第41話
「さあ、今日はお父さんが腕によりをかけて作ったトンカツだ、味わって食えよ。」
高校受験の前日の夜、和人が居間に入ると父がニコニコしながら話してきた。
ほとんど料理をしたことがない父であったが、母が亡くなってからというもの、本を片手に料理に取り組み、今ではなかなかの腕前になっていた。
「おっ、うまそうじゃん。」
和人はすぐに箸をつかんだ。
「そうだろ、サラダも食えよ。牛乳もあるし、デザートはミカン。」
「いっただきま~す。」
「ほら、味わって食えと言っているだろ。」
「味わってるよ、すげえおいしい。」
「そうか。・・・ところで和人、明日はいよいよ受験だな。今日はゆっくり休めよ。」
「うん、明日早いからね。」
「でも、今更こんなこと言うのもなんだが、修学館狙ってみるのもおもしろかったけどな。お父さんの転勤だって、そう遠くに決まるとは限らないし、仮に遠くになったってその時はおばさんちに下宿させてもらえばいいんだから。」
「いいんだ。修学館のサッカー部では北高と張り合えないし。」
「西城のサッカー部って、そんなに強いのか?」
「今年はだめだったよ、レギュラーのうち3年生は4人しかいなかったから。でも、来年はいい線行くと思うんだ。」
「北高に勝てるかもしれないのか?」
「難しいとは思う。でも勝てなかったとしてもその次の年か、その又次の年、つまり俺の高校3年間で必ず勝つ。」
「ほう、頼もしいな。」
「やれそうな気がするんだ、英がいれば。」
「園山君か。そんなにすごいのか?」
「この半年間でものすごく伸びたんだ。何といっても北高の和田監督がスカウトに来たくらいだから。」
「えっ?和田監督が、本当に?」
「うん。そしてその誘いを蹴った。」
「何?断った?どうして?」
「英は極端に持久力がないんだ。北高に入ってもあの厳しい練習についていけないだろうからって。」
「・・・驚いたな。」
父・浩一郎は本当に驚いたらしく、箸を置き腕を組んで首をかしげた。
「でもひとつ大事な問題があるんだ。」
「大事な問題って?」
「英が西城に入る確率は5%しかないってこと。今でこそテストで赤点を取らなくなったんだけど、1学期の終わるころまでは学年ワースト1の成績だったんだ。」
「それはまた、よく西城を受験する気になったもんだ。・・・とすると、高校3年間で北高に勝つのは可能性が薄いな。」
「英は西城に受かるよ。」
和人は当然のように言った。
「なぜ?」
「何となく。・・・とにかく英が本気になれば何だってできるような気がするんだ。」
「園山君は前はよく家に来ていたけど、このところ会っていないからな。そんなに変ったのならぜひ会って話をしたいもんだ。」
浩一郎がようやく食事をし始めようとしたところ、和人はもうほとんど食べてしまっていた。
「御馳走さま。明日の用意をして早めに寝るよ。明日7時半に前川サイクリング店に待ち合わせだから、6時半に起こしてくれない?」
「6時半だな、わかった、まかしとけ。目覚ましを5つくらいかけて寝るから大丈夫だ。」
浩一郎は早速携帯を取り出し、アラームをセットし始めた。
(そうだ、念のため今晩携帯を充電しておこう、何が起きてもいいように。)
浩一郎の持つ携帯を見つめながら和人は思った。