第49話
「いいなあ、お前たちは同じ教室で。俺だけ別かよ。」
試験会場は和人と英が同じ教室で、徹也は別だった。
「隣の教室じゃないか、試験が終わるたびに廊下で会おうぜ。」
と英。
「そうだな、じゃあ、また後で。健闘を祈る。いや、英の場合『奇跡を祈る』ってとこか。」
「確かに。やれるだけやってみるさ。『溺れる者はわらをもつかむ』ってね。」
「それ、ここで使う言葉じゃねえぞ。」
英がまじめな顔をして言うと、すかさず徹也がつっこんだ。
和人が笑っている。
試験が始まった。
和人の席は真ん中の列の後ろから2番目だった。
少し離れた右斜め前に英の姿が見える。
顔が若干紅潮しており、集中しているのがわかった。
(ようし、俺も負けてられないぞ。)
和人は配られた答案用紙をにらみつけた。
と、その時だった。
和人の視界が一瞬まばゆく光った。
目がくらむほどの光ではない。
ほんの瞬きほどの短い時間、確かに光った。
―ただそれだけだった。
だが、周りを見渡しても誰一人変わった行動をとる者はいない。
あの光は、教室中を覆ったはずなのに、誰も気づいていないかのようだ。
(何だ、何が起きたんだ?どうしてあの光を誰も気づかないんだ。)
和人は眼を見開いて、もう一度周りを見渡した。
「君、どうしたんだね?試験は始まっているんだよ。」
和人はふいに後ろからポンと肩を叩かれた。
40代後半くらいの男性の試験官だった。
「あ、はい。すみません。」
和人は短くそう言うと、答案用紙に目をやった。
試験官は2、3秒間じっと和人を見ていたが、ゆっくりと前列へ歩いて行った。
(そうだ、今はそれどころじゃない。しっかりやらないと間に合わないぞ。)
和人は小さく深呼吸をして、試験に集中した。
「あれ、和人だったんだろ?何があったんだ?」
1教科目の試験が終わって廊下へ出ると、早速英が聞いてきた。
「光だよ。答案用紙が配られた時さ、一瞬教室が光っただろ?」
「教室が光った?・・・いや、特に気づかなかったけど。」
「やっぱり英も気づかなかったのか。確かに白く光ったのに。」
「おいおい、大丈夫かよ。変な病気にかかったんじゃないのか?」
「そんなばかな。」
と、そこへ徹也がやってきた。
「どうだった英?」
「おう、悪くない出来だと思うぞ。ヤマが結構当たってたんだ。お前はどうだ?
」
「俺か?80点は確実に取れたんじゃないかな。最後の問題がどうしても解けなかった。和人はどうだ?」
「一応全部答えは書けたけど、自信がないのが2問あったな。それより徹也、試験が始まりそうな時に一瞬教室が光らなかったか?」
「和人のやつ、きょろきょろして試験管から注意されたんだぜ。」
英が笑った。
「へえ・・・。そんな光はなかったと思うけどな。蛍光灯がつきにくい奴ってあるだろ?それがその時についたってところじゃないか?」
「さすがは徹也、名推理だぜ。よかったな和人、これで一件落着だ。お前の座ってた椅子の上にある蛍光灯がついたんだよ。だから他の人は気付かなかった。」
「そんな光じゃなかったと思うけど・・・。」
「まだ言ってんのかよ、その話はこれで終わり。おれはちょっとトイレに行ってくるから。」
「おっ、俺も行っとこう。じゃあな和人。」
英と徹也はトイレへと向かった。
和人は教室へ入り自分の席へ座った。
(あの光は蛍光灯の光なんてもんじゃない。確かに部屋中が白く光ったんだ。白く・・・。)
和人ははっと目を見開いた。
白い光・・・一瞬体が包まれるようなあの光は、時が止まる瞬間に発せられる光のようだ。
(そうだ、あの光と同じだ。あの光・・・、でもなぜ?)
時を止めたわけではないのに、白く光った。
しかも自分ひとりだけがそれを感じた。
いったいどういうことなのか、和人は左腕の古傷を右手で触った。