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第47話

和人の乗った自転車は、思ったとおり30分ほどで緑丘駅へ着いた。

といっても、時間が止まっているのだから和人の感覚でしかない。

和人は自転車を止めると、すぐに駅の中へと進んだ。


駅の中は多くの人で密集していた。

ちらほらと受験生らしき中学生の姿も見える。

改札口には同級生の女子が二人歩いていた。

「おっ、川口と大野じゃないか、それほど寒くないのに二人ともマフラーなんかしちゃって、おしゃれのつもりか?それに髪型もいつもと違うみたいだし、大変だな女って。」

和人は人に触れないように、かなり遠回りをしながら缶コーヒーが落ちたあたりへ慎重に移動した。

「さて、だいたいこの辺りのはずなんだが、受験票は・・・落ちていないな。」

和人は視線を徐々に広げていった。

しかし、それらしきものは見当たらない。

「まさかとは思うが・・・。」

和人の目にとまったものは壁際のゴミ箱だった。


近づくとそのゴミ箱は三つに仕切られているのがわかった。

「燃えるゴミ」、「カン」、「ペットボトル」と右から順に蓋に張り紙がしている。

和人が「燃えるゴミ」の蓋を開けてみると、紙くずが箱の3分の1ほど入っていた。

和人は手を箱の中へ入れ、紙くずを少しずつ箱の外に置いていった。


だが残念ながら受験票は見つからなかった。

和人は紙くずをゴミ箱に戻した。

次にカンとペットボトルの蓋も開けてみると、どちらも半分くらい埋まっている。

迷わずそれらをゴミ箱から取り出し空の状態にした。

「やっぱり入ってないか・・・。」

受験票が入っていないのを確認すると、和人はカンやペットボトルを戻した。


「ゴミ箱に入っていないとすると、考えられるのは・・・、誰かが拾って駅員さんに預けたというパターンだな。」

和人は駅員が出入りする事務室の方へ行き、窓から中を覗いた。

だが、デスクの上にはそれらしきものは見えない。

「ここからじゃよく見えない。」

空いている窓から和人はそっと中に入った。

部屋の中には名札をつけた3人の事務員がいる。

だが、3人とも淡々と仕事をしている風で、受験票を預かったような特別な表情はしていない。

机の周りにも部屋のどこにも受験票は見当たらなかった。

「まずい、本当にない・・・。」

後で英がこの部屋にきて、途方に暮れる表情をするのが目に見えるようだった。

和人は部屋の外に出て周りを見渡した。

「あきらめるな。どこかに、どこかにきっとあるはずだ。」

しかめっ面をして、もう一度床をすべて見直した。

ゴミ箱の下、会社員が切符を買うために床に置いたバッグの下、歩いている人の靴の下に受験票の端がないかどうかまで、しっかりと確認した。

だが、やはりどこにも見当たらなかった。


和人は次に改札を抜けて、ホームに行ってみた。

そして、ホームの端から端までくまなく探した。

もしかして、風に吹き飛ばされたかもしれないと思い線路の上にも下りてみた。

だが、しばらく探しても見つからなかった。

「この駅には本当にないかもしれない・・・。とすると、英の家からここに来るあいだの道か、それともさっき乗った電車の中か。」

和人は天を仰いだ。

「・・・もしかしたら今日はとても長い一日になるかもしれないぞ。」

和人はため息をつき、駅の入り口まで戻った。

「少し休憩してから、英の家の方へ行くとしよう。」

ちょうど3人掛けのベンチが、一人分空いている。

和人はそこに腰を下ろし、隣に座っている30代後半くらいの女性の方を見た。

女性の横の席には同年代の男性が座っており、女性の膝もとには小さい女の子が立っている。

どう見ても親子だった。

母親は娘の顔を見てほほ笑み、娘はまん丸い目で母を見上げている。

自分にもこういう時期があった。

お父さんとお母さんと自分の3人でデパートへよく行った。

お母さんはこの母親のように自分を見ていつも笑っていた。

自分はお母さんの笑顔が大好きだった。

だが、その優しかったお母さんはもういない。


和人は女の子がとてもうらやましくなった。

「お母さんにいっぱい甘えるんだよ。」

女の子に語りかけながら席を立ちあがった和人の目に、あるものがとびこんだ。

座っているときには女の子の手の甲でちょうど死角になって見えなかったが、女の子の手にしっかり握られている白くて四角い紙。

「まさか!」

和人は椅子の裏に回り、その紙がよく見える位置に立った。

それはまぎれもなく受験票だ。

「あった!ついに見つけた!」

和人の声が駅の中にこだました。

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