第30話
和人は散歩から帰るとすぐに携帯電話を手に取った。
充電はまだ完了していない。
だが、もうそろそろ父が帰ってくる頃だったので、充電機を外し居間に戻した。
(さて、ちゃんと動くだろうか・・・?)
和人は真剣なまなざしで「STOP」ボタンを長押しした。
すると液晶の画面が眩く光り、赤い文字で「Time must stop!」という文字が浮かび上がった。
和人は置時計に目を移した。
時計の針は、― 止まっている。
(よし、大丈夫だ。時は止まった!)
和人はほっと息をついた。
「さてと、ちょっと探検でもしてこようかな。」
背伸びをしながらそう言うと、和人は携帯電話をポケットに入れた。
「どっちに行こう?」
玄関を出た和人は少し迷った。
「とりあえず学校の方だ。」
時を止めた瞬間から、完全な静寂(無音)の状態が続いている。
和人がわざと声を出すのは、誰からも聞かれる心配がないことはもちろんだが、無音がとても気味が悪いということを感じているからだった。
妙に落ち着かなく、ストレスがたまっていくような気がする。
しばらく行くと、スーパーマーケットが見えた。
ちょうど人が出てくるところで、自動ドアが全開になっている。
和人は中に入ってみた。
店内は夕飯のおかずを買いに来る客で込んでおり、奥の方まで入るためには誰かに触れる危険があった。
「あんまり知っている人はいないみたいだな~。おっ、あれは徹也のお母さんじゃないか。」
5mほど先に前川徹也の母がいた。
隣に立っている同年代の女性と話をしているらしく、大きな口をあけて笑っている。
「おっ、あっちには幸雄がいるぞ。コーラとお菓子がかごに入っているな。」
幸雄は2年生の男子で、和人の幼馴染だ。
和人は何か思いついたらしく、ニヤッと笑い幸雄の方へ歩いて行った。
幸雄の前に立つとかごの中のコーラの缶を取り、冷蔵庫の中にあるトマトジュースと変えた。
「ははは。」
時が戻ったときレジの前でびっくりする幸雄の姿を思い描いて、和人は笑った。
レジの方を振り向いた和人は、笑っていた口を閉じた。
店員がレジからおつりを出しているところだった。
レジの中からは1万円や5千円札、千円札が何枚も見えている。
和人ははっとして思った。
(なんてことだ!泥棒をしようと思えばいくらでもし放題じゃないか。防犯カメラにも映らないでレジの中からも、客の財布からもお金が抜き取れる。しかもお金だけじゃなくこの陳列棚のものだっていくらでも・・・。)
和人はあわててスーパーの外へ出た。
そしてポケットから携帯電話を出し、握りしめながらしばらく歩いた。
(まずい、俺は泥棒なんかしたくないのに、これを持っているといつかはやってしまうんじゃないだろうか。この誘惑は・・・、まずい、絶対にまずいぞ。)
少し落ち着いて考えたかった。
「とりあえず中央公園に行こう。」
100メートルほど歩くと中央公園についた。
ベンチにどっかりと腰を下ろすと、和人はじっとその携帯電話を見つめた。