、2つの岩が水面よりも上に突き出ており、帽子はその2つの岩の間に引っ掛かっていた。


「私ね、この川のずっと向こうから、あの帽子を追って来たのよ。止まっててくれて良かったわ。でも問題はどうやってあの帽子を取るかなのよね。」

女の子は小首をかしげた。

「長い棒か何かないかな。」

和人が辺りを見回すと、上流のほうに2mくらいの枯れ木が横たわっているのが見えた。

和人はその木を持ってきてみた。

「これならちょうどいいかもね。」

女の子は和人から木を受け取り、突き出ている枝を2、3本折ると、ジワリジワリと川に近づいて行った。

「もう少しで届くわ。ねえ、ちょっと私を捕まえててもらえる?」

「え?どこを持つの?」

「腰に手をまわしてしっかり踏ん張ってて。」

「こ、腰?」

「そう腰よ。恥ずかしがってる場合じゃないわ。あの帽子はおばちゃんが昨日買ってくれたばかりなんだから。」

和人はちょっと恥ずかしそうにしながら女の子の腰に両手をまわし、おなかのところで手を組んだ。

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