第48話
和人は女の子の指を拡げ、受験票を抜きとった。
やはり英の受験票だ。
「握っていた紙が消えたらびっくりしてしまうだろうな。そうだ・・・。」
和人はもう一度事務室の窓から中に入り、事務員が胸に付けている名札を取り外した。
そして、女の子の手にその名札をつかませた。
「これでよし、あとは町田駅に戻るだけだ。」
和人は駅を出て自転車に乗ると、町田駅を目指してペダルを漕いだ。
「この自転車のおかげでずいぶん楽になった。これがなかったらくたくたになっていただろう。」
和人は口笛を吹いたり歌を歌いながら帰路を楽しんだ。
町田駅に着くと、自転車を戻し時間を止めた場所へ向った。
途中、曲がり角を過ぎ、3メーターほどの地点に受験票を落とす。
あとは時間を止めた場所の地面に石で描いた楕円へ、両足と左ひざを合わせて携帯電話を開いて持った。
「さて、時間再開だ。」
携帯電話が白く光り、人が動き出した。
「おーい、英、もどってこい!あったんだ、道に落ちてた!」
和人が曲がり角のところまで走ってきて叫ぶと、英と徹也が踵を返して戻ってきた。
「なんだって?和人、本当か?」
「ほら見てみろよ、間違いなくお前の名前が書いてある。」
英は受験票を受け取ると、まじまじと見つめた。
「いったいどこに落ちてたんだ?」
「あそこだよ、こことさっきいた所の中間くらいだ。」
「なんでそんな所に・・・?」
「知らないよそんなこと。」
「鞄か学生服のどこかに引っ掛かっていたんじゃないか?英が走り出したことでそれが落ちた。」
徹也が間に入った。
英は難しい顔をして首をひねっている。
「よかったじゃないか。冷汗もんだったんだから。」
「そうそう、さっきの英の顔、真っ青だったぞ。」
和人と徹也が英の肩をたたくと、ようやく英がにこっと笑った。
「そうだな、とにかく見つかったんだ。それより受験に集中しなきゃ。」
ふいに、和人はとても大事なことに気がついた。
鞄を自転車置き場へ忘れてしまっていたのだ。
「あ、そうだ。ちょっと俺トイレに行ってくる。ここで待っていて。」
「あ、ああ。」
いきなり和人が大きな声で話しだしたので、英と徹也はあっけにとられた。
和人は駅のトイレでストップボタンをもう一度押した。
「あぶなかった~。」
自転車置き場へ行くと、置いた時の状態で鞄があった。
しかも5人ほど人がいるが、鞄の方は誰も向いていなかった。
和人は鞄を取るとトイレに戻り、時間を再起動した。
自動販売機でジュースを買い、和人は二人がいる場所へ走った。
「おっ、気がきくじゃないか。」
英が和人の持つジュースを見て、ニヤッと笑った。
「いや、これはまず俺が飲んでからだ。」
「お前はのど渇いていないだろ、俺と徹也が飲んでもし余っていたら和人が飲めよ。」
「そんな、俺が買ってきたんだぞ。」
横から徹也がジュースを奪った。
「あっ。」
「いただきま~す。」
その頃緑丘駅では ― 、
「ねえ、ママってばー、それじゃなかったんだって。」
「何言ってるの。」
「でも、駅員さんの写真なんてついてなかったよ。」
「そんなはずないでしょ。ほら駅員さんに届けましょうね。」
「それじゃなかったんだけどな~。」
女の子のふくれっ面はしばらく続いた。