第31話
「欲しいものは何でも手に入る・・・。」
和人は目をつむり携帯電話をぎゅっと握りしめた。
「お金、ゲーム機、パソコン、サッカーシューズ、・・・そりゃあ今急に金持ちになって何でも上等のものを持っていたら、みんな不思議がるし、第一お父さんがすぐに疑うはずだけど。でも・・・。」
和人は眼を開けぼんやりと遠くを見つめた。
「でも、高校生になれば寮生活だし・・・。お父さんと会うことはそんなにない。それに、その時にいろんなものを持っていたってお父さんには気づかれないようにすればいい。後はみんなに、お父さんからの仕送りが多いと言えばいいんだから。」
ふうっと和人は息を吐いた。
「すごいな。ほんとうにすごい。」
だが、和人の表情は曇っていた。
それで、そんなことでいいのだろうか。
ただの泥棒に成り下がって、何の苦労もせずにこのまま大人になっていく・・・。
”寄生虫” ― ふと、和人の頭をそんな言葉がよぎった。
”止まった時間に寄生する気味の悪い虫”。
そんな虫の生き方を自分は望んでいるんだろうか。
和人は10年後、20年後の自分の姿を思い描いた。
他人からくすねた金で外国に旅行し、高級ホテルを転々とする。
ブランド物のスーツを着飾り、遊んでばかりの日々。
周りにはいつもスタイルのいい美女が寄ってくる。
もちろん金目当ての頭が悪そうな女だ。
自分は幸せな顔をしているだろうか・・・?
すると、その未来の自分が、こっちを振り向いた。
― 笑っている。
だが、その笑顔は情けないほどにゆがんでいた。
ひきつった口元、どんよりと曇った眼、かん高い笑い声・・・。
およそ自分が望む将来の姿と大きくかけ離れている。
”自分が望む将来の姿”― それは・・・
たとえ貧しくとも楽しみや希望を見つけながらしっかりと生きている自分、そしてやさしい妻(千波?)とやんちゃな子供に囲まれ、取るに足りない事件に悩まされたり喜んだりしている自分の姿だ。
その表情は誰からも愛されるように、朗らかでなければならない。
和人はすっと立ち上がり、携帯電話をズボンのポケットにしまいこんだ。
「よし。」
小さくそう呟くと、花壇に咲いている小さな白い花を一輪摘んだ。
「時間を止めるのは、なるべくひかえよう。困ったことが起きた時にだけしか使わないようにすればいい。そうだよね。」
和人は砂場の砂を山のように盛り上げ遊んでいる幼稚園の子どもたちに向って話しかけた。
「この山が一瞬で壊れたらびっくりするだろうな。」
そう言うと和人はその中の一人の女の子の髪にそっと白い花を挿した。
和人は、公園から立ち去ろうとしていた。
この究極の静寂から早く解放されたくなっていたからだ。
「早く家に戻って時間を動かすとしよう。・・・ん?待てよ、今この場所で時間を動かせばどうなるんだ?」
和人は少しの間立ち止まり考えた。
そしてすぐににこっと笑った。
「つまり俺は、自分の家からここへ瞬間移動したことになる!すげえ、すげえぞ。」
和人は携帯電話をポケットから取り出し、辺りを見回した。
「この場所はちょっと悪いな。向こうのおじさんなんか完全にこっちを見ているし。誰からも見つからない場所は・・・。そうだトイレの中だ。」
和人は急いでトイレに行き、トイレの中に誰もいないことを確認すると、ゆっくりと「STOP」ボタンを押した。
ざわざわと木の葉の揺れる音が聞こえた。
― 時が動いたのだ。
和人はトイレを出ると、自分の家に向かって歩き出した。
「あれ、マリちゃん、髪にお花がついてるよ。」
「えっ、どうして?誰がつけたの?」
砂場から園児のかわいらしい声が聞こえてきた。