第34話
(俺は何をパニクッてるんだろ。英と千波ちゃんはいいカップルで俺が間に入る余地なんかないのに。親友として一緒に喜んでやらなきゃならないのに・・・。)
教室に戻った和人は自己嫌悪に陥っていた。
自分がとても小さな人間に思えて情けなかった。
だが、千波を思う気持ちはまったく変わらない。
どうしようもなく好きで、好きでたまらなかった。
いっそ告白した方が楽になるんじゃないかとさえ思った。
雨は今も激しく降っていた。
「どうだった?和人。」
ふいに北島が近寄ってきた。
「うん、北島の言うとおりだった。月野さんは昨日英の家に泊まったらしい。」
「な、なに!」
「て、アホか。親がそんなこと認めるはずがないだろ。英の親父さんが月野さんも送って行こうって言ったらしいんだ。」
「あたりまえだろ。リアクションだよ、リアクション。」
北島が顔の前に人差し指を出し、チッチッと横に振った。
「でもそうか、いよいよ家族ぐるみの付き合いになったんだな。あの純真な千波ちゃんが・・・園山の毒牙にかかって・・・一段、一段と堕ちて行くんだ。南無阿弥陀仏・・・。」
「大げさな。とにかく俺は今から勉強するんだから、自分の席に着いてくれ。」
「ひゅー、和人は受験生のかがみだな。赤まきがみ青まきがみ黄まきがみ、受験生のかがみ・・・。」
「何わけのわからないこと言ってんだよ。」
言いながら和人はふっとかすかに吹き出した。
今の北島との会話で、空気がいくぶん軽くなったような気がした。
(まあ、英には千波ちゃんがついている。それに時間が止まることを教えたって、何時間かごとには充電しなくちゃならない。充電の時間は時間を止めておくことはできないんだから、よく考えたら3日後の受験まであまり時間は取れないんじゃないかな。)
和人は自分で自分の考えに納得し、頷いた。
(それにむしろ、時間を止めれることを英に話したら、カンニングのために使うかもしれない。それだけは絶対にさせてはいけない・・・いてっ。)
和人は考え事をする時に、左腕の傷をかく癖がある。
今もまたきつくかきすぎたらしく、ごく僅かに血が出てきた。
和人はティッシュでその血をふき教科書を開いた。
「さあ、がんばるとするか。」
誰にも聞こえないような小さな声で和人は呟き、ふうっとため息をついた。
「和人、ちょっと部活に顔を出さないか?」
放課後、正門を出たばかりの時に英が追いついた。
雨は降っていない。曇り空だ。
「冗談だろう、よくそんな余裕でいられるな・・・。」
「余裕じゃないよ。ただダメなんだ、運動しないとさ、体が調子悪いんだ。受験前に体調を崩したらまずいだろう。」
「いや、下手に汗かいて風邪でも引いたら最悪だな。」
「そんなこと言わずに1時間だけ付き合えよ、な。今日はグラウンドが使えないからたぶん第2体育館でフットサルをやると思うんだ。」
英の一生懸命な説得に和人の気持ちが揺らいだ。
「本当に1時間だけだぞ。」
「さすが和人!そうこなくっちゃ。」
笑いながら英が和人の目の前に体育館シューズを出した。
そのシューズには「橘」と名前が書いてある。
「それは俺のシューズじゃないか。手回し良すぎだぜ、まったく。」
二人は第2体育館に向かって歩き出した。