第2話
「止まった・・・、よなあ」和人は自分で自分に話しかけた。
「夢じゃない・・・、よなあ」右手のこぶしで軽く太ももを叩いてみた。
少し痛い。確かに夢じゃないことがわかった。
和人はもう一度、ふうーっと大きく息を吐いた。
(やってみるか、でももし、もしもだ、さっきみたいに時が止まったとして、その後この携帯が壊れたりしたらどうなるんだろう。)
和人は右手の人差し指で左の腕の外側にある3センチほどの古傷を触っていた。考え事をするときの和人の癖だ。
(止まった時の中で一生を終えるんだろうか、誰とも話すことなく…。でも待てよ、この携帯の電池が切れたら、そうしたらまた時が動き出すんじゃないだろうか。)
和人は5秒ほど目を閉じた。
確信はまったくなかった。でも、あれこれ迷っていても永久に答えは出ない。それに何より、和人はこの興奮を抑えきれなかった。テレビや映画の中だけと思っていたSFの世界が、すぐ目の前にある。
和人は恐る恐る「STOP」ボタンを長押ししてみた。
すると、先ほどと同じように液晶の画面が白く眩しく光った。
雑音が消えた。周りを見渡した。部屋の風景は何も変わらない。当然だ、自分以外に動くものが何もないのだから。
(どうだろう、時は止まったんだろうか。)
和人は息を殺して立ち上がり、窓の外を見てみた。
窓の下の道は誰も通っていなかった。
(何も音がしない。時が止まっている証拠なのかな。)
和人は緊張を沈めるように、ふうっと息を吐いた。
何気なく電柱を見た和人の体が、固まった。
カラスが宙に浮いている!羽ばたいて飛んでいるのではなく・・・、浮いている。
電線から今まさに飛び立ったという感じで、両方の翼を広げたままで電線から10センチほど上に、止まっている。
(やはり、やっぱり、さっきと同じように時が止まった!)
和人は眼を見開き天井を見上げた。全身に鳥肌が立ち心臓の鼓動がやけに速く動いた。こんな緊張の連続は初めてだった。
(落ち着け、少し落ち着かないと…)
和人はまた、大きくふうーっと息を吐いて先ほどの椅子に座った。
目の前にシャープペンがあった。それを転がしてみる。コロコロコロと音がした。
次に声を出してみた。小さくそっと「あー」。いつもの声だった。
窓を開けてみた。風は、ない。
「このままどこか別の場所に行ってSTOPボタンを押したら、どうなるんだろう。」
和人はつぶやいた。
「体が別の場所に移動するっていうことになるんだろうか、つまり…瞬間移動?」
和人は頭の中がどうにかなりそうな感じがして、STOPボタンをもう一度押した。
時がもどった。
和人は窓の外のカラスを見ていた。カラスはせわしく羽ばたき、どこかへ飛んで行った。
「はぁ、…疲れた。」
つぶやいて和人はベッドに横たわり、そっと目を閉じた。この携帯を拾ってから30分も経っていないのに、5・6時間も経ったような感覚だった。
でも実際は言うほど疲れてはいない。疲れるどころかますます気持ちが高ぶって来て、頭も冴えてきた。
(すごい。すごすぎる!俺は今日から超能力者だ!)
和人は目を瞑りながら考えた。
(明日クラスのみんなに話したらどうなるだろうか。なかなか信じないだろうな。でも本当に時間が止まることがわかったら、みんなこの携帯を使いたがるだろうな。うわさはたちまち日本中に広まって、俺は毎日テレビ番組に引っ張りだこ。でも待てよ。この携帯の持ち主が現れたら…?うーん、当然返さないといけないな。しかも交番に届けなかったことをみんなが何と言うだろう。)
そこまで考えて急に罪の意識が芽生えてきた。
(これはもしかしたら、とんでもないことをしてしまったのかもしれないぞ。落とした人は今頃これを探しているにちがいない。…そうだ、アドレス帳や電話の履歴で持ち主が誰かわかるかも。)
和人はすぐに調べてみた。しかし不思議なことに何一つ手掛かりとなるものはなかった。アドレス帳にも電話の送受信の履歴にも。この携帯の電話番号さえ見つけることは出来なかった。
(するとこの携帯は、時を止めるためだけにしか使っていなかったということか。)
「和人、お風呂入れたからいつでも入っていいわよ。」
突然ドアの外からお母さんの声が聞こえてきた。
「勉強がひと段落ついてから入るよ。」
和人はドアを開けられるかと思い、ベッドから椅子へ慌てて移動した。
「そう、頑張ってね。今晩はおいしいおかずを作っとくわ。」
お母さんはそう言ってドアから遠ざかって行った。
(そうだ。明日大事なテストだった。時間がもったいない。)
和人は急に現実に引き戻されて慌てた。
(・・・でも待てよ。)
和人は携帯電話に目を向けた。
(時間がもったいないだって?)
ごくんと唾を飲み込む。
(とんでもない、時間はいくらでもあるじゃないか!)
携帯電話を見つめる和人の目が輝いた。